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第11話 10月9日:氷室 響也

「別に変ったところはありませんでしたよ」

「まあ、そうだろうな」


 19時過ぎ。

 家でテーブルを挟んで向かい合って座る氷室と若菜。


 夕食と酒を餌に、若菜を家に呼んだのだ。

 その目的は鳳髄一家について調べてもらうこと。


 あまり若い女を家に呼ぶことに抵抗を覚えつつも言ってると、案外簡単に引き受けてくれた。

 本当は家ではなく、店など他の人間がいるところが望ましいのだろうが、鳳髄のことを調べているなんて知られる方がマズイ。

 あまり手ごたえはなかったが、せっかく顔見せしたのに相手に警戒されれば意味がなくなる。


「わかってて調べさせたんですか?」


 プシュッとビールの缶を開けて飲む若菜。


「なにもないと予想するのと、わかっているのとじゃ雲泥の差があるんだよ」

「そんなものですかねぇ」


 とりあえず若菜には鳳髄一家の戸籍を調べてもらった。

 さすがに戸籍謄本自体を持ってきてもらうわけにはいかなかったが、変なところがないかの確認をしてもらったのだ。

 とはいえ氷室は何もないだろうと予想していた。

 そんな誰が見てもわかるような、わかりやすいものじゃない。

 あの家族にはもっと違う、深い闇があると氷室の勘が言っていた。


「一応、仕事を何してるのかとかも色々と探ってみたんですけど収穫はゼロでした」

「そうか。若菜にわからないなら、誰もわからないだろうな」


 狭い村の中で、人の口に戸は立てられない。

 ましてや、若菜は役所の支援センターの課に所属している。

 自然と情報が入ってくるポジションだ。


(……本当に助手として雇いたいくらいだな)


 職業も含めて、助手としてはかなり優秀だと言っていいだろう。


「でも、なんで鳳髄さんの一家なんですか? 村の人間にだって、もっときな臭い人とかいますよ?」

「ただの勘だな」

「さすが探偵さん。言うことが格好いいですね」

「……恰好いいか? それに元、だ」

「いいじゃないですか。今は調べることがあるんですから、探偵で」


 何かのきっかけで、若菜には元々探偵をやっていたことは話している。

 ただ、なんで辞めたのかや、どうしてこの村に来たのかなどの過去は話していない。

 それでも若菜は踏み込んで聞こうとはしなかった。


 おそらく、そんなところを気に入って、家への訪問も許しているし、こうやって家に招いてもしているのだろう。


「ふふ。なんか、私もワクワクしてきました」

「言っておくが、ドラマじゃないんだから、派手なことはしないぞ。探偵は」

「いいんですー。なんか色々と嗅ぎまわっている感じが、格好いいじゃないですか!」

「その感覚はわからんな」


 氷室は手元にある、すっかり温くなったコーヒーを口に運ぶ。


「……お酒、飲まないんですか?」

「ん? ああ。必要ないからな」


 今までは寝るためと時間を潰すだけに酒を飲んでいた。

 寝るのが勿体ないし、やることがある今、酒を飲む理由が見当たらないくらいだ。


「俺に気にしないで、飲んでいいからな」

「じゃあ、遠慮なくー!」


 3本目のビールに手を伸ばす若菜。


 意外と酒好きなのだと知って、氷室は少し驚いた。


(明日、買い足しておこう。重要な助手を手放すわけにはいかないからな)


「それにしても氷室さん」

「ん? なんだ?」

「調べてどうするんですか? 別に依頼されているわけじゃないですよね?」

「ただの暇つぶしだよ」

「……いやな暇つぶしですね」

「それに、今はまだ役に立たないだけだ」

「今は……ですか?」

「おそらく、人が死ぬ」

「……え!?」


 若菜が目を丸くする。

 当然だろう。

 いきなりそんな現実離れをしたことを言われれば誰だって驚く。


「しかも1人や2人じゃない。もっとなにか、大きな事件の予感がする」

「……凄いですね、氷室さん」

「まあ、ただの勘なんだがな」


 少し盛って話してしまったため、急に気恥ずかしくなる。

 だが、事件が起こるというのは、確かに氷室の勘が言っていた。


 人の死は意外と身近に存在する。


 それが今まで探偵をやってきた中で知ったことだった。


「誰が死ぬと思います?」


 ニコニコと笑みを浮かべながら頭を揺らしている若菜。


「楽しんでるじゃないか。同じ村の人間としてどうなんだ?」

「いいじゃないですかー。まだ殺人は起きてないんですからー」

「言動が過激になってるぞ」

「きっと飲み足りないからです」


 そう言って、いつの間に飲んだのか4本目に突入している。


「逆だろう、逆」

「あははは。実は私、サイコパスなんですー」

「はいはい」

「……氷室さんは飲まない方がいいです。お酒」

「自分は飲んでおいて、その発言はどうかと思うぞ」

「素面だと、こんなに話しやすいんですね」

「探偵はしゃべるのが仕事だからな」

「あははは。確かにー」


 すっかり出来上がっている若菜を見て、氷室はそっとテーブルの上のビールを回収していくのだった。

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