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第4話 10月7日:氷室 響也

「酷いと思いませんかっ!? 新人って言っても4年目ですよ、4年目!」


 そう言って若菜は冷蔵庫の中から勝手に持ってきたビールをゴクゴクと飲み干す。


「下がいつかないのは村のせいですよ。変に結束が固いから、慣れないとキツイんです」


 空になったビールの缶をキッチンに置き、さらに冷蔵庫から新しいビールを出してくる。

 そんな光景を、氷室はウォッカを飲みながら黙って見ていた。



 若菜が家にやってきたのは19時過ぎ。

 さすがに今日の今日でやってくるとは思っていなかったので、完全に油断していた。


 ぼんやりソファーの上で寝転がってテレビを見ていたら、突然ドアが開いて若菜が入ってきたのである。

 今まで見たことのないくらい怒っていたので、氷室は冗談で酒を進めると「いただきます」と返答が来た。

 言った手前、出さないわけにもいかず、ビールで良いかを聞き、出したわけである。


 飲み始めると勢いが増していき、愚痴と共にみるみるビールを空けていった。

 そして、現在に至る。



「面倒くさい案件こそ、部長が行くべきだと思うんですけど!」


 口を尖らせ、バンバンとテーブルを叩いて癇癪を起こしている。


(いや、面倒な案件こそ新人に押し付けるものだろう)


 そんなことをぼんやりと考えるが、面倒なので口にはしない。


「氷室さん、どうしたらいいと思います?」


 そんなふうに質問され、ようやく氷室から切り出すことができる。


「そもそも何の話だ?」


 若菜が家に来てから大体2時間くらい経っている。

 その間、ずっと部長の悪口を延々と言っているだけで、何に対して怒っているのかもさえわかっていない。


「あれ? 言ってませんでしたっけ?」


 首を傾げながら、若菜はようやく原因となることについて話し始めた。


「今日、村に新しい人たちが引っ越してきたんですよ」

「ああ、知ってる」

「え? さすが氷室さん。こんな生活しているのに情報通ですね」

「それで?」

「その家族……鳳髄さんって言うんですけど、引っ越してくる際に村に多額の寄付をしてるんです」

「……なにか便宜を図ってほしいってことだな」

「なんでわかるんですか?」


(それ以外にわざわざ寄付なんてするわけがない)


 そう思いながらも口には出さず、先を促す。


「その頼み事なんですけど、村とは一切関わりを持たせないようにしてくれってものだったんです」

「つまりはよそ者に干渉してくるな、と」

「はい。でも、村の人たちは鳳髄さん一家に興味津々で」

「……だろうな」


 スーパーでの噂話もあるが、こういう閉鎖されたような村では何か変わったことを求めている。

 何一つ変わらない、つまらない毎日に飽き飽きとしているのだろう。

 そんなときに、新しい家族がやってくるなんてことがあれば、興味を持つなという方が難しい。


「それで村の人たちが、鳳髄さんたちとの間を取り持ってくれって言ってきて……」

「板挟みになっていると」

「そうなんです」


 がっくりと肩を落とす若菜。


 人間関係はこの村で生活するにあたり、氷室のような人間以外は最優先事項となる。

 嫌われてしまうと、村での生活は困難になるのは火を見るより明らかだ。

 特に役所の人間であれば尚更だろう。


 つまり村人たちの「仲良くしたい」という要望を無下にはできない。

 しかし部長からは「村人たちと関わらせるな」と命令されている。


 はっきり言って詰んでいる状態だ。

 飲みたくなる気持ちもわからなくもなかった。


「人の噂も七十五日」

「え?」

「3ヶ月間、なんとかのらりくらりで通せ。そうすれば興味がなくなるか悪口しか言わなくなる」

「3ヶ月なんて長いですよぉ」

「それは知らん」

「氷室さんの意地悪……」


 そんな話をしている中、氷室はふつふつと鳳髄という一家に興味がわき始めてくる。


「その家族が引っ越してきた理由は? なにか聞いてないのか?」

「……氷室さんも興味深々じゃないですか」

「わざわざ村に引っ越してきて、関わるななんて変わった家だと思ってな」

「そうなんですよね。理由が全然、わかんないんですよね。仕事関係じゃないみたいですし」

「仕事関係じゃないって……調べたのか?」

「こんな小さい村ですよ。誰がどこに勤めてるかなんて、自然と耳に入ってきます」

「なるほどな」


 こういう村ならありがちな話だ。

 下手をすれば家族さえも知らないような情報が村の中で流れているなんてことも珍しくない。


「村の中で仕事はしていないというわけか。なら、よくある田舎で悠々自適に暮らしたいってところか」

「それはないと思うんですよね」

「なんでだ?」

「鳳髄さんの家にお子さんがいるんですよ。小学校6年生って言ったかな」

「……子供がいる」


 都会で人間関係に疲れて田舎で誰にも干渉されずにのんびりと暮らす。

 それはよくある話だが、その場合は夫婦のみという状況でしか成り立たない。

 大人だけであれば、他人に関わらなくても生活できるだろう。


 だが、子供がいる場合は別だ。

 子供は学校に通う必要があるため、どうしても他人と関わらないとならない。

 そんな状況の中で、「村人と関わない」と言うなら、子供がイジメの矛先になる可能性は高くなる。


(なんか変だな)


 氷室の勘がそう告げるのだった。

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