カールの屋敷
俺たちは襲撃から戻り、カールの書斎にいる。
セミョンが直したのか、書斎の壁は塞がり、砕けた床板なども、きれいに直されていた。
「ヌイグよ。ご苦労であった」
カールは労いの言葉をかけた。
しかし、それ以上は何も言わない。
この場では言わないのか、あれで十分とみているのか。
「さて、ケイ。あれ以上の規模のゾンビで都市は落とせると思うか?」
兵士の練度、連携や反応の速さは、俺の想定以上だった。
しかし、粘り強いゾンビやスケルトンに苦戦していた。
「あのゾンビやスケルトンは、何か強化しているのか?」
「くっく。いや、失礼。お前には話しておかなくてはな。ヌイグの血の魔法により強化している」
ヴァンパイアたちは、皆『血の魔法』が使えるようだ。
ヌイグは下位のアンデッドを範囲的に強化することができる。
それで正面を任せるのか。
僅かな耐久力や腕力の強化のようだが、数が多ければ多いほど、その効果は大きい。
「それはわかった。しかし、大きな街になれば強い兵士や、強力な冒険者もいるぞ」
俺の問いに、カールは沈黙した。ヤツもそれは懸念しているのだろう。
「私やヌイグが都度当たるつもりではいるが…そうだな」
カールは室内を見まわし、俺とエッジに視点を止める。
「私とケイとエッジ。我々で生者の精鋭を討つ部隊としないか?ヌイグの手に負えない生者が出現したら対応するのだ。以前にも話したが、セミョンは首都からの増援や援軍要請の足止めに使う」
戦術的には精鋭部隊を後方に備えるのはいいだろう。
しかし、手札が少なすぎる。
俺は少し思案し、カール、セミョン、ヌイグを見る。
「カールは目立ちすぎる。ヌイグは口を縫われているが、隠せばいけるか?しかし、セミョン、お前が一番だ」
俺がセミョンを指さすと、少しうろたえていた。
「わ、私でございますか?」
俺は指を指したまま続ける。
知っている”吸血鬼の知識”について問う。
「お前は魅了の目は使えるのか?狼やコウモリの眷属は?擬態や変身はできるのか?」
「一体何を…カール様」
「無駄だ、セミョン。ケイは我々を知っている。正直に答えろ」
僅かに逡巡したセミョンだが、低い声で答える。
「魅了は得意ではありません。眷属は居ませんが、従える事は可能です。変身もできます」
俺はその答えに満足し、作戦を伝えた。
「本当に、こんな事がうまくいくのか」
「わからん。しかし、試してみる価値はある」
カールの質問に、正直に答える。
ヌイグにも協力させて、コウモリやキツネ、サル、野鳥を集めた。
カールにも協力させ、野山で毒草や毒虫も採取する。
セミョンは夜の街に侵入させて、街内のネズミや野犬を眷属化させた。
「細かい理屈は省くが、要は病気や毒を撒くつもりだ」
狂犬病、インフルエンザ、赤痢など。可能性は低いかもしれない。
毒や病気に無縁なアンデッドでは症状も出ない。
「かつて、大陸を襲った悪魔は疫病を蔓延させたと言う。しかし、それを我々が…本当に可能なのか」
「実際にうまくいく可能性は低い。病原菌を見つける事は臨床実験を繰り返さなければ無理だ」
「お前は、かつての悪魔の末裔なのか?」
カールの質問に、俺は返事をしなかった。
「よいか、セミョン。戦闘は禁ずる。重要なのは『静か』に行動することだ」
数度、街に出入りさせていたセミョンに伝える。
俺とエッジ、カールは下見をかねて、途中まで見送る。
襲撃予定の都市、イーサキバロスは大きな街だった。
高い城壁に囲まれ、夜間でも開いている門もあり、警備兵も多い。
セミョンに眷属化させたネズミや野犬に、捕獲した動物と戦わせ、手傷を負わせた上で食わせる。
無味無臭の毒草やキノコを選び、街の水源にも放り込ませる。
後はセミョンが酒場で隠密裏、もしくは魅了を使用し、飲食物に混入させる。セミョン自体も、毒物や動物の死体を無理やり食わせ、街の中で吐瀉させた。
黒い三日月が、静かに闇を落としている。
「街道も石畳で大きい。向こうが首都か」
森の中の高台の部分から街を見下ろす。
俺の指さす方向を見て、カールは首肯する。
「事が起これば首都ラーイからの援軍は早いだろう。妨害の工作も考えたが、首都方面の守りは固く、ディクトの守護で我々は近づけん。街道沿いにレッサーヴァンパイアの伏兵は埋没してある」
ディクトの守り、ディクト教。その言葉に怒りを覚える。
「状況に応じて、コイツが街道を凍らせてくれたらいいのだが、難しいか」
俺は指に嵌った青い指輪に触れる。
先ほどから、街を見て怒っているのか大騒ぎをしている。今は無視する。
セミョンが戻ってくる気配がある。
追跡者は居ない。俺の目から赤い生者が隠れる事は不可能だ。
「カール様。指示を実行し、戻りました」
足音もなく、草木をまったく揺らさずに俺たちの前にセミョンは現れ、カールに向かい頭を下げている。
「ご苦労だった、セミョン。では、戻ろう」
すぐには効果は出ないだろう。
そう思っていたが、翌日には効果がでた。
神殿に発熱を訴える人が並んだ。
セミョンに眷属化させた者の目と、カールが飛ばしたコウモリが状況を伝えた。
「神殿の水も腐敗し、神官や導師も数人、臥せったようだ。こんなやり方があるのか…」
カールとセミョンは驚愕したような表情で俺を見ていた。
「何が功を奏したのかは不明だが、それほど長期間はもたん。明日、明後日くらいには出撃できるか?」
俺の問いにカールは、長い犬歯を見せて笑いながら答える。
「くっくっく。準備は整えてある。ヌイグ、明日には出れるようにしておけ」
俺は病に苦しみ、右往左往する神殿のやつらを想像して楽しくなった。しかし、神官や導師の姿を思い浮かべ、また別の感情が湧き上がる。怒りだ。静かに沸々と怒りをたぎらせていた。
翌日、出撃をする為に集まるが、予想外の事があった。
「どうやら、聖女の指示で街が封鎖されたようです。眷属も数体駆除されました」
セミョンの言を受け、カールは自らの一部をコウモリにさせ、街を視察した。
「街はずれで病死した遺体と、衣服などを大量に燃やしている。しかし、昨日よりも神殿に並ぶ人は多いな。城門の閉鎖は予想外だが、混乱しているな。くっく、好機だと思うが、どうだ、ケイ」
首都まで病原菌を伝播させたかったが、対応が早いな。俺の記憶でも、英断できる者の行動は早い。
「行こう。生者を討ちに」