俺は必死になって彼女を寝かせると、やっと寝息を立てて寝てくれた。
怒るとドラゴンすらビビるほど威圧的なくせに、寝るときは毛布にくるまって俺の腕を掴んでくる。
あのちっこい手にどれだけの魔力が詰まってるんだか、まったく。俺は名残惜しく彼女の手を離した後、内通者二名から聞き出した。
どうやら、レオニールらによる王への特攻は失敗した。だが──護衛の騎士団や貴族たちへの感染には、成功したらしい。
逃げ惑う貴族どもが王都に戻ったことで、疫病は一気に拡大した。王達は「支配した植民地の人間が病原菌をばら撒いた」と嘘の発表をして、国民の怒りや恐怖を植民地の人間に向けている。
「……王都の状況は、もう限界です」
片膝をついたまま、内通者の男は拳を握りしめた。
「俺たちは……騎士団にいた頃、誇りを持ってました。女神様の加護の下、民を守るって信じてたんです。でも、現実は……病人だらけの路地で、子供が餓死していくのを、ただ見てるしかなかった。たったベルヘイルズ王が即位してたった一年の出来事だ」
彼は歯噛みするように言葉を絞り出す。
「そんな中で、王は何をしたかって? 『疫病は植民地のせいだ』です。全部擦り付けて……それで、自分たちは安全な塔に逃げ込んだ」
「だから、俺は……俺はもう王を信じられなかったんです。フォルティナ様がどうであろうと、貴方たちの方がまだ、人間に見えた」
「ふむ。あの野郎、クズさで俺の想像を遥かに超えるじゃねぇかよ」
俺は思いっきりため息をついて歯ぎしりする。これが事実だとすれば、何のために俺たちは魔王討伐しに冒険したんだ?
昔は騎士に憧れてはいたが、なれなくて正解だった。こんな惨状をみて見ぬふりしなきゃいけないからだ。
怒りの矛先が見つからず、思わず机を思いっきり叩く。だが、冷静に考えてみると一度裏切った彼らをすぐに信用するのはおかしい。
「本当にその話は本当だろうな?」
「お、俺たちは嘘をついちゃいない! 信じてくれとは言わないが、疑うならここから東にある関所に行けばわかる。王国の兵士とは思えないような装備で警備している」
俺は疑いが本当なのかを確かめる為に、近くにいた修道女に確認を取ってみると驚きの返答が返ってきた。
ここ最近の関所の兵士の装備は盗賊から奪った粗末な刃の欠けた剣や防具を身につけていて、食料も粗末で酷い時には市民を襲って食料や物資を奪いにいくそうだ。
「これで俺たちの話を信じてくれたか?」
「あぁ。先代の王だったらそこまで急いで領土拡大なんてしないのに……」
「勇者ヴィクトールのおっしゃる通りですね。今思えば、王は人質を取ったりレオニール隊長らに服従の魔法をかけたりして必死に繋ぎとめている状態です」
「というのも、我々二名は昔の貴族から雇われたスパイですね」
「じゃあ、王と貴族と俺たちで三重スパイになるってことだな」
内通者二名から重大な話を聞いた俺は、頭を巡らす。何故、あの王はそこまで焦る?
自分の娘を女神様の化身だとアピールして統治するつもりか?
それとも、レオニールが言っていた「金で買った偽の王」だとバレたくないからか?
「それを逆手にとって、別々に情報を流してくれ」
「「はい」」
「まず、正直に話してくれた特務部隊のお前は貴族や反体制派の市民に『魔族の残党が地下で魔王復活の為に暗躍してる』『王女が魔王軍の幹部の魔力に憑りつかれて呪われているから疫病が蔓延している』と流せ」
「は!」
「そしてお前は、王に『勇者とフォルティナは魔王軍の幹部の不意打ちで死亡した』と流せ。死体は何とか偽装魔法を使う」
「了解しました!」
こうすれば、王は無駄に兵と物資を消耗させ、反体制派を味方につける事が出来る。俺は作戦の成功率をアップする為にもう一押し二人に囁く。
「いいか? 別に俺達を裏切っても良いが、その時はお前たちだけでなく家族も死ぬ事になる。見ただろ?かつて王都を荒らし回っていた盗賊のリーダーの末路を」
二人は顔を見合わせて目を泳がせている。それでも、俺はふたりの目をまっすぐ見て問いかける。
「だが、あくまでもこの作戦が終わって王を倒すまでの話だ。それ以降はお前たちの好きにすれば良い」
「そ、それでも良いんだな?」
「フォルティナを止めることが出来るのは、俺か魔王クラスの大魔族だけだ。俺が保証しよう」
「良いんだな」
「この腐った国を、フォルティナの手が汚れなくても倒せるように――な」
俺の一押しに、二人は首を縦に振ってそれぞれ修道院から離れた。
まだ他の兵士達がどう思っているか知らないが、とりあえずゆっくりは出来そうだ。
防具は、盗賊の襲撃後に防具屋の主人に無理言って直させているから襲われないよう警戒魔法だけ仕掛けておこう。
俺は彼女と隣のベッドに横になって身体を休める。
「……もう少し、眠らせてやるか」
俺は小さく呟きながら、フォルティナの方へと視線を戻す。
あのちっこい寝顔は、まるで何も知らない子供のようだった。
だが――目を覚ましたら、また世界を焼きかねないんだよな。