抜け穴から飛び出すと、城の書庫室へと繋がっていた。
「ここは我らの部隊が制圧したはずだが、どこにいる?!」
ラインベルク家の部隊が書庫室を見渡すが、誰もいなくて静まり返っている。
だが、王都の東側から禍々しい魔族の魔力を感じる。
「これは!」
ルキウスが何かを発見したのか、急いで書庫の隅へ駆けつけると真っ二つに割れた剣が壁に刺さっている。
「一体、王都と城で何が起きている!? ラインベルト家の部隊は? この剣は?」
「勇者殿、我々も分からない。伝令魔法も無いことから、何処かへ逃げた可能性がある」
「だが、謁見室付近の部屋と王都しか魔力を感じない」
「あそこの部屋は、王女メラル様の部屋だ。……なんなんだ? 彼女の部屋のまがまがしくて膨大な魔力と、それに匹敵する王都の二つの魔力は」
ラインベルト家の部隊の隊長らしき男は、脂汗を流して立ち尽くしている。
「王都の方はフォルティナと大魔族か? とすると、王女の部屋には引きこもった王女メラルしかいない」
ルキウスは睨みつけながら三つの魔力のある方向を交互にみる。
「メラル様だと! 女神様のブローチを手にしてからおかしくなったと報告を受けたが、ここまでとは」
「隊長さんよ、最後の報告を聞きたい」
「ルキウス。最期のラインベルク様の報告では、あの王女が引きこもって警備が薄くなった隙をついてベルへイルズ王を叩く準備をすると聞いた。だが、書庫の警備もいないのはおかしい!」
隊長は眉に皺を寄せて真っ二つになった剣を眺める。
「ともかく、俺たちは王女の元へ行くぞ。みんな気を引き締めろよ」
俺の言葉に、みんな黙って頷き前へ進む。
ルキウスの視線が向く先、城の奥へ続く階段の上。
俺たちは足音を殺して、ゆっくりと昇った。
扉の隙間から光が漏れ、時折、民衆のどよめきが聞こえる。
――ガッ!!
突如、魔法の爆発音とともに、空間がきらめいた。
「女神様が……悪しき魔を……!」
聞こえたのは、誰かの叫び。
俺たちは、窓から王都をのぞく。
そこには――。
フォルティナと大魔族が空中戦を繰り広げている。魔力は両者拮抗していて、戦闘は激しさを増している。
だが、この大魔族は何処か見覚えがある!
「死の扇動卿アハトだと!奴はフォルティナが始末した敵だぞ!」
俺の叫びに、皆が驚愕する。
アハトは人類の研究家で、見た目も最も人間に近い異端の魔王軍の幹部だ。中性的な顔で、血のような真っ赤なロングヘアのポニーテール。
豪華な装飾を施した袖付きの軍服姿。
間違いない! でも、何か違和感を感じる。
「奴は人間もエルフもドワーフもホビットも種族関係なく虜にして仲間に引き入れる異端な魔族だ。何故ここに?!」
「ヴィクトール! 本当に奴を倒したのか! 俺の友人があいつの魅力にやられて魔王軍に入ったんだぞ!」
ルキウスが俺の顔に近付いて凄い剣幕で睨みつける。
「知らん! だが、何かおかしい」
「どういう事だ?」
「身近に戦ってきた俺だから分かるが、アハトの戦いの所作も違うんだよ」
「はぁ?」
「アハトは思慮深い大魔族だった。戦う時は魅力した人間に偵察させて分析してから戦う。だが見てみろ、王都のど真ん中で正面切って戦ってるだろ」
俺が窓に視線を移すと、アハトは腰に指している剣を抜かずに魔法のみを唱えている。
相手の身体を金属に変える魔法に金属から武器や防御壁を作る魔法。反射魔法の三種類しか使ってないが、奴の攻撃はフォルティナに全部弾かれている。
よく見ると、弾かれた魔法は壁や建物と出来るだけ人に当たらないように加減している。
「フォルティナの高度な防御魔法で弾いているが、何故距離を取ろうとする?前に戦った時にはフォルティナの弱点を突くために積極的に剣を使ってたはず」
「なぁ、ヴィクトール。これってアハトはフォルティナが作った偽物じゃないか?お前の推察通りなら」
「でも魔力の圧は本物だ! あれが偽物なら、何なんだよあの力は……!」
これも、彼女の力なのか。それとも、本物の大魔族アハトなのか?
「とにかく、王都の警備も民衆も貴族の民兵もあのふたりの戦いに夢中だ。今は王女の元へ行くぞ! 勇者ヴィクトール」
こうして俺達はもう一つの禍々しい魔力のある所へ向かう。ここで、ラインベルク家の兵士達がいなくなった原因を知る事になるとは思わなかったが……。