「寄り道しないで帰るのよ」
ホームルームが終わると、クラスの生徒たちが一斉に立ち上がる。
30人ほどのクラス。
村の6年生は全員、このクラスに所属している。
生徒たちは大体、3組くらいに分かれて、帰りにどこに寄るかや誰の家で遊ぶかなど話しながら教室を出て行く。
そんな中、クラスの中には2人ほどポツンと残されている。
その2人には誰も話かけることもなく出て行った。
嶋村蓮と西山結翔。
2人はクラスから浮いているというより、避けられている。
イジメというほどではなかったが、クラスの生徒が2人に話しかけることはない。
「うっし、帰るか、結翔」
「うん」
蓮はカバンを手に取って立ち上がる。
気の強そうな顔で、同年代の生徒よりは体格がいい。
勉強や運動も上位だ。
大抵の場合、蓮のような生徒はクラスの人気者になることが多い。
明るく、面倒見がいい蓮はガキ大将を絵にかいたような生徒だ。
実際、去年までは蓮はクラスの中心人物だった。
しかし、そんな蓮に嫉妬した数人が悪口を広めて、蓮をクラスから孤立させた。
クラスの人気者から一気に、避けられる人間になってしまった。
そんな状況で蓮の心が折れなかったのは結翔の存在がある。
結翔は蓮とは正反対で、気が弱く、勉強も運動もできなかった。
イジメの対象になりやすい結翔だったが、イジメが起きないようにしていたのは蓮だった。
結翔はそんな蓮を慕い、常に連の後を着いていくようになる。
それは蓮がクラスの生徒から避けられるようになってからも変わることはなかった。
そうなれば必然的に蓮と結翔が一緒にいることが多くなる。
いつしか2人は親友と呼べるほどの仲になったのだった。
学校からの帰り道。
2人は山奥に作った秘密基地に寄るのが日課になっていた。
秘密基地で食べるためにスーパーで駄菓子を買っていく。
本当はアイスの方がよかったが、お小遣いが残り少なかったため諦めた。
そして秘密基地へと向かうため、山の方へと向かう。
「結翔は高校どうするかとか、考えてる?」
「んー? まさか。まだ中学生にもなってないのに」
「けどさ、中学になってもそのまま繰り上がるだけじゃん?」
「……そうだね」
村の人数の関係上、中学校も村に1つしかない。
だから、中学生になったとしても今のクラスのまま進学することになる。
つまりクラスメイトは今と変わらないことを意味するのだ。
来年からもこの状況が続く。
そう思うと、蓮は気が重くなる。
確かに2人で遊ぶことは楽しい。
だが、いつもとは違う刺激も欲しいと思うのは子供であれば当然のことだった。
「今度、みっちゃんでも連れてくる?」
結翔が言うみっちゃんとは、近所に住む4歳の女の子のことだ。
「そういうんじゃなくてさー。やっぱ、同級生の友達欲しいよなぁ」
「……そうだね」
結翔は蓮と2人で遊ぶままの方が良いと思っている節がある。
しかしその反面、蓮が今のままだとつまらないと感じ始めていることにも気づいているようだった。
もちろん、蓮は例え他に友達ができたとしても、結翔のことを放っておくつもりはない。
新しい友達と3人で遊ぶつもりだ。
「蓮くんは新しい家族が引っ越して来るって話、知ってる?」
「え? なにそれ、なにそれ?」
思わぬ新情報に食いつく蓮。
「ほら、磯崎さんの家の近くに空き家あるの知らない?」
「あー、村の外れの?」
「そうそう。結構、立派な家なんだけど」
「もしかして、そこに引っ越してくる、とか?」
「うん。結構、お金持ちの家族じゃないかって、お母さんが言ってた。あの家を買うくらいだから」
「……子供、いるのかな?」
「どうだろ?」
「男がいるといいなぁ」
新しい友達ができるかもしれない。
そう思うと、蓮は心が躍る。
「……僕はちょっと不安だな」
そんな結翔の言葉は蓮の耳には届くことはなかった。
俯きながら歩いていると、結翔はドンとぶつかってしまう。
顔を上げると、無精髭を生やした30代の男がギロリと睨んできた。
「すみません」
「気を付けろよ」
そういうと何事もなかったようにスーパーの方へ歩いて行った。
ホッと安堵のため息をつく結翔。
どうやら絡まれるんじゃないかと焦っていたようだ。
「あんなおっさん、村にいたっけ?」
振り返りながら蓮がつぶやく。
狭い村の中、大体の人は見覚えがある。
だが、今、結翔とぶつかった男は全く記憶にない。
「確か去年、村に引っ越してきた人だよ。あんまり外に出ないんだって」
「ふーん」
(だから見たことなかったのか)
蓮はそう思いながらも、男には大して興味はない。
今、頭の中にあるのは新しく引っ越してくる家族に子供がいないかという期待だけだった。