「フォルティナ。ごめん、奴らの追撃を止める事が出来なかった」
俺は俯き、剣を持っている両手の震えが止まらなかった。
「貴方のせいではありません。私も加勢させて頂きます」
「あぁ、頼む」
間に合わなかったか……。俺は項垂れて抜け殻になった盗賊の死体を眺める。出来れば、彼女には女神様のお力を使わせたくなかった。俺に魔王に匹敵する力が有れば……!!
罪悪感で頭がいっぱいになった途端、修道院の天井が派手に破壊され瓦礫が俺たちに降り注ぐ。あぁ、最悪の状況になった時は俺が止めるしかない。
「なんて罰当たりな事を!」
フォルティナが女神さまの魔法を唱えると、彼女の手のひらから大きなリンゴサイズの真っ赤な宝石が出現する。真っ赤な宝石がピカッと光ると、瓦礫が宙にとまったかと思うと重力に逆らって元通りに修道院が修復し始める。遅れて、元兵士二名が血相を変えて中へやってきた。
「おい!! 氷の壁を作っていたブリザードドラゴンが、怯えて氷の結界を作って蹲って……」
「な、何が起きた!?」
「フォルティナが盗賊どもの魂を使って修復魔法を唱えたんだよ」
「魂?!」
「それって……女神の力なのか?」
元兵士のふたりは、盗賊の死体を見て身震いして一歩下がる。彼らの存在に気付いたフォルティナは貼りついた笑顔で質問する。
「さて、おふたりの兵士にお聞きしますが、外の盗賊達はどうなりました?」
「は! 戦況はこちらが押していますが、数が多くて」
「なら、面倒ですので私が盗賊のリーダーを除いて対処します」
「た、対処……ですか。ですが数が」
「全員に避難するようお伝え下さい。後で皆さまにお話があります」
「ひ……! わ、分かりました!」
彼女の狂気的な笑みに怯んだ二人は急いで出ていった。
「俺は、フリードを戻しに行くよ」
「はい、お願いします」
俺はトボトボと外へと向かう。……また彼女を守ることも止めることも出来なかった。俺は彼女を受け入れる国を作ると宣言したが、果たしてできるのか?
後ろから、フォルティナが淡々と魔法を唱え始めるのが聞こえる。すると、修道院の窓に映る夜空が点滅し始め、魔法陣特有の稲妻が次々と落ち続けた。しばらくすると、彼女の手のひらの上に浮いている赤い宝石が、死体から白煙を吸い上げていく。
「ぎゃあああ!!」
「うぎゃああぁ!!」
「ぎゃおおおおおおおおおおおおん!!!」
修道院の外から盗賊らの断末魔が響き始め、それに遅れてフリードの震える声が木魂する。もう、彼女の怒りはあの王の命を狩るまでは誰にも止まらないだろう。
俺が外に出ると、既に絶命した盗賊の死体が無造作に転がっており、元兵士たちは腰を抜かして戦意を失っている。
「フリード、申し訳ない。すぐに元の場所へ戻してやるからな」
「ギャオン……ギャオン」
今にも泣きそうなフリードに優しく声をかけると、氷の結界から顔を出して鳴いている。
「あ、あんな強いドラゴンが怯える姿、初めてみたぞ」
「あれは、なんなんだ? 勇者ヴィクトール」
すぐに転送魔法でフリードを送り返すと、元兵士たちがぞろぞろとやってきて凍えそうな声で俺に質問する。
「良くも悪くも、人間の願いを具現化して女神や彼女に押し付けた結果だよ。元魔法特務部隊の人間に聞くが、女神様の歴史を知っているか?」
俺の質問に対して、兵士たちは困惑しつつも特務部隊の一人が前に出て俺の質問に答える。
「あぁ。女神様が人々を豊かにするために我々人間に穀物の育て方を教えたり何度も奇跡を起こしてきた歴史だな」
「それ以外は?」
「いや……。それ以外はないだろ」
「じゃあ、お前たちは女神様に『隣の国に災いをもたらせ』『治らない病を作れ』と願った負の歴史は知らんわけだな」
俺の発言に対して、一同はシンと静まり返る。
「みんなの反応を見る限り、知らんわけか。ったく、この国は自分たちに都合の良い歴史しか知らされていないのか。……女神様に善悪の区別がつかない事を良いことに」
俺は心底この国の王の教育にがっかりしてため息をついた。
「どういうことだ?」
「そもそも魔王も魔物も、疫病も禁忌と呼ばれる魔法や錬金術も全部、我々の祖先が女神様に願い事をして生まれた存在だ」
「そ、そんな歴史が……! 信じられん」
「その化身として選ばれたフォルティナは、それを知った上で女神様を信じて女神様の能力を頂いている。だから、彼女もまた善悪があいまいになりつつある。特に、自分を守ってくれた司祭様と修道院、俺に対して守るためなら躊躇なく力を使う」
俺の話を聞いた彼らは、目を逸らして脂汗を流す。
「お前たちは、これまで女神様を信じて願った以上その対価を支払う義務がある。だから、彼女を忌み嫌うのはお門違いだ」
忠告を終えた俺は、フォルティナがこちらへやってきたのに気づいて振り返る。みると、彼女が一回り大きくなった赤い宝石を持っていつもの笑顔でやってきた。
