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転送先

 太陽が昇る。

 森の中は暗いが、空が白んでいるのが木々の間からわかる。

 地表には、薄っすらと白いモヤが立ち上る。


 ここまで案内をしてくれたセミョンはすでにいない。

「私はこれで。屋敷で帰還をお待ちしています」

 そう言って頭を軽く下げたので、俺は嫌味を言ってみた。

「急いで戻れ。お前も太陽が昇ったら大変だしな」

「そうですね。親切心、痛み入ります」

 そう言って、笑顔を見せた。

 去っていくセミョンの背中を睨む。

 嫌味に嫌味を返すとは、やはりカールの仲間は信用ならんな。


 太陽が赤い色を斜めに降り注ぎだした時に、地面に幾何学模様が七色に光り浮かぶ。

 大きな円が外周部にあるが、いびつであり、三角や四角などの光がいくつも形を変えている。

 景色が白く染まる。

 足元の幾何学模様は光を失い消えていく。

 どうやら転移したようだ。


 同じような鬱蒼とした森の中。

 しかし、先程よりも明るい。

 折れた石柱に蔦は巻いない。俺たちの頭上には崩れかかった屋根の部分の石板を、折れていない石柱が一本で支えている。

「転移したようだが、ここはどこだ?どこにむかえばいいのだ?」

 エッジの肩に自らの肩が触れていた。

 俺の思考に応えるように、エッジは地面を指した。

 土に埋もれ、植物に浸食されてはいるが、石畳が続いているようだ。


 石畳を歩く。

 途中、途切れている箇所も何か所かあったが、確かに続いている。

 鬱蒼とした森の中だが、昇りの石段もある。明らかに傾斜を登っている。

 不意に視界が開ける。

 見上げると、森と同化しているような錯覚に襲われるが、城郭が見える。

 一番高い尖塔にも蔦などが幾重にも巻き付き、元の色がわからない屋根部分からは木が貫通し、葉を茂らせている。

「あそこに通じているようだな」

 一度だけ、エッジと見合わせる。

 再度、歩を進め、廃城の城壁にたどり着いた。

 数体の青白いゴーストが、城壁をすり抜け、また城内に戻っていく様がみえる。我々に関心はないようだ。


 石畳は城壁を沿うように続いている。

 山間の途中に建てられた城なのか?

 古いようで、城門内の建物も崩壊が目立つ。

 そして、城壁周辺も崖崩れかなにかで地面わずかしかないような場所もある。

 石畳に従い、城門にたどり着いた。

 付近に生者の反応は全くなかった。


 かつては立派な城門だったのだろう。

 ゲートハウスと言うのか?

