体育の時間。
祥太郎は体調不良を理由に見学していた。
それを見た健吾が担任に文句を言っている。
「先生。なんであいつサボってんの? みんなと仲良くするなら、こういうのは参加しないとさ」
「体調が悪いんだからしょうがないでしょ。それに鳳髄くんのお母さんからも、体が弱いから運動はさせないでくれって言われてるのよ」
「でも……」
(やっぱりな)
蓮は健吾の様子を見て、祥太郎に体育は休んだ方がいいと忠告して正解だったと思った。
今日の体育はサッカー。
隙を見て後ろからタックルしたり、顔面を狙ってボールを蹴るような嫌がらせをする予定だったんだろう。
しかも、セコイことに体格のいい蓮にはやらずに、結翔のような自分よりも弱そうなやつを狙う。
それならきっと祥太郎にもやってくるだろうと蓮は予想していた。
ただ、祥太郎が体が弱いというのは本当のようで、元々休むつもりだとは言っていた。
確かに秘密基地に行くまでの少しの山道でも、かなりバテている。
それに時々、体を動かすのがぎこちないときがある。
なんかの病気なんだろうかと、蓮は思ったがさすがに本人に聞くことはできなかった。
「まあいいや。今日はあいつで」
祥太郎が無理と知って、結翔に狙いを変えたらしい。
結翔は健吾の視線を受けて、「ひっ」と体を震わせる。
「おい、健吾」
「……話しかけんなよ」
「やったらやり返すからな」
蓮は健吾に釘を刺しておく。
健吾のストレスの溜まり具合からして、かなりのラフプレイをしそうだったからだ。
「ちっ!」
さすがに自分よりも体格のいい蓮にそんなことを言われれば引き下がるしかないようだった。
結果、その体育の授業は平穏に終わる。
ただ気になったのは、祥太郎がずっと結翔のことを見ている。
そんな気がしていた。
***
その日の放課後。
「ねえ、結翔。今日も話したいんだけどいい?」
クラスのみんなが下校し、教室内には蓮と結翔だけが残っている。
昨日とは打って変わり、祥太郎の方から結翔に声をかけていた。
「え? あ、うん。いいけど……」
結翔がチラリと蓮の方を見る。
なぜかグイグイとくる祥太郎に戸惑い、助けて欲しいという視線を投げた。
「ああ、もちろん、君も一緒に」
祥太郎が振り返り蓮に向かってぎこちない笑顔を向ける。
祥太郎が興味を持ってくれたのは嬉しい。
だが、蓮はどうも結翔のおまけみたいな扱いをされて、心の中では面白くなかった。
それに、以前、結翔は蓮に友達が出来たら、自分とは遊ばなくなるんじゃないかと言っていた。
それが今度は自分に返ってくるかもしれない。
そう感じた。
まさか、そんなことになるなんて思ってもみなかった蓮。
正直、結翔よりも自分の方が友達を作るのは上手いと思っていたので、自分が一人になるなんていうことは想像さえしてなかったのだ。
なんとか、仲のいい3人組になりたい。
そう考えた蓮は今の気持ちを表に出さないように必死にこらえる。
「じゃあ、また秘密基地に行くか」
「それなんだけどさ」
蓮の言葉にかぶせるように祥太郎が意外な提案をしてきた。
「今日は俺の家に来ない?」
「え?」
蓮と結翔が顔を見合わせる。
いつかは祥太郎の家に行ってみたいとは思っていた。
村の人なら誰でも知っている、あの豪邸。
大人たちはもちろん、子供たちも興味津々なのだ。
「でも、いいの?」
「正直さ、あの秘密基地まで行くの、キツイ」
苦笑いを浮かべている祥太郎。
「えっと……」
「行こうぜ! な?」
やや人見知りな結翔は、急に家に呼ばれて戸惑っている。
それを打ち消すようにして蓮が大丈夫と言わんばかりに親指を立てた。
「うん。じゃあ、お邪魔しようかな」
「よかった。それじゃ行こうか」
そう言って笑う祥太郎を見て、蓮はどこか不気味に感じたのだった。
***
確かに祥太郎の家は豪華で立派だった。
ただ、なんというか寂しさを感じる。
それは生活に必要な最低限のものしか置いてないからだった。
家具らしきものはほとんどない。
ただでさ大きい家が、さらに大きく感じる。
「蓮くん……」
隣に立っている結翔が、蓮の服の袖を不安そうに握った。
蓮もその気持ちは理解できる。
自分も不安な気持ちもあるし、もうこの家から出られないんじゃないか、という不気味な気持ちになってくる。
「あら、祥ちゃん。お友達かい?」
いつの間に現れたのか、祥太郎の横におばあさんが立っていた。
蓮は悲鳴を上げそうになったが、必死に我慢する。
さすがに家族を見て悲鳴なんて上げれば失礼極まりない。
「うん。どうかな?」
祥太郎がそう尋ねると、おばあさんは結翔を見て、にっこりと笑った。
「いい子を見つけたねぇ」
「そうでしょ?」
「それじゃゆっくりしていって頂戴ねぇ」
そう言い残しておばあさんは去っていく。
そんな状況の中で、蓮は家に来たことを後悔したのだった。