「引きこもっている?」
俺が質問しているどさくさに紛れて、フォルティナが野菜スープの中にある苦手な野菜と脂身の多い肉を俺の空のスープ皿に入れる。そして、修道女に俺のおかわり分の野菜スープを頼んで誤魔化す。
「おい、バレてるぞ。フォルティナ。脂身はともかく、人面ニンジンは普通のニンジンよりも栄養価高いから食えよ」
「ですが……悲痛な最期を迎えた人の生首に見えて怖いし、血なまぐさい臭いがどうしても」
「はは、まるで親と幼い子供じゃないか。なんなら僕が代わりに食べようか? まだお腹が膨れないし」
ルキウスは笑いながら俺達をからかう。それに対して、彼女は「こ、子供ではありませんのでお断りします」と頬を膨らませて怒る。
いやぁ、こういうフォルティナの子供っぽさが可愛いんだよ。
「ルキウス。話を戻すが、王女が引きこもってるとはどういう事だ?」
「あの王女は、ブローチを手にしてからおかしくなったんだよ」
ルキウスは、野菜スープとパンを食べ終えると王都がある方向へ顔を向ける。
「ブローチを盗んだレオニールの特攻作戦は親衛隊との戦闘で未遂に終わり撃退された。で、そのブローチを拾った王女メラルが獣の様な雄叫びをあげて魔法を唱えて親衛隊をほぼ全滅させたんだよ」
ルキウスの話を聞いた途端、空気が一気に冷やされた。
「あり得ないんだ。宮廷魔法使いがどんなに丁寧に教えても魔法の適性が二級止まりの王女が、物心ついた時から魔法に人生を捧げた猛者を蹴散らすのは」
よく見るとルキウスの手が震えていて、持っているスプーンでスープ皿をカチカチと小刻みにぶつけていた。
「それと、女神様のブローチの影響か?」
「ヴィクトール。恐らくそうだとは思うが、あれが女神様の力なのかと疑問に思ってる」
「女神様は基本的に普通の魔法と同じく等価交換の理念で私たちに奇跡を与えます。規模や仕組みが複雑ではありますが」
フォルティナがルキウスの話に割って出てくる。
「フォルティナ。どういう事だ」
「恐らく、王女メラルは魔法の才能に対して劣等感があったのでは?その心を女神様のブローチが反応して、自分よりも優れた魔法使いを憎悪に飲まれて消したと考察できます」
「ふむ。まるで実際に見てきたような考察じゃないか。まさにその通りだ。まさか、あの場にいたんじゃないか?」
ルキウスは、彼女の考察に感心して目を丸くする。
「いえ、あくまでも考察ですが、このままだメラルさんの身体が持ちません!女神様のブローチは私なら制御出来ますが、王都の無関係な市民が危ない」
「なら、僕が奴らの抜け道まで案内したい所だが、少し休憩取らせてくれ。空腹に加えて寝不足なんだ」
フォルティナは冷や汗を垂らして危機感を募らせるが、ルキウスは食べ終えた皿をどけて突っ伏す。
「おい、どさくさに紛れてまた俺の方に人面ニンジンを」
「コホン……。食べてくれたらご褒美を差し上げます。今度は三十分延長で」
「ルキウス、休憩を取った後で良いから抜け道を教えてくれ。時は一刻も争う」
「女神様の化身のご褒美で釣られる勇者ってなんだよ。しかも、しょぼいお願いで」
ルキウスは呆れながらも、修道女に案内された寝床で休憩する事にした。
俺は、追加された野菜スープにある大量の人面ニンジンを眺める。普通のニンジンよりもかなり小さく、レンズ豆より一回り大きい。一粒一粒が、まるで人間が泣き叫んでいるような窪みが特徴的だ。
これを見ていると、今の市民の悲痛な叫びと重なって確かに食べ辛い。
シャリ……。ガリ。ガリ。
「やっぱり、この量と独特の食感と血なまぐさい風味は食べ辛いな」
俺は呟いて完食した。