 門と一体化したような白い石積が見える。

 だが、それは輪郭でしかない。

 門の扉は朽ちて久しいのか、木の破片が見えるだけだ。


 崩れた門前に異質な物があった。

 崩壊している景色の中、重厚なフルプレート。

 手入れされているのか、太陽を反射し光る。

 その手には、垂直に立てたハルバード。

 地面に片膝を立て、片膝は崩しているのだが、俺たちが門に近づくと立ち上がる。


 兜の部分は無い。

 構える訳ではなく、ただ立ち上がり、片手でハルバードを握っている。

 中にはゴーストがいる気配だが、ゴーストに鎧を動かす力はないはずだ。

 俺はエッジの肩を掴む。

「こいつ、アンデッドだ。首無しの騎士…デュラハンとか言ったか」

「なら、あの黒服が言っていたのはコイツなのか?たいして強くなさそうだがな」

 エッジの評価は「強い」かどうかだ。

 だが、俺も同意見だった。たいしたことはないヤツだ…と。


 俺とエッジは近付くが、敵対行動は取っていない首無し鎧。

 俺は手を伸ばし鎧に触れる。

「おい、お前は何者だ?ここで何をしている?」

 首無し鎧は驚いたのか、飛び退った。

 ハルバードを体の前で斜めにして、防御姿勢を取っている。

 その姿を見て、俺とエッジは顔を見合わせる。

「だめだ、こいつは弱すぎる。城の奥か?」

 首無し鎧は構えを解き、俺の方へガシャガシャと歩きよってきた。

「ま、まさかスケルトンに話しかけられるとは。あ、いや失礼。吾輩はこの城門を護っているジェイムズと申す。して、貴公らは何用だ?城主は留守だが」

 俺はよそ見をしているエッジの手を引く。

「エッジよ。お前も一応話しを聞いておけ」

 無理やりエッジの手を引き、ジェイムズと名乗る鎧に触れさせる。


「俺はスケルトンで名は無い。この剣士は『エッジ』だ。ジェイムズ、ここに強いアンデッドはいるのか?城の中か?」

 ジェイムズは体の向きを俺たちに向ける。

 きっと首があれば、それも向いているだろう。

「城内最強は吾輩だ。それは揺るがないだろう。しかし、スケルトンの貴公らも、生者のように城内を荒しにきたのか?」

 一度、エッジを見るも、明らかに興味を失っている。城とは逆方向の空を見上げていた。

 仕方ない、俺が対応を続けるしかないのか。

「一度、城内を案内してくれないか?城に仕えていた魔術師などもいたのではないか?」


 コイツではなく、きっと物理以外の魔法やその他の能力が高いアンデッドがいるのではないか。俺はそう目星をつけた。

「貴公たちに敵対の意志がないのはわかる。城を荒す目的でもないのであろう。しかし、許可なく城内に入れる訳にはいかない」

「一体誰の許可がいるのだ?ところでジェイムズよ。お前はデュラハンという存在ではないのか?」

 ジェイムズは天を仰ぐような動きをした。

「許可は城主に決まっているだろう。そして、吾輩はデュラハンなのだろう。子供の頃にそんな話を聞いた。首を小脇に抱え戦う騎兵」

「お前の首と、首無しの馬はどこにいるのだ?」

「首は…うっ馬は…失ってしまった」

 ガシャリと音を立てて肩を落とすジェイムズ。

 俺はさらに疑問を投げかける。

「で、その許可をくれる主君だか城主だかはどこにいるのだ?」

 なんだ?

 触れている手から何かが流れ込んでくる。



「城主を出せ!そうすれば他の者の命は助けてやる」

 だみ声の叫び声。ジェイムズではないのか。

「我が命に変えても主君は護る」

 ジェイムズの声に嘲笑うだみ声。他の下卑たヤジも飛ぶ。

「俺たちはビロダロンに従うんだよ。あんな古い城主じゃダメだ」

「おい、騎士さまよ。お前の馬は死んだぜ!」

「城主はどこだ?城主を出せ!」



「我が…我が主君は、吾輩が護るのだ!もう二度と貴様らなんぞに遅れは取らん!」

 叫ぶジェイムズの元に、青白いゴーストが集まってくる。

 十、二十、五十。

 何体ものゴーストがジェイムズの鎧に吸い込まれた。

 ジェイムズから青白いモヤが上がる。


 俺はエッジに突き飛ばされた。

 エッジは既に二刀を抜き臨戦態勢だ。

 石畳を割り、踏み込むジェイムズから素早く飛んで退避するエッジ。

 大きく振るハルバードは疾風。

 重量感を感じさせない、ヒュンと言う音を立てエッジに迫る。

 エッジは斜めに構えた二本のシミターで受け流すも、吹き飛ばされている。

 転がりながら、地にシミターを差して立ち上がる。

 ジェイムズはさらに刺突の追撃を放つが、エッジの二本のシミターはその先端を挟み込んでいた。

 エッジごと引き抜くようにハルバードは力強く引かれる。

 エッジはその力を使い飛ぶ。

 ハルバードの長い柄の上を走り、鎧の肩を切りつけた。

 ひっかくような音と共に飛び散る火花。

 エッジの攻撃でも、鎧の表面に傷をつけるだけで切り裂けない。


 ジェイムズの横なぎからの斧を使用した引っかけるような動き。

 穂先での素早い刺突。

 振り回し、石突きでの殴打。

 それらを併用し、変幻自在の攻撃を繰り出す。

 エッジもそれらに呼応するように、避け、屈み、跳ね、いなす。

 隙を見て懐に飛び込む。

 斬り、突き、蹴る。

 しかし、鎧にダメージは無いように見える。


 俺は一瞬、その戦いから目を逸らす。

 空には、月が二つ見える。太陽は消えて久しいようだ。

 朝のうちにここについたはずだったのに。

 時折打ち合う火花があたりを照らす。

 間違いない。

 勧誘の対象はこの「デュラハン」だ。



 デュラハンの鎧には、無数の傷やへこみが見て取れる。

 エッジの体も数か所の骨折やヒビがある。

 火花を散らす激突。

 飛び退いて距離を取り見合う。

 またお互いに踏み込み、攻防を繰り返す。

 一昼夜行われたその戦闘。

 何百度目かの激突からの離合、お見合い。

 静かに夜が明ける。

 二人は動かない。

 ジェイムズの体が、がくりと脱力したように膝を折る。

 全身から青白いモヤが消え去り、無数のゴーストたちが離散した。



「では、お主たちはビロダロンの、帝国の者ではないのだな?」

 エッジは話し合いに飽きたのか、地面に頬杖をついて横になってしまった。

「ああ、お前の勧誘だ、ジェイムズ。共に生者を討たないか?」

 ジェイムズはすぐに返答をする。

「吾輩は城門を守らねばならん。ここを離れるには城主の許可が必要だ」

「そうか。ならば仕方ない」

 俺は地面に寝ているエッジの腕を掴み立たせる。

「エッジ、戻るぞ」

 エッジは立ち上がると、デュラハンの胸を拳で叩いて手をあげた。

 俺もデュラハンに手を上げると、デュラハンは律儀に無い頭を下げた。

「ご武運を、戦士たちよ」

 その声を背に受け、俺たちは転送陣へ戻った。

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