「皆さん、お疲れ様です! 早速で申し訳ございませんが、食堂へ来て頂けませんか? ゆっくりお食事の続きを楽しみながらお話ししたいことがありますので」
「は! 分かりました、フォルティナ様!」
彼女のとびっきり可愛い笑顔をみた元兵士たちは、無理矢理作った笑みを浮かべて彼女に従う。まるで冷えた湖のように透き通っているのに冷たさを感じるフォルティナの瞳が、彼らにとって怖いからだ。
「こりゃあ、またひと悶着ありそうだな。俺一人で何とかなるのか?」
俺は独り言を呟き、覚悟を決めて食堂へと戻っていった。あいつが本気で怒ると国一つ滅ぼしかねない力を持っている。……でも正直、怖さより可愛さのほうが勝ってしまう。
まぁ、彼女を止めることが出来るのは今のところ、俺か魔王クラスの魔物くらいだけど。
09 食事と尋問
食堂へたどり着くと、地下倉庫から出てきた司祭達が出迎えていた。あれほど盗賊が修道院の内部を荒らしていたはずなのに、まるで最初から襲撃がなかったかのように内装が綺麗になっていた。元兵士の中には「これが、女神様のお力なのか」と呟き、頭を抱える。
「皆さま、修道院を盗賊からお守り下さりありがとうございます。ぜひごゆっくり食事の続きをお楽しみ下さい」
司祭のフォルティナの横にいる司祭は笑顔で俺達にお礼を言うが、手は震えていた。もはや加齢による震えなのか、彼女の力を恐れているのかは分からない。
「は、はい。ありがとうございます。司祭様」
元兵士達は司祭たちが何処かへ行くまで引き攣った笑顔で食事を楽しもうとする。俺たちは必死に食堂の隅にいるアイツを見ないようにしている。
「いいか、妙な真似はするなよ。これが最後の晩餐になるかもしれないからな」
小声で呟くと、兵士達は黙って頷く。
「さて、お食事が終えたところで皆さんにお話があります」
俺を除いた兵士たちはギョッとした目で彼女に注目する。
「話ってのは、そこに磔にされている盗賊のリーダーの事だろ?」
俺が隅で小便を漏らして顔面蒼白になっている盗賊のリーダーを指さすと、兵士たちは小さな悲鳴を上げて注目する。襲撃前はあんなに粗暴で百人程度の盗賊を統率するカリスマ性を持った筋骨隆々の男が、真冬の雪山に遭難した探検家の様に大人しい。
……一体、どんな仕打ちを受けたんだ? 人としての尊厳が剥がれかけていないか?
「はい。彼は親切に教えてくれましたよ。この中に内通者がいて、王の命令で盗賊の手引きをしていたと」
彼女の穏やかな口調とは裏腹に、目には静かな怒りを宿っていた。
「ふぅん、フォルティナがそう言っているなら、俺は早めに名乗り出たほうが良いんじゃないかな?」
「わ、私ではない!」
俺の問いかけに元兵士たちは口々に身の潔白を必死に訴える。
「そうですか。では、貴方にもう一度お聞きします。本当にこの中にベルへイルズ王の内通者がいるんですね」
「ひぃ……。お、俺はうううううう嘘は言ってない。すすす……少なくも……俺はあの王から直接聞いた。……嘘は言ってない! 女神様に誓って嘘は言ってない」
彼女の穏やかな問いかけに対して、盗賊のリーダーが全身鳥肌を立てて背筋を凍らせていた。
「では、どちらかが嘘をついているという事ですね」
彼女の問いかけに、盗賊のリーダーはうわ言の様に「噓は言ってない。噓は言ってない」と繰り返す。もはや、彼の精神が崩壊しつつあってこれ以上の追及は出来ない。
その様子をみた元兵士の中には、嗚咽を漏らす者や椅子から転げ落ちる者が出始める。
「ヴィクトール。あの謁見室で『甘さが命取りになる。俺たちに情けをかけてくれる敵はいないだろ? 現にさっきまで俺達を殺そうとしただろ』と言いましたね」
「あぁ、言ったな。よく一言一句覚えてるな」
「ふふ、私は記憶力が良いので」
あぁ、この整った銀髪で幼さを残す笑みは本当に癒される。こんな状況じゃなきゃ、優しくハグをしたかったんだが。
「では、ヴィクトールやレオニール様に倣って皆さんにもう一度質問します。内通者は誰ですか? 白状してくれたら、あなたの身だけは保障します」
この彼女の言葉に、周りは目を合わせて動揺する。
「ヴィクトール。申し訳ございませんが、彼らの約束を反故にしましょうか」
「そうだな。彼らと王都にいる家族を助けると約束したけど、ここまでコケにされたら守る意味がないもんな」
俺とフォルティナの一言で、一同は涙目になりながら狼狽える。
「では、王都には犠牲になってもらいます。私の大切な人たちを傷付けるなら当然、自分の大切な人を傷付けられる覚悟をお持ちでしょうし」
彼女がゆっくりと魔導書を王都がある方向へ向けて魔法を唱え始め、地面が揺らぎはじめると。
「わわわ、私だ!! 頼む! 許してください!!」
一人の兵士が前に出て俺たちに懇願してきた。よく見たら、俺が話した二人の兵士のうちの一人だった。