「そうですか、貴方でしたか。他に内通者はいますか?」
彼女の微笑みに告白した兵士は膝を落とし、他の兵士は彼から離れた。
「俺とこいつです! 家族を人質に取られて情報を売ってました! どうかお許し下さい!」
「お、おい!」
裏切った兵士はもう一人の内通者を指さすと、指された兵士は他の兵士に取り押さえられて彼女の方へ突き出された。その様子を見下ろしている彼女はにっこりと笑い、俺は予想外の事態に備えて剣を構える。
こいつらの犠牲だけで済めば良いんだが。
「では、約束通り正直に話した彼だけは助けましょう。他に聞きたい事もありますし」
「待て、フォルティナ。このふたりは利用価値はあるしばらく生かすのはどうだ?」
「利用価値ですか?」
俺の言葉に、フォルティナは珍しく食って掛かる。その目は鋭く、俺の言葉次第でこの場にいる全員虐殺する勢いだ。だが、俺はそれでも彼女に提案する。これ以上、彼女に人間らしさを失わせるわけにはいかない。
「こいつらに偽の情報を与えて撹乱させるんだよ。あとは、王都内の裏事情や情報を逆利用する作戦だよ!」
「確かに一理ありますが、また裏切る可能性もあります」
「それでも、俺が監視する。俺が責任を持つ」
俺はそう言って、剣を鞘に収めた。
フォルティナはしばらく俺を見つめていたが――。
「……じゃあ、信じます。貴方を。ですが、監視は私もさせて下さい」
「良いよ。こいつらには利用価値があるからな」
その言葉は、まるで彼女自身を縛る鎖を俺に預けるかのようだった。
その重さを、俺は理解していた。
「女神フォルティナ様! 勇者ヴィクトール様! 寛大な処置をしてくれてありがとうございます!」
「絶対に裏切ったりしません! お許し頂きありがとうございます」
二人の裏切者はそれぞれ俺たちに深々と頭を下げて忠誠を誓うが、フォルティナはまだ納得がいかない顔で冷淡な一言を放つ。
「ただ、だからといってこのままお許しするわけには行けません」
「「え!」」
彼女は魔導書を取り出さずに魔法を唱えると、修道院全体を覆う魔法陣が発生し、兵士全員の身体に白い無数の手が掴みかかってパニックになった。
「嫌だ!殺せ!死なせてくれ!」
その様子を見てしまった盗賊のリーダーが恐怖で泣き叫ぶ。
この魔法は、なんだ? 俺でも長い旅の中で見たことが無いもので、術式も模様の様な文字ばかりで分からん。
「え! こ、これは!!」
「ご安心ください。貴方たちに直接危害を加えません」
狼狽える元兵士たちは身動きが取れなくて泣き叫ぶが、すぐに白い手が霧となって消えた。
「ふふ、今後は修道院や私たちに危害を加えない限り、家族も貴方たちも平穏に暮らせる様に魔法をかけました」
フォルティナの貼りついた笑みをみた元兵士たちは口をあんぐりと開けて目を丸くする。
「つ、つまり、どういうことだ?」
俺が質問をすると、彼女は「こうなります」と言って壊れた盗賊のリーダーを見る。
ポン!
何かが破裂した音がしたかと思うと、泣き叫んでいた盗賊のリーダーが白目を剥いて動かなくなった。
それを見た兵士達はガクブルと震えてひれ伏していた。よく見ると、フォルティナの表情が曇り始めていて唇が痙攣している。
これ以上は不味い!
「良いか!俺たちはお前たちに何の恨みはない。なんなら、内通者を除いてここで怖くなったら逃げても構わない」
俺がフォルティナを庇う形で前に出ると、彼女は俺の鎧の袖をつまむ。
「だが、俺たちに手を出せば家族もろとも消えてもらう。俺達と共に戦って新たな王国を作るか、脱走兵として余生を過ごすかはお前たちに任せる。さっさと決めろ!」
俺の声が修道院の食堂何に鳴り響き、元兵士達は動揺する。しばらく経つと、彼らは全員逃げる事なく俺達と共に戦う選択を取った。
その後、彼らが死体の片付けを任せたいと名乗り出てそのまま任せる事にした。俺は内通者二名にベルヘイルズ王達の動きを聞き取った後に、嘘の情報を渡して王のもとへ逃がした。
一通りの作業を終えた俺は、フォルティナの事が気がかりになって様子を見に行く。
「司祭様、司祭様。怖かったです」
司祭様の部屋を訪ねると、フォルティナが小さな子供の様に彼に抱きつき慰めて貰っていた。
司祭様は、彼女の頭を撫でて「大丈夫、貴方は立派でしたよ」と優しく声をかける。
「フォルティナ。ここにいたか」
「ヴィクトール!」
俺が声をかけると、フォルティナは振り返って俺に抱きついてきた。
「あの時、怖かったです!女神様が見守ってくれたから堂々と戦えましたが……ぐす」
もう、女神様のような狂気じみたフォルティナの姿はなく、ただの小さな女の子になっていた。これが、本来の彼女なのだ。女神様の力を持っているから、皆怖がっているけど、本当は誰よりも心優しい子なんだと実感できる。
「大丈夫だ。俺達は間違っちゃいない。孤児の俺達が幸せをつかむ権利はある!そうだろ」
大粒の涙を浮かべた彼女は、小さく頷く。
「フォルティナ。お前が女神様になっても、俺が最後まで一緒にいる。たとえ世界中を敵に回しても」
「ヴィクトール。嬉しいよ」
彼女は微笑んで、俺の胸にそっと額を預けた。
俺は、彼女の背中を優しく抱きしめながら、それでもこの手を離すつもりはなかった。
「だから、俺のそばにいてくれ」
そう言うと、俺はそっと彼女の手を握った。
これは、世界を敵に回す覚悟だった。