「ここが、王都へ繋がる抜け穴だ」
ルキウスに案内されて行ってみると、修道院から外れた謎の倉庫だった。長年、何のためにあるのか、誰の所有地なのか分からなかった古くて大きな倉庫で、小さい頃に『夜な夜な亡霊が出る』なんて噂があったから誰も近付けない。
「まさか、開かずの亡霊倉庫が王都や城の抜け穴になってたとはな」
「まぁ、亡霊倉庫の噂も市民が不用意に近付けかないようにする為のブラフだよ」
ルキウスが苦笑して開いている窓から侵入し、俺たちは続く。
そういや、幼い頃俺とフォルティナで入って探検したら司祭様や周りの大人に怒られたっけ。内部は当時とほぼ変わらず、古い防具や武器、魔導書の入った本棚が並んでいてどこにも抜け穴なんてない。
だが、よくみると長年使っていない割には埃っぽさはなくて綺麗なままだ。
ルキウスが本棚の本を並べ替えると、本棚が動いて隠し通路が出てきた。
「すげぇカラクリだな」
「ま、また何かあった時にはこれを」
ルキウスは、本棚の位置を記したメモを俺に渡してから隠し通路へ進む。
「ヴィクトール。もしもこの作戦が成功したら、ご褒美はいかがですか?」
「あぁ、あれか。何故急に今そんな話を?」
「いえ、マシューさんの彼女のマリアンヌさんが言ってましたよ『男はご褒美があると俄然やる気が出る。特に危険な場面の時ほど』って」
「懐かしいな。彼女は元気にしてるかな。今度酒場に顔を出そうかな」
マリアンヌは、酒場の店主をしててモノマネ師マシューの恋人だった。風の噂で今も酒場を続けながらマシューの墓を守っているらしい。ご褒美か、いつもの膝枕が良いんだけど。っていかんいかん! まずは目の前の作戦に集中しないと!
でも、ルキウスの兜に映る俺の頬が赤くなっていて笑みを浮かべている。
「コホン。膝枕とぱふぱふどちらが良いですか?」
「ブフゥ!」
フォルティナの問題発言を聞いた全員が目をまんまるにして驚く!
「ななな、意味を分かって言ってるのか?! しかもこんな時に皆に聞かれる所で!」
「あ、えと。よくわかりませんが、マリアンヌさんが酒場を出る前に『ヴィクトールは貴方のぱふぱふでやる気になるから、いざって時に使え』って」
フォルティナはキョトンとした顔で俺の目を見る。
「マリアンヌめ。この純粋で素直な子に余計な事を吹き込みやがって」
「あの、ぱふぱふってどんな意味なんですか? マリアンヌさんもマシューさんも結局教えてくれなかったのでわからないです」
フォルティナが周りの反応をみてあたふたし始めたが、ルキウスが「その意味はこの作戦が終わったらヴィクトールに聞くんだな」と場を収める。
「良いなぁ。勇者様は」
「まぁ、男がやる気になるのは間違ってないけどねぇ」
「フォルティナ様って力はおっかないけど、意外と可愛いところあるんだな」
だが、兵士達やルキウスは俺の顔を見てはニヤつき始める。そうこうしているうちに、通路が二つに別れた。
「ここで、王都の市内地へ繋ぐルートと城に繋がるルートに別れる。俺たちは直接城へ向かって、フォルティナは王都で囮作戦を頼む」
「はい!」
「フォルティナはいい返事だな。勇者殿、ご褒美にかまけてヘマはするなよ?」
「く……。分かってる! ルキウスもお前らも変な笑みを浮かべるな! さっさと行くぞ」
俺はこの胸の高鳴りを抑えながら、ルキウスたちの後へついていく。しばらく進むと、先頭のルキウスが足を止めた。
「……罠だな。ここ、魔力の反応がある」
ルキウスが指差した壁の一角には、見慣れない魔術文字が浮かび上がっていた。ルーン系の警戒魔法。迂闊に触れれば音と光で周囲にバレるタイプだ。
「なるほど。撤退ルート用なら、こういう防衛も入ってるか」
俺は短剣を抜いて慎重にルーンの一部を削り、フォルティナに教わった封印術式で一時的に魔力の流れを遮断する。
「やるじゃないか。意外と器用なんだな、勇者様」
「……あいつに教わったからな。自慢の先生だ」
ルキウスがニヤッと笑うが、それに返す余裕もなく、俺たちは先を急ぐ。
ところが数十メートルも進まないうちに、先に誰かの気配を感じて足が止まる。小声で合図すると、壁の陰から覗いたのは──
「……あれは、貴族の私兵か?」
「いや、あのヒポグリフの紋章……ラインベルク家の部隊だ。旧貴族で武闘派のはずだが」
互いに気付いたらしく、向こうもこちらに剣を構える。だが一人の男が手を挙げて前に出た。
「……貴様ら、勇者ヴィクトールだな?」
「あぁ、あんたらは?」
「我らはベルヘイルズを退けんとする者だ。だが王都の混乱で予定が狂った。――貴様らと今だけ手を組む」
目配せすると、ルキウスは小さくうなずく。
「一時共闘、だな。こっちも急いでる」
「よかろう。なら、共に抜け道を抜けるぞ」
兵力を加えた俺たちは先を急ぐが、そこに──
「……おい、聞こえるか? 騒ぎが、でかすぎる」
ルキウスが上方の天井に手を当て、耳をすます。
「これは……。魔力の波動が尋常じゃない。大規模な戦闘……いや、これは……!」
「王都で、何か起きたのか?」
壁の間から響く怒号と、魔力の渦。遠くで雷鳴のような音が何度も繰り返される。
「……これ、まさか。あいつ……やったのか?」
フォルティナの顔が、脳裏に浮かぶ。
「まさか本当に、奇跡を起こしたのか? それとも、奴の魔力が……暴走……?」
俺の心が騒ぎ出す。
いかん、このままじゃ──!
「急げ! 抜け口はもうすぐだ!」