準備は整った。
俺とエッジとカールは、街から少し離れた山の中腹から街を見下ろす。
「くっくっく。ケイの策は実に見事だ。もう街を手中に収めたも同然だろう」
黒い月の影に隠れ、城壁を埋め尽くすような数の命無き存在がひしめいている。
俺の予想以上の数のゾンビやスケルトンが、そこにはいた。
事前に埋伏していたレッサーヴァンパイア達が、着実に数を増やしていたようだ。
おまけに、城壁を守る守備隊の数も少なく、精彩を欠いているようだ。
赤い閃光が門に奔る。
大きな城門は、低い音を轟かせ、あっさりと崩壊した。
「ヌイグはうまく動いているな。セミョンの報告では首都に動きはないようだ」
破れた門から、夥しい数のゾンビが街に流れ込む。風に乗り、かすかに悲鳴が聞こえた。
終始、上機嫌のカールは楽しそうにニヤついた表情を顔に張り付けている。
首元のポーラータイの赤い宝石に触れ、セミョンと連絡も取っているようだが、首都の対応は遅れている。
「疫病の蔓延した都市に援軍を送るのは、憚られるのかもしれんな」
俺の意見に、カールは「くっく」と笑うが、エッジは退屈そうに伸びをしてから地面に座り込んだ。
時折、街中で白い大きな光、浄化の力が湧きがあがり、ゾンビたちを消滅していた。
しかし、ヌイグは俊敏に動き、その発生源を素早く消滅させていた。
その後に上がる大きな赤い火柱や青白い稲妻が夜空を照らし出した。
「冒険者か?ヌイグ一人には手に負えないか。そろそろ我々も…あれは?」
城門の外に残っているゾンビやスケルトンが、倒れだした。
たった一人の生者が、黄色や白の閃光が飛び散る攻撃でなぎ倒している。
あっという間に、開門しているあたりのゾンビは壊滅し、灰となり舞う。
白い光を迸らせた生者は、街に入りゾンビたちを攻撃しはじめた。
「あれは冒険者ではない。あの衣装、あの攻撃、勇者やもしれん」
俺がその白い鎧の存在を認識し、「街に向かう」と言い出す前に、エッジは山を駆け下りていた。
「我らも行こう。あれは強敵だ」
彼我の距離は、まだ遠い。
「おい、お前が先にいってヤツを止めろ」
指輪にそう声をかけて、言い終わる前に上半身だけのゴーストは奇声をあげて飛び出した。
「があああ。ぎゃあああああおおおおお」
あっという間に街に飛来し、雪を降らせている。
俺とカールもすでに走っているが、カールは一度俺を見て言う。
「あれは大丈夫なのか?言葉は通じているのか?」
「さあ…な」
エッジは既に白い鎧の生者と対峙していた。
真っ白なブレストプレートにカイトシールド、白地に青い聖王国の紋章が付いた兜をかぶった生者。明らかな強者だ。
エッジの連撃を、盾と剣を使い防ぐ。
斬撃、刺突、緩急を交えた攻撃を防ぎながらも、時折エッジに向かい火の玉や稲妻を飛ばしている。
ゴーストは、街の一番高い鐘楼を凍らせるのに忙しいようだ。
俺とカールの到着を、エッジも生者も確認したようで、お互いに距離を取った。
エッジは俺たちに向かい口を開け、声にならない声をあげる。
「邪魔をするな」と。
カールはそれに答える。
「わかった、エッジよ。存分に戦うがいい。一つだけ問う、生者よ。お前は勇者だな?」
勇者と呼ばれた生者は、ちらりとこちらを見る。
「そうだ。だが、貴様ら不浄なる者に名乗る名は無い」
「くっく。そうか。彼の名はエッジだ。続けろ」
カールの掛け声で、脱力していたエッジは突進した。
勇者の盾を狙った攻撃。
だが、勇者の盾は火花をあげるだけで切り裂けなかった。魔法的にも強化された強固な盾なのだろう。
エッジの猛攻に、勇者は反撃ができなくなっていた。
徐々に速度を上げるエッジの攻撃。
だが、その鎧や兜に阻まれ、致命傷は与えられなかった。
そして、勇者は疲労を感じていないように見える。呼吸を乱さず、汗ひとつかいていない。
「なんだ?勇者の狙いは。何かあるな」
カールはそういいながら、両手から地面に赤い何かを展開している。
血の魔法か。
エッジの邪魔をすれば、後でどうなるかは、わかっているだろう。
しかし、カールの目的は、都市の陥落だ。一対一の戦いではない。
「エッジが押しているから、もう少し見守れ。まだ攻撃の手段がエッジにはいくつもある」
俺はカールの肩に触れ、そう伝える。
「くっく。心配するな、ケイ。これはまた、別の…」
その時、黒い月が消えた。
あたり一面、白い光が包む。
遠くで女の声が聞こえる。
「光を」
俺は一瞬、眩暈を覚えた。白い光で目が見えん。
別の白い光が翻る。
勇者の剣か?俺とカールを同時に貫こうとこちらに伸びている。
「しまった」
俺は両手をクロスして防ごうとする。
そんな俺は弾き飛ばされた。
「逃げろ、兄弟」
エッジが、その胸に勇者の剣を受け全身の骨が砕け散った。
「エッジ!」
白い光はまだ強くなる。ここに収束しているのか?
俺は宙を舞った。
翼を生やしたカールに抱えられ、空を飛ぶ。
「大規模な浄化の奇跡だ。一体どうやって…ぐっ」
カールの下半身は無かった。
さらに上空に飛来する白い光弾がいくつもあった。
「一旦引こう」
そうつぶやいたカールの翼に、白い光弾が着弾した。
フラフラと飛びながら、カールの翼は端から灰になって舞い散っている。
山間に墜落したときには、翼はほとんどなくなり、体までも塩になっていく。
「おい、カール」
俺はカールの頭を両手で抱えて立ち上がる。
もう頭だけしかない。
「くっく。こんな終わり方とはな」
カールはニヤけた表情で、俺を見る。
「もう助からないのか?」
答えはなく、カールの顔は塩となり、地面に散る。
カールに触れていたからか、その思念が伝わった。
「ケイ、すまなかった」と。そして、ある風景が見えた。
街からは、それほど離れていない。
白い光は空まで伸びていた。
徐々に弱まり、夜の暗さと黒い月が戻る。
「エッジ…カール…」
俺は膝から崩れ落ちた。
指に嵌った青い指輪も、崩れるように砕けた。
「勇者、貴様は、貴様だけは絶対に許さん」
「人柱を使っての浄化。今代の聖女は、どれだけの生者を犠牲にあれを行ったのだ?」
俺の耳に声が聞こえた。
「なんだと?」
「お主、喋れるのか?」
俺は自身が声を出して発言している事に気付かなかった。
「聖女が、あの浄化をやったのか?」
俺は立ち上がり、声の主に詰め寄る。
声の主は、手に持った骨で街を指し示し、何かを数えていた。
「こちらを見ておるな。ケイ、何か言ってやれ」
ルーは楽しそうに俺を見て、にやりとした。
俺は街を睨み、指を突きつける。
視界が真っ赤に揺らぐ。
「聖女、勇者。貴様らは必ず倒す」