彼は、一瞬の隙を突いてフォルティナの胸元にある女神様のブローチを奪い取った!
俺とフォルティナは、一瞬何が何が起きたか分からず動作に遅れてしまった!
だが、彼に対する怒りは不思議と湧いてこなかった。むしろ、俺は無性に悲しくなってきた。
「何をするつもりだ? 今なら、まだ間に合う」
「部隊長様、早まるのはおやめください。ヴィクトールの言う通りです。だから」
「ふふ、もう疲れたんだ。奴に仕え続けるのも、自分を偽ってここにいるのを!」
部隊長は叫び、まだ感染している兵士達は蹌踉めきながら彼の元へ集まる。よく見ると、光のリングが両腕に出始めている。魔法でできているのはわかるが、素人の俺には分からんが……。この感覚はまさか!!
この魔法……王すらひれ伏させる禁術なのか?
「……自分も、隊長の手伝いをさせて……ください」
「私の祖国も……あの王に」
どうやら、この感染したままの兵士たちはあの王に恨みを持っているようで、隊長と共にベルヘイルズ王に最後の特攻をするようだ。
「み、みなさん。そんな事をしなくても……」
「フォルティナ、どの道俺達は助からん」
「どういう事だ?」
「……いずれ分かる」
フォルティナの質問に対して含みを込めた返答が返ってきたので、俺は割って入る。部隊長の周りには、肌が黒ずんだ兵士たちが集まっている。……この結束力は何なんだよ!
一体、何が彼らにそうさせるんだよ!
俺は心の中で叫ぶ。
「待て! 早まるな! 今すぐ女神様のブローチを返せば無事に」
「良いんだ、勇者よ。ゴホ……転送魔法の準備を」
吐血し始める隊長の指示に、瀕死寸前の部下が準備を始める。それを見た回復した部下たちが「隊長!」と言って呼び止める声が出始める。それでも、感染した部隊の動きは止まらない。よく見ると、首元にも小さなリングが出現し光始める。この反応は、間違いない。俺の疑惑が確信に変わったの。
「服従の魔法だな? そのリングは」
「やはり、勇者の目は誤魔化せない……か。ゲボ!!ウェ……」
部隊長が膝を突いて倒れそうになる。ベルヘイルズ!! なんて下衆な王なんだ!!
横にいるフォルティナと感染してない部隊が引き攣った顔になり、涙を溜めている。
「フォルティナ!彼らの服従魔法の解除方法は分かるか?俺の知ってる基礎魔法じゃ対処分からん!」
「わ、分かりません!魔法の原理は普通の魔法なのは違いありませんが」
「くそ!!こんな時に解除魔法が得意なあいつがいれば。死んでなければ!」
「良いんだ……」
「すまん……。役に立てそうもない」
部隊長は静かに目を瞑って諦める。
「ふ……もしかしたら、何かの手違いで俺たちは友達になれたかもしれんな」
「そうだな、部隊長さん。そういや、名前聞いてなかったな」
「私は……何かできることは……」
「このまま見送るのか? それとも――」
「女神の加護など関係ない。あの男を地獄に引きずり込むだけだ!」
俺と彼女が何かを言おうとするが、部隊長たちはすでに覚悟を決めていた。
部隊長の身体が段々と生気が抜かれていき、ふらつきはじめる。だが、彼の目は死んでいなかった。
「我の名は、レオニール……。彼らと共に……この国の王族を打ち倒す者だ」
そう言い残し、転移魔法で消えていく。
「レオニール!!」
「レオニールさん!!」
俺とフォルティナが叫ぶと、残された部隊は泣き崩れる。
フリードは目を覚ますと、困惑した表情を浮かべて辺りを見渡す。
俺は軽くフリードに事情を説明してから、残った兵士を引き連れて逃げることにした。
「今すぐに、レオニール隊長に続くべきだ!」
兵士たちの声もあったが、泣く泣く却下した。
俺達の装備が魔王と戦った直後でボロボロになっているのに加えて、今回発動した女神様の自動防御魔法の原理が未知数でこのまま突っ込んでも王族を打ち倒す前に全滅の危険がある可能性があったからだ。
俺とフォルティナ、フリード。そして残った兵士達を引き連れて城を脱出した。
脱出して空を飛んだ俺たちは、城を見下ろす。
既にレオニール達は女神様の魔法の疫病をばら撒いたのだろう。
貴族達が我先に城から出ていく様が確認出来た。
果たして、レオニール隊長はベルヘイルズ王を討ち取ったのだろうか……。