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砂の上

 砂の上に立っていた。

 白い霧が立ち込めており、周りは見えない。

 ルーの転送魔法か何かで飛ばされたのか?

 あいつ、そんな魔法まで使えるのか。


「おい、聞こえておるぞ」

 俺の前にルーがいた。

 段々と霧が晴れる。


 白い月の光が砂の丘を照らす。

 砂漠か砂丘のようだ。

 少し離れた所に何かが見え始める。

 エッジと先ほどの剣士が向かい合っている。

「過去、そして現代の剣聖よ。戦え」

 剣士とエッジは動かず、しばらく見つめあっていた。


 剣士は、スケルトンのエッジに向かい頭を下げて礼をした。

「不肖、ベルンハルト。参る」

 エッジも頭を下げ返した。

「エッジだ」

 そして、お互いに剣を抜く。



 こんな光景があるのか。

 月夜に生者の剣士と対峙するスケルトンの剣士。

 生者の長く細い剣は薄っすらと桃色に光り、エッジの剣は緑と紫に見える。

 俺は剣にも魔法にも詳しくない。

 だが、なにかの衝動がこみ上げてくる。


 剣を抜いても、二人は動かなかった。


「ほう、あやつらの剣。なるほどな」

「なんだ、ルー」

 俺はいつのまにか、自由になっていた。

 ルーの隣に立ち、顔を見る。

「あの二人の剣に懸けられた力。わかるか。ただ『壊れない』ようにしているだけだ」

「何?自動修復とか、破損低下とかそんなものか?」

「くっく。まあ、そんなものか。はじまるぞ」



 二人が砂を蹴って間合いを詰めた。

 剣を降る素振りだけで、場所が入れ替わる。

 何故だか、お互いに、ゆっくりと剣先を数度、軽く当てている。


 突如、エッジは二刀を素早く降りぬく。

 素早くバックステップで躱す剣士は、さらに素早い動きでエッジの背後に周り長剣を降り下ろす。


 速い


 砂が舞う前に、移動して動きが完結している。

 残像となっている、薄っすらと光る桃色の光しか追えない。

 しかし、エッジはその場で背面に手を回し、片手のシミターで、その桃色の光を大きくはじいた。

 体勢を崩し、砂を巻き上げる剣士に、もう片方のシミターの刺突がはしる。

 崩れた姿勢から、片手で回した長剣でシミターを受け流すと、剣士はショルダータックルをエッジに入れた。

 カウンターを食らったエッジの体勢が崩れたが、エッジは全身の骨を崩し伏せて横ぶりを躱す。

 お互いに飛びすさび、距離を取る。


 一進一退の攻防が続く。

 段々と、生者の赤い色が大きくなっていく。

 それに伴い、速度も威力も上がっているのか。

 先ほどよりも、剣が空気を切り裂く音が、近く大きく聞こえる。

 お互いの剣同士が上げる火花の一つは、天の月に届きそうなほどだ。


 今までのエッジの相手は、徐々に体力を削がれ、エッジの剣技に翻弄されていた。

 だが、この相手はどうだ?

 まだ、身の内に宿した赤い色は大きく大きく燃え盛り、その体を躍動させている。

 衣服は引き裂かれ、こまかな傷が体についているが、動きを阻害されるような負傷はない。

 そして、その顔は笑っている。


 エッジも、あばらを数本打ち砕かれ、骨盤も少し欠けているが、四肢に損傷はない。

 それに、エッジの動きもどんどんと早くなり、もう俺の目には追えない。

 光る桃色と緑、紫の残像を追うので精一杯だ。

 エッジも楽しそうに、顎の骨を打ち鳴らしている。



「かっかっか。修羅の戦いは見ていて気持ちがええのう。時にお主」

「なんだ?」

 ルーの俺を見る黄色い目に、黒い光が見えた。


「どうやって、呪縛を逃れた?お主の支配者は誰だ?」

「なんだと?どういう意味だ」

 俺はルーに詰め寄った。コイツは何を知っているんだ。

 生者に対するものとは違う怒りが燻る。

「お主は、そうなのか。本当にそんな事が可能なのか。しかし…」

 俺の答えを聞かずに納得したようなルーに、俺は殴りかかる。

 拳は空を切り、ルーの顔面も体もそこにはない。側面から声がする。

「今のお主を使役するのは、生身の人間に可能なのか?あのエッジは天然だが、お主は『作られた存在』だが、これは何を意味している」

 黄色い目で月を見上げ、顎に手を置き思考に耽るルーの顔を掴む。

 掴んだ手には何も無い。

 頭に重さを感じて見上げる。

「おい、作られたとはどういう意味だ?」


 カン


 そんな軽く乾いた音が砂漠に響く。

 エッジの紫のシミターが飛ばされ、砂に刺さっている。

 なんだと?

 エッジが負ける?

 俺はその姿が想像できなかったが、エッジは背中の新たなシミターを抜いていた。

 白い月の光を集めたような、白い光を放つ刃だ。


「決着がつくぞ」

 ルーの声は足元から聞こえた。

 頭上の重さはもうなかった。


 エッジは地に顎がつくような、足を大きく前後開く構えを取る。

 対する剣士は地擦りの正眼。切っ先は少しだけ砂に触れている。

 エッジは一直線に剣士に迫る。

 剣士は僅かに切っ先をエッジの正面になるように調整しているようだ。


 衝突


 白とピンクの光が宙を舞った。

 緑の切っ先が、剣士の喉元に僅かに食い込んでいた。

「さて、戻るか」

 幾何学模様が宙を舞う。

「待て、さっきの話しは一体…」

 俺の言葉は途中で白い光に包まれてかき消えた。



 俺とエッジは石柱に座っている。

 間にはルーがいる。

 下段に跪く剣士。

 その額には汗が滲んでいる。

 顎から一滴の雫が垂れた。

「さて、剣聖よ。お主には何が足りない」

「我が剣に匹敵する小刀。それはあるのか」

 ルーの笑みが深くなり、顔に張り付いた。

「無いな」

「そうか」

 剣士に落胆の表情はなかった。しかし、続くルーの言葉で驚愕する。

「それ以上ならばあるぞ。先ほど見たであろう」

「それはどこに…ヒントはあったのか。砂漠…」

「…見せてもらった。約定は成った」

 一礼して立ち上がる剣士。


「待て」

 エッジの声が掛かる。俺は声を出せない。

 剣士はエッジを見る。

「ベルンハルト、また会おう」

 ベルンハルトは笑顔をエッジに向けた。

「是非に」

 軽い会釈。

 そして去っていく。

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