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第8話 10月9日:氷室 響也

「鳳髄さんの家のこと? さあ、よくわからないねぇ」

「そうですか。ありがとうございました」


 氷室はスーパーで主婦らしき中年女性に頭を下げて立ち去る。


 久しぶりに身なりを整え、愛想を振りまいているつもりだが、それが返って不信感を与えてしまったようだ。

 やはり1年間の自堕落で引きこもりをしていたというイメージは、そう簡単に消えるものではない。


 3時間で20人ほどの人に話しかけてみたが、全く情報らしい情報を得られない。

 今のように話してくれるだけでもまだマシで、中には完全に無視する人もいた。


(そもそも予め、村人たちに自分には関わるなって言う家族だからな)


 仮に氷室の、村人たちからの好感度が高かったとしても情報は得られなかっただろう。

 そうなると地道に足を使って情報を収集するのは効率が悪すぎる。


(周りがダメなら、直接当たってみるか)


 事前に若菜から聞いていた、村の外れにあるという鳳髄一家の住まいへと向かう。


 鳳髄の家は中古ながらもかなり立派だった。

 豪邸と言ってもいい。

 確か村の大地主が別荘として建てたもので、今は政治家として村を出たため、空き家になっていたという話だ。

 そんな家を即決で買ったというのだから、資産家であることは間違いないだろう。


 遠巻きに家を見ていると、氷室と同じように何とか鳳髄の家と関わりたいと思っている中年の女たちがたむろしている。

 近くに行って聞き耳を立てていると、どうやらその女たちは何度も門前払いをされているらしい。

 先ほども村の名産品を持ってあいさつに行ったが、取り付く暇もなかったようだ。


 また明日、作戦を練り直そうと話しながら立ち去っていく女たち。

 その後姿を見ながら、氷室も頭を悩ませる。


 確かに直接聞くのが一番早い。

 しかし、そもそも相手が会う気がないなら話を聞くこともできない。


(どうしたものか……)


 顎に手を当てて考えていると、後ろから声をかけられる。


「あれ? 氷室さん、どうしたんですか?」


 振り向くと、そこには胸に封筒を抱えた若菜が立っていた。


「あ、もしかして、鳳髄さん一家のことを調べてます?」

「あー、いや、まあ、そんなところだ」

「いくら昔の血が騒ぐからと言っても、鳳髄さんは別に事件を起こしたわけじゃないんですから」

「んー。そうなんだけどな」

「あんまり深入りすると、捕まっちゃいますよ」

「そのときは身元引受人を頼む」

「高いですよぉ」


 ケラケラと笑う若菜。


「それで? 若菜の方は?」

「私は、役所の資料を届けようと思って――」

「へー」

「もしかして、ついてきたいと思ってます?」

「名推理だ。探偵になれるんじゃないか?」

「はあ……。わかりましたよ」


 おそらく氷室の家でくだを巻いたことに引け目を持っているのだろう。

 若菜は無下に断ることはしなかった。


「ただ、あんまり質問とかしないでください。あと、本当に少しの時間しか滞在できませんからね」

「わかってるさ」


 話さなくても、本人や家の中を見るだけで十分情報は得られる。

 それに顔を合わせておくだけで、今後の対応も変わってくるはずだ。

 これは大きな一歩になる。

 そう確信する氷室。


 若菜がインターフォンを押すと、間もなくドアが開き、80に近い老婆が出てきた。


「あらあ、お姉ちゃん、どうしたんだい?」

「こんにちわ、おばあちゃん。役所から書類を持って来ました。誠一郎さんはいらっしゃいますか?」


 すると老婆は若菜の後ろに立つ氷室をジロリと見た。

 その瞬間、老婆の顔から表情が消える。


「こんにちは。氷室と言います」


 しかし老婆は挨拶も聞こうとせずに、家の中に入って行ってしまう。


「……なにか間違ってたか?」

「気難しいんですよ。私も苦労しました」


 そんな老婆を数日で攻略した若菜は、逆に凄いと思う。

 氷室はどうせ雇うなら若菜のような助手がいいなとぼんやりと考える。


 そんな氷室をよそに、若菜が家の中へ入って行くので慌ててその後を追う。


 客間に行くと、部屋の中央に、テーブルと向かい合うようにしてソファーが並んでいた。

 だが、物はそれだけで他には何もない。

 実に殺風景だ。

 元々広い部屋だが、物がないせいで余計に広く感じる。


 若菜がソファーに座ったので、氷室も隣に座った。

 すると奥から50代中盤くらいの、白髪で口ひげを生やした男がやってきた。

 表情は険しく、他者を拒絶しているのが見て取れる。


 おそらくこの男が家の当主である誠一郎なんだろう。


 誠一郎は無言で氷室たちの対面のソファーに座る。


「これ、昨日お話していた書類になります」


 若菜が持っていた封筒をテーブルに置くと、またも無言で受け取った。

 封筒を開けてチラリと中を見た後、すぐにまたテーブルに戻す。


「うちには関わるなと言ってあったはずだ。今日だけで5回も来たぞ」


 外でたむろっていた女たちのことを言っているのだろう。

 心底迷惑といった表情をしている。


「申し訳ありません。やめるようには言ってるんですが……」

「用件はこれだけだな?」


 誠一郎はそう言って、出口に向かって顎を向けた。

 帰れということらしい。


「それじゃ失礼します」


 滞在5分で追い出されてしまった。


「……だから言いましたよね? 少ししかいれないって」


 そんな若菜の言葉とは裏腹に、氷室は笑みを浮かべる。


(難航するからこそ、面白い)


 しばらくは暇つぶしができると思う氷室だった。

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