そうして、砦を攻める計画になった。
しかし、兵力はゾンビやスケルトンが五十程度、そしてヌイグのみになった。
日が沈むと同時に俺たちは動き出す。
狙いの都市周辺には土に埋めたゾンビやスケルトンがいるらしいが、ここにはぞろぞろと歩く集団だけだ。
数か所の墓地や、戦場後からコウモリを使って誘導しているようだ。
先頭のヌイグは、何かの手段を用いてゾンビたちを従えている。
赤い霧…何かの血液か魔法か。
カールと俺とエッジは砦から離れた山の上から見ていた。
「ケイ。お前は何故、そんなに知識を持っている。何故、我々の弱点をそこまで知っている」
カールは俺の隣に立ち、俺にそう問いかけてきた。
「さあな。生前の俺は勤勉だったのだろう。農業、工業、医学。お前達の全く知らない知識もあるかもしれんな。しかし、魔法や国土、歴史の事はまったく知らん。教えてくれ」
「くっくっく。はっはっは。ケイ、お前はやはり面白い。いいだろう。私の知識とお前の知識の交換だ」
そうしている間に、ヌイグは砦門にたどり着いた。
石壁で囲われた、たいして大きくはない砦。
街道の警備や、山間を根城にする山賊向けなのだろう。
兵の数はざっと百から二百。
おそらくヌイグ単身でも殲滅はできるだろう。
カール達が信用ならない事もあったが、この世界、この地域の兵士の対応を視たかった。
どの程度の規模、訓練度なのか、連携はどうか、武装は、魔法は、そういった部分をしっかり把握しないと、予想外の反撃にあう。
実際に、ルーのところで見た数人の冒険者や、エッジと戦った剣士などは、ヌイグよりも断然強いだろう。
人間だからと侮っては負ける。
ヌイグは動き出した。
正面の門へゾンビとスケルトンを突撃させる。
砦の対応は早く、多くの灯りが揺らめきだす。ゾンビたちの到着前に門が閉じ、ラッパや太鼓が打ち鳴らされる。
ヌイグは先頭に立ち、木で出来た城門を簡単に破壊した。
そして、自身はそこでゾンビたちに紛れて後退し、気配を消す。
兵士たちは盾を構え、槍や弓でゾンビたちに応戦している。
しかし、ゾンビやスケルトンはなかなか倒れない。
混乱する城門付近の、強そうな数人の兵士が、赤い爪の閃きと共に沈んだ。呻く間もなく、血しぶきが舞う。
ヌイグはその場を素早く離脱して、他の城門へ単騎で回り込む。
「ほう…バカではないのか。カールの教育か」
「くっく。お前は戦術眼もあるのか」
指輪の声が大きい。
俺は指輪に向かい「黙れ」と声をかけるが、余計に騒ぐ。
「なんだ、出てこい」
出てきた上半身しかないゴーストは、宙を舞いながら、叫ぶ。
「あんな、自然を捻じ曲げたヤツらを許せるか!きー」
そうしていると、砦から早馬が出る。
襲撃の知らせと増援依頼かもしれない。
「む…ヌイグは気付けないか」
カールは少しだけ、残念そうに肩を落とす。
「おい、ゴースト。あの馬に追いつくか?殺れるのなら、あとは好きにしていいぞ」
ゴーストは「きゃー、あー」と叫び、あっという間に山を下り、砦を迂回して馬に追いつき、凍り付かせていた。
その様子を見たカールは目を細めた。
「あの機動力、それに凍結能力。忌々しい記憶もあるが、使えるな」
「そうだな。お前も凍り付いたしな。しかし、制御は無理そうだ」
馬を凍り付かせたゴーストは、砦に引き返すと城壁や建物を凍結させていた。
雲の無い夜に、雪の降る砦は氷塊となり崩れていく。
「城壁に穴が開いてしまった。生者を取り逃がしてしまいそうだが、全て凍り付いているから大丈夫か」
兵士がゾンビを槍で貫いた姿勢のまま、氷像と化している。
ゴーストには、敵味方の区別もないようだ。人工的な建築物すら許せないのか、入念に建物も凍結させている。
「…すまんが、ヌイグは引かせるぞ」
「好きにしろ。戦いは見せてもらった」
動く者がいなくなり、静かに雪が積もった砦から、ゴーストは俺の元へ飛来した。
「あのような自然に反したものを許すなと、山の神も申しています。また、このような…」
演説のように、しゃべり続ける青白いゴースト。
「もういい。戻れ」
満足げな表情を見せながら、ゴーストは静かに俺の指へと戻った。
多くの生者が消えた場面に立ち会え、俺にも充足感があった。
青い指輪は月の光を浴び、一瞬だけ黒く輝いた。