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リッチのルー


 何故だ?

 どうやってここにきたのか

 ここで何をしているのか


 俺は石で出来た円柱形の椅子に座っている。

 視界の隅ではエッジも同じように座っている。

 間にリッチのルーが立つ。

 ここでこうしているが、記憶はないぞ。


「おい、ルー」


 体が動かない。

 声は元々出ないが、顎すら動かせない。

 まるで自分の体ではないようだ。


 目の前には生者がいる。

 段差があるようで、生者達は下段にいる。座っている俺とほぼ同じ目線だ。

 赤い生者は5人。

 怒りを感じるも、体は指一本動かない。


 生者は冒険者なのか、不揃いの武器防具を装備し、返り血を浴びたのか、赤黒いシミを防具につけている。怪我をした者もいるし、自身たちの血かも知れない。


「どうした?かかって来ないのか?」


 ルーの言葉に一瞬身構える冒険者だが、武器は抜かない。

 リーダーらしい生者が一歩前に出る。


「我々は戦いに来たのではない。取引をしたい」


 なんだと?

 忌々しい生者の、その生意気な口を引き裂きたい衝動に駆られるも、体は動けない。

 腕の立ちそうな冒険者たちを前に、エッジの噛み締める奥歯がギリリと一度だけ音を立てる


 かわいい子熊


 頭蓋骨の中から声が聞こえた。

 体の拘束がきつくなり、視界も歪む。

 体の内側から鎖で縛られているようだ。



「流れ出る砂は止まらぬぞ。希望を申せ」

 一番後ろに立つ生者が前に出てくる。

 壮年の生者は鉄の胸当てを着てはいるが、明らかに戦う者の風貌ではない。冒険者ではないようだが。

「頼む。妻と息子を救ってくれ。神殿にも、もう手の施しようがないと言われて」

 流行りの病に感染し、もう末期症状との事だ。

 金はあるようで、冒険者に依頼して、一縷の望みを掛けてここまできたようだ。


「我々の依頼は、旦那を無事にここに連れてくる事だ。そして取引内容に我々は含まれない。旦那個人での取引だ」


 冒険者の、そのセリフに、ルーの笑みが深くなる。


「かっかっか。事情はわかった。金があるのならば万病に効くと言われた何かが手に入るのではないか?それよりも…今この時に妻子共々終われば、同じ時を過ごした事になるではないか?それならば今すぐに無償でしてやるぞ」

 涙を流し、俯く壮年の生者。

「今期の流行り病は酷く長い。そのせいで何も手に入れられなかったのだ」

 絞り出すような声で言う。


 しばしの沈黙の間が訪れる。

 たまに壮年の生者が、鼻を啜るたびに、俺は今すぐに襲い掛かりたい衝動に襲われている。

「くっく。ワシには治癒する力はない。しかし、治療方法は知っている」

「な、ほ、本当か?」

 壮年の生者は、ルーや俺たちのいる一段高い部分に乗る勢いで身を寄せ、冒険者に引き止められている。


「お主は貴族かえ?領土も領民もいる」

 ルーの楽しそうな声がこの空洞に響いているようだ。

 何故か突然、ここの空間が見えるようになった気がする。視界が晴れるかのように。

 丸く岩をくりぬいたような場所だ。天井は低く、壁は手彫りのデコボコ感がある。そして松明が数か所に掲げられている。

 赤い炎が揺らめく。なにか、頭にモヤがある感覚が拭えない。

「そ、そうだ。貴公の望みの物を手配しよう。だから、助けてくれ」

 壮年の生者の声に張りが出てきたように感じる。今すぐに黙らせたい。


「手配…ではダメだ。今、ここで、材料、取引、くっくっく。はっはっは」


 何が楽しいのか、ルーは天井を見上げて笑い出した。

「お主、ほとんど戦闘をしたことがないな。ワシが力を貸してやる。そこの者たちを全員殺せ。さすれば知恵を授けよう」

 壮年の貴族の両手が紫色に輝いている。

「やれ!殺しあうのだ。くっくっく」

 冒険者四人は、壮年の貴族と距離を取り、身構える。

 貴族も冒険者四人を睨む。


 しかし


 壮年の貴族は振り上げた拳を、だらりと降ろした。

「彼らがいないと、私は一人では戻れない」

 なんだ、面白くないな。殺しあえよ。あの力はかなり強そうだったのに。

「そうか、残念だの。では光を出すか?」

 両手は紫の光を失い、うなだれる貴族はルーを見上げた。

「光?とは?」

「貴様の見る力よ。今から、そして見てきたもの。これ以上は譲れんぞ」

 貴族はしばらく逡巡していたが、決断したようだ。

「わかった。光を差し出そう」


「約定は成った」



 貴族は崩れたが、すぐに冒険者に起こされる。

「目が見えん。君たちは…どんな姿…うう」

 生者の様子など気にせずに、ルーは告げる。

「聞け。ウルカンの火口。鳥の巣。宝玉」

 貴族はオウム返しに「ウルカンの火口、鳥の巣、宝玉」と繰り返している。

 冒険者の一人が呟いた。

「ウルカン山は活火山で溶岩を吹き上げ続けている。そこに住む『火鳥』の卵は『活力の宝玉』と言われている。それだろう。しかし…」

 貴族は冒険者に抱きつき、懇願している。

「た、頼む。取ってきてはくれないだろうか?」

「すまんが、またギルドに依頼してくれ、旦那。俺たちじゃ無理だ。依頼を受ける人が、いたらいいな」

 こいつらは腕が立ちそうだが。

 それも気になるが、ルーは生かして帰すのか。

「立ち去れ」

 ルーがそう言うと、冒険者たちは貴族を抱えて出ていった。




「とんぼの逆立ち」


 謎の言葉が頭に響く。

 口と言うか、顎だけが動くようになっている。

「おい、ルー。これは何の真似だ?」

 俺とエッジの顔を見比べて、ルーは笑う。エッジは無言で睨んでいるようだ。

「真似をすると良い。いい取引だったろう?視界が広くなったわい」

 色々と疑問があるが、こいつはまともに答えないだろう。

 それだけはわかったような気がする。

「さて、戻るかね。しもべたちよ」

 そうして、俺とエッジはルーに続いて歩き出した。

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