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第13話 10月9日:杉浦 宗吾 

 時間は22時前。


 リビングで一人晩酌をしている杉浦は5分おきに携帯画面を確認する。

 だが、通知がないことにため息をついてビールをあおる。

 その繰り返しで、もう4本も空けていた。


(なんか怒らせることしたかな?)


 Keepを起動させて、美弥子とのやりとりを辿る。


 特に変なことは書いていない。

 いつも通りの他愛のない内容だ。


 しかし、美弥子からの返信が18時くらいから途切れている。

 心配で30分おきに何かあったのかとメッセージを送っていたが、全部未読のままだ。


 せっかく妻が20時頃に婦人会の集まりに呼ばれて家を出ていき、健吾も寝かせたのに。

 ゆっくりと美弥子とメッセージができるのを期待していたが、返信が来ないのだからどうしようもない。


 今日はもう寝てしまおうかと思ったときだった。

 携帯に着信が入る。


 美弥子から電話かと思い、通話ボタンを押す。


「もしもし! 何かあったのか!?」

「あら、随分と出るの早いわね」

「……なんだ、お前か」


 電話をかけてきたのは妻だった。

 思わずがっかりとした声を出してしまう。


「すぐに集会所に来て」

「……こんな時間にか?」

「あれ? 連絡いってないの?」

「なんの話だ?」

「警察……っていうより村長さんからの招集」

「村長からの招集? なんだよ、それ」

「鳳髄さんの家、知ってるでしょ?」

「何かあったのか!?」

「あそこのお子さん、いなくなっちゃったんだって」

「美弥……鳳髄さんの家の子供が?」


 その話を聞いて、杉浦は合点がいった。

 美弥子からの連絡が来なかったわけだ。


 その話を聞いて、杉浦はある意味安堵した。

 怒らせたわけではなかったのだ。


「集会所だな? すぐ行く」


 そう言って電話を切る。


 集会所に行けば美弥子に会えるかもしれない。

 そう思うと居ても立っても居られなかった。


 すぐに準備をして家を出る。

 タクシーを捕まえようと通りに出ようとしたときに、また携帯に着信が来る。

 それはKeepからの通話だった。


 相手は美弥子だ。


「もしもし! 美弥子さん?」

「杉浦さん、今、大丈夫ですか?」

「ああ。聞いたよ。お子さんがいなくなったんだってね」

「あら、凄い。こんな時間でも話がいくんですね」


 どこか軽い声だ。

 とても子供がいなくなって慌てている母親のものではない。

 いつも通りのトーンが、全く動揺していないことを物語っている。


(やっぱりそうか)


 美弥子と最初に会ったとき感じた印象。

 それは子供よりも自分を優先しているというもの。

 どうやらその予想は当たっていたようだ。


「なんか、村の人のみんなで探してるみたいですね」

「……うちのも集会所に行ってるよ」


 婦人会から妻が呼ばれたのはこの件のことだったとわかる。

 妻が家を出るときは、ラッキーと思って気にもしていなかった。

 考えてみると、あんな時間から呼び出されること自体、異常なのだ。


「杉浦さんも呼ばれたんですか?」

「ああ。これから集会所に向かう」

「あの……集会所ってところじゃなくて、違う場所に来れますか?」


 なんとも色っぽい声だった。

 杉浦は思わず生唾を飲み込んだ。



 ***



 美弥子に呼び出されたのは村の外れにある公園だった。

 杉浦は少し離れた場所でタクシーを降り、走って公園へ向かう。


 美弥子はブランコに座っていた。


「美弥子さん」


 声をかけると立ち上がり、笑顔を向けてくる。

 そして駆け寄ってきて、そのまま杉浦の胸に顔を埋めてきた。


 一気に心臓の鼓動が高鳴る。

 こんなに興奮したのはいつ以来だろうかと思う。


「うふふ。会いたかったです」

「……私もだ」


 杉浦は美弥子を抱きしめる。


 美弥子と会ったのはほんの数日前なのに、随分と会っていなかったように感じる。

 2日間の濃いやり取りが2人の距離を縮めていた。


「でも、美弥子さん。なんで公園を選んだんだ?」


 公園には街灯があり、夜といえども多少は明るい。

 遠くからでも誰がいるかわかる程度に。

 なのでこんなところを誰かに見られたら、終わりだ。


 杉浦はそっと美弥子の肩を掴む。

 心惜しいが美弥子を引き剥がす。


「待ち合わせでわかりそうなところがここしかなかったんです」

「……ああ、なるほど」


 この村に来てから間もない美弥子は、まだまだ村の中のことを知らないのだろう。


「ホテルとかないんですか?」


 美弥子の言葉で杉浦は理性を失いかけた。

 この場で押し倒したくなる。


 だが、必死に興奮を抑え込み、余裕のある笑みを浮かべようとする。


「狭い村だからね。ホテルは返って危険だ」

「そうなんですかー。……うーん。残念です」


 もちろん、ラブホテルの経営者も知り合いだ。

 そんな場所に妻以外の女と入れば、不倫していると公言しているのと同じだ。


「どこか……いい場所、知ってます?」


 杉浦は美弥子の手を取り、足早に歩き出した。

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