二十世紀末——ノストラダムスの予言した恐怖の大王は訪れず。
代わりに、人類は唐突に新たな地平へと誘われた。
シンクロニシティ、或いは収斂進化か——。
激しい怒りの感情を引き金として、『異能の力』に目覚める者たちが世界各地に現れ始めたのだ。
かくいう僕——
激しく怒り、
しかし、果たしてこれは喜ぶべきことなのだろうか?
おいしいご飯とか。
社会的地位とか。
元の名前とか。
「——囚人番号1999、出ろ」
ギィ——と、耳障りな軋音を鳴らして分厚い鉄製のドアがゆっくりと動き出す。隙間から漏れた光が目にかかり、僕は思わずぎゅっと目をつぶった。何十時間にもわたって薄暗い懲罰房に繋がれていたものだから、馬鹿に明るい廊下の照明が目に染みる。
暫くして目が慣れてくると、光の中に立つ馴染みの看守の仁王立ち姿が見えてきた。
「喜べ、お前のようなクズにもまだ使い道があるらしい。——来いッ!」
僕は拘束具を付けられたまま無理矢理に立ち上がらされ、廊下に押し出される。
ここは普通の刑務所ではない。
東日本特別医療刑務所——全国に二つしかない、罪を犯した
新築されたばかりの汚れ一つない廊下を、拘束具のせいでヨタヨタと進みながら、これからどうなるのだろうと考える。
(使い道……って、とうとう実験体にでもされちゃうのかな……)
同房の先輩囚人をブン殴って懲罰房にブチ込まれてから、なんとなく予想はしていた末路だ。
覚悟はできている——と、そう思っていた。
だが、現実はもっと悪かった。
居室棟のエントランス前で僕を待っていたのは、乗り慣れた護送車ではなく——低い唸り声でアイドリング音を撒き散らす迷彩色のゴツい車だった。
「これは……」
戸惑いの声を漏らすと、看守がようやく説明をくれる。
「お前はこれから『特務部隊』へ配属される」
「えっ……?」
特務部隊とは、日本陸軍の一部隊。
またの名を——
懲罰部隊を前身とし、罪を犯した
「僕は、無期懲役の判決を受け入れたはずですが……」
裁判の際、特務部隊での従軍を志願することで、量刑を軽くする司法取引がある。
僕も国選の弁護士に志願を勧められたが、断っているはずだ。
なのに、なぜ……。
そんな僕の疑問を汲んで、看守が朗々と答える。
「喜べ、貴様は『推薦』されたのだ!」
「……拒否権とかは……?」
「知らん! たぶん、ない!」
たぶんて……。
あんまりな物言いに僕は閉口した。
「囚人番号1999——いや、上門礼士! お前の身分はもう囚人ではない。これよりは陸軍預かりの『特務兵卒』となるのだッ!」