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第12話 修道院と火種

 早朝。久しぶりのゆっくりした朝を迎えた。兵士達は修道院の身支度の手伝いをしていて、彼女も司祭様と共に朝のミサの準備をする。


 俺は司祭様に頼まれた朝の市場の買い出しと作戦実行の為に兵士と修道女と共に出かけている。市場の視察と、作戦の下準備を兼ねて――。


「たった一年でこうも変わるものなのか」


 傭兵に変装した俺は、市場の様子をみて唖然としていた。

 資産に余裕のある商人が盗人や盗賊防止の為に用心棒を雇っており、チラホラ屋台が閉まっている。その周辺には浮浪者が五人ほど雑魚寝している。


 市場にある時計台の清掃が行き届いておらず、ギギギと異音を立てながら時間を刻んでいる。


 港の船はボロボロで修理する余裕がないのか、部品取りなのか、あちこちの部品が抜き取られた二艘の漁船がドックの中に放置されている。


「これが、貴方達が魔王を倒している間に起きた現実です。ここはまだマシな方で、植民地とその周辺は明日の食べ物すらままならず奪い合いとなっています」


 修道女は悲しげな目で市場を眺めていて、より悲壮感が伝わる。

 女神の血を継ぐ純潔?  自分の民をひとりも守れずに、か?


 謁見室で言っていたベルヘイルズ王の言葉を思い出し怒りで拳を震わせている。

 だが──まだ、こらえろ。


「……もう限界です。王都には今、爆発寸前の火種がいくつもあります」


 彼女の目は、どこか決意に似た光を宿していた。


「なら、全部火をつけてやるよ。俺のやり方でな」


 拳を握り、俺は修道女に視線を向けた。


「例の情報……流す準備、整ってるな?」


 俺はそう呟くと、兵士と修道院は頷き周囲を見渡す。ここで、あの内通者が噂を流して攪乱してくれればいいんだが。


「おい! 聞いたか?! 魔王軍残党が個々の近くにある地下で魔王儀式をするらしい!」


 一人の市民が寂れた走って市場へとやってきて叫びだす。


「どういうことだ? 魔王は勇者が倒したんじゃないのか?」


「その生き残りが、魔王の遺体を使って持ち運んでいるらしい。それが原因で、今王都で謎の疫病が流行っているってさ」

「あれ? 植民地の移民が疫病を持ち込んだって話じゃないのか?」


 市場に人だかりができていて、みんな噂で持ちきりになっている。

 よし! これが広まれば怒りの矛先が王へ向くはずだ!

 後は俺たちが更に場を乱す噂を流せば作戦は成功すると確信し、市場の人だかりに近づく。


「あれは、王がこの事実を隠しているんじゃないのか? 自分の失態を隠すために」


 傭兵に変装した俺の一言で、市民の視線が俺たちに向く。


「どういうことだ?」

「せっかく魔王の侵略で周辺諸国を侵略して領土が拡大したのに更に疲弊しているだろ? 見ろ、先週まで王都付近の門番をしてたが、支給されたのがこれだ」


 俺は昨日フォルティナが虐殺した盗賊から剥ぎ取った防具と武器を民衆に見せる。


「うわぁ、これ十年前の防具と剣じゃねぇか。こんな骨董品の装備久しぶりにみたよ」


 商人らしき男が俺の所へ近づいてまじまじと見る。俺はここで仲間で魔王との戦いで散ったホビットのモノマネ師マシューを思い出す。


 小柄な種族のホビットにしては身長がデカいことを武器に、いろんな人間のモノマネをして笑わせる男だった。あいつは「モノマネをする時に、一旦自分を捨てるんだ」といつも言ってたっけ。


「骨董品なら売りたいんだが、いくらになる?上の連中が倉庫で埃かぶってたこいつをよこしてきゃがったんだ」

「はぁ。いくらなんでも状態が悪すぎる。よくこんなので警備が出来るな」


 商人はため息をついて哀れな存在をみるような目で俺を見る。よし、全員俺の話を信じてくれた!我ながら演技がうまいじゃないか。

マシューよ、魔王に殺されたお前の魂は、俺が引き継いでいる。


「おいおい、王都の門番ですらこれっていよいよ危うい状況じゃないか?」

「ふざけやがって……! 俺たちの税金でこんなガラクタしか買えないってのかよ!」


 それをみた民衆がざわめき始める。


「王からすれば、面目丸つぶれの事態だ。俺たちに偽の情報を流して不満の矛先を逸らしたいんだろうなぁ。このまま黙っておくと俺たちの生活はますます苦しくなるんじゃないか?」


 俺の押しの一言で、みんな黙り込む。みんな、思うところがあるんだな。


「号外! 号外! 昨日の夜から謎の疫病が蔓延しています! 魔王軍残党が古い地下室で暗躍している可能性があります! 魔族を見かけたら速やかにこちらのお知らせください」


 すると、古い家系の貴族の使者たちがやってきてビラを配り始める。

 民衆は、使者たちが配ったビラを拾い始めてまじまじと見ている。


「これは……。ご覧ください」


 俺の隣にいた修道女が血相を変えて俺にビラを渡してきた。

 よく見ると、俺が内通者に流した噂の他に反ベルへイルズ派の反乱軍の求人が載っている。


「この街にも、正義を信じて立ち上がろうとする人がまだいます。我々も協力を申し出ましょう」


 修道女が目を輝かせて呟く。


「相手の出方次第だな。昔の貴族は女神様の信仰をまだ持っているとは思うが、単純に革命して自分が王になりたい輩の可能性がある。どちらにしろ、反乱の兆しが出たから作戦は成功だな」


 俺は小さく呟き、市場で買い物を済ませて修道院へと戻る。今頃、俺の指示で残った兵士が更に噂を流して更に場をかき乱してくれるはずだ。


 あのちっこいフォルティナの手に託された世界を、俺が守って見せる。


「火種なら、俺がまとめて燃やしてやるよ。あいつのために」



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