時間は22時前。
リビングで一人晩酌をしている杉浦は5分おきに携帯画面を確認する。
だが、通知がないことにため息をついてビールをあおる。
その繰り返しで、もう4本も空けていた。
(なんか怒らせることしたかな?)
Keepを起動させて、美弥子とのやりとりを辿る。
特に変なことは書いていない。
いつも通りの他愛のない内容だ。
しかし、美弥子からの返信が18時くらいから途切れている。
心配で30分おきに何かあったのかとメッセージを送っていたが、全部未読のままだ。
せっかく妻が20時頃に婦人会の集まりに呼ばれて家を出ていき、健吾も寝かせたのに。
ゆっくりと美弥子とメッセージができるのを期待していたが、返信が来ないのだからどうしようもない。
今日はもう寝てしまおうかと思ったときだった。
携帯に着信が入る。
美弥子から電話かと思い、通話ボタンを押す。
「もしもし! 何かあったのか!?」
「あら、随分と出るの早いわね」
「……なんだ、お前か」
電話をかけてきたのは妻だった。
思わずがっかりとした声を出してしまう。
「すぐに集会所に来て」
「……こんな時間にか?」
「あれ? 連絡いってないの?」
「なんの話だ?」
「警察……っていうより村長さんからの招集」
「村長からの招集? なんだよ、それ」
「鳳髄さんの家、知ってるでしょ?」
「何かあったのか!?」
「あそこのお子さん、いなくなっちゃったんだって」
「美弥……鳳髄さんの家の子供が?」
その話を聞いて、杉浦は合点がいった。
美弥子からの連絡が来なかったわけだ。
その話を聞いて、杉浦はある意味安堵した。
怒らせたわけではなかったのだ。
「集会所だな? すぐ行く」
そう言って電話を切る。
集会所に行けば美弥子に会えるかもしれない。
そう思うと居ても立っても居られなかった。
すぐに準備をして家を出る。
タクシーを捕まえようと通りに出ようとしたときに、また携帯に着信が来る。
それはKeepからの通話だった。
相手は美弥子だ。
「もしもし! 美弥子さん?」
「杉浦さん、今、大丈夫ですか?」
「ああ。聞いたよ。お子さんがいなくなったんだってね」
「あら、凄い。こんな時間でも話がいくんですね」
どこか軽い声だ。
とても子供がいなくなって慌てている母親のものではない。
いつも通りのトーンが、全く動揺していないことを物語っている。
(やっぱりそうか)
美弥子と最初に会ったとき感じた印象。
それは子供よりも自分を優先しているというもの。
どうやらその予想は当たっていたようだ。
「なんか、村の人のみんなで探してるみたいですね」
「……うちのも集会所に行ってるよ」
婦人会から妻が呼ばれたのはこの件のことだったとわかる。
妻が家を出るときは、ラッキーと思って気にもしていなかった。
考えてみると、あんな時間から呼び出されること自体、異常なのだ。
「杉浦さんも呼ばれたんですか?」
「ああ。これから集会所に向かう」
「あの……集会所ってところじゃなくて、違う場所に来れますか?」
なんとも色っぽい声だった。
杉浦は思わず生唾を飲み込んだ。
***
美弥子に呼び出されたのは村の外れにある公園だった。
杉浦は少し離れた場所でタクシーを降り、走って公園へ向かう。
美弥子はブランコに座っていた。
「美弥子さん」
声をかけると立ち上がり、笑顔を向けてくる。
そして駆け寄ってきて、そのまま杉浦の胸に顔を埋めてきた。
一気に心臓の鼓動が高鳴る。
こんなに興奮したのはいつ以来だろうかと思う。
「うふふ。会いたかったです」
「……私もだ」
杉浦は美弥子を抱きしめる。
美弥子と会ったのはほんの数日前なのに、随分と会っていなかったように感じる。
2日間の濃いやり取りが2人の距離を縮めていた。
「でも、美弥子さん。なんで公園を選んだんだ?」
公園には街灯があり、夜といえども多少は明るい。
遠くからでも誰がいるかわかる程度に。
なのでこんなところを誰かに見られたら、終わりだ。
杉浦はそっと美弥子の肩を掴む。
心惜しいが美弥子を引き剥がす。
「待ち合わせでわかりそうなところがここしかなかったんです」
「……ああ、なるほど」
この村に来てから間もない美弥子は、まだまだ村の中のことを知らないのだろう。
「ホテルとかないんですか?」
美弥子の言葉で杉浦は理性を失いかけた。
この場で押し倒したくなる。
だが、必死に興奮を抑え込み、余裕のある笑みを浮かべようとする。
「狭い村だからね。ホテルは返って危険だ」
「そうなんですかー。……うーん。残念です」
もちろん、ラブホテルの経営者も知り合いだ。
そんな場所に妻以外の女と入れば、不倫していると公言しているのと同じだ。
「どこか……いい場所、知ってます?」
杉浦は美弥子の手を取り、足早に歩き出した。