もう秋とはいえ、まだまだ蒸し暑い。
既に深夜の2時を過ぎているのに。
もちろん休みなく3時間、山の中を歩いているせいもあるだろう。
(完全に体が鈍ってるな)
さっきから汗が止まらない。
前を歩く若菜について行くのがやっとだった。
もちろん若菜の方が若いというのもある。
昨日は色々と考え事をしていて、あまり寝ていない。
だが、それを差し引いても、氷室は体力に自信があった。
仮にも探偵をやっていた身だ。
三日くらいは徹夜で駆けずり回っても平気だった。
だから若菜より先に根を上げるのはプライドが許さない。
(若菜が特別体力の化け物……と思いたいな)
段々と若菜との距離が開いていく。
それを埋めようと歩く速度を上げようとするが、足がもつれそうになる。
「あ、ごめんなさい」
若菜が振り返り、駆け寄ってくる。
「き、気に……する……な」
喉が渇いているせいで、声も上手く出せない。
そのことで、さらに氷室は自分自身の体力のなさにショックを受ける。
「少し休みましょう」
若菜はそう言ってショルダーバックから水が入ったペットボトルを出す。
「どうぞ」
「……いや、いい。若菜が飲め」
「お礼はビールでお願いします」
そう言って笑みを浮かべる若菜。
気の使い方も心得ている。
(敵わないな)
氷室は水を受け取り、「すまん」と言って飲み干す。
疲れ切った体に水がしみ込んでいく。
これで随分と回復したように感じる。
「氷室さんは、どう思います?」
真剣な表情の若菜を見て、今回の失踪のことを聞いているのだとわかる。
「事故か他殺か、か?」
「……いえ。生きてるかどうかってことだったんですけど」
「たぶん、死んでる」
「どうしてそう思うんですか?」
「村の建物や施設は全部調べたんだろ? それに今は村の人間が総出で探している」
大人だけだとしても、数百人は捜索に参加している。
そしてその村人たちはしっかりと連携が取れた状態だ。
「現時点でまだ見つかっていないなら、村の外にいるということになる」
「そう……なりますね。現に、みんな山の中を探してますから」
「生きているなら何かしら合図を出すだろ。叫んだり、音を出すなりして」
「もしかしたらそれもできない状態かもしれませんよ」
「いなくなってから5時間は経っているんだぞ」
「……そんな状態なら、もう」
「ああ。そういうことだ」
氷室の言葉に若菜は複雑そうな表情を浮かべる。
「……凄いですね。そこまでわかるなんて」
「職業病だな。すぐに物騒な推理になる」
「でも、どうして他殺もあると思うですか?」
「子供は友達がいなかったんだろ? 村の外に出る理由がない」
「……一人で遊ぶために山で遊ぶってことは考えられませんか?」
「山は険しい。一人だったら必ず迷ってしまうくらいに」
「……それが?」
「遊ぶためだったとしてもそこまで奥にはいかないだろ。迷わないように徐々に行動範囲を広げていくはずだ」
「……そっか。祥太郎くんはこの村に来て数日。そんなに奥まで行くほど行動範囲が広がってないはずってことですね」
「ああ。山の麓らへんにいたなら、もう見つかっているだろうしな」
「なるほどです」
「さらに鳳髄家は金持ち。村の人間とも関わろうとするのを避けている」
「狙われる要素はたくさんある、と」
「ああ」
若菜が目を丸くしながらうんうんと頷く。
不謹慎にも楽しんでいるように見える。
(若菜もこっち側か)
事件を怖いではなく、楽しいと思う。
事件の裏にある人間の闇。
それを楽しめる人種こそが探偵に向いている。
「とはいえ、現実は小説より奇なりだ。ただ単に一人でかくれんぼをしてるかもしれん」
「それはそれで怖いですね」
「こんな深夜に山の中で一人で隠れられる胆力は驚嘆するな」
もしかしたら子供だからこその怖い物知らずということも考えられる。
子供は何を考えているかわからない。
斜め上の行動をするときもある。
だから子供の行動を推理するときは外すことが多い。
「さて、そろそろ行くか」
水を飲んで休んだことで、だいぶ体力が回復した。
今度は若菜の前を歩く氷室。
失いかけたプライドを取り戻すために。
さらにそこから2時間後。
若菜の携帯に連絡が入る。
「見つかったみたいです」
すぐに現場へと向かう氷室と若菜。
現場には既に多くの人間がいて、崖下を覗いている。
氷室も崖まで行き、同じように下を見た。
そこには腕も足も不自然な方向に曲がり、後頭部から大量の血を流し、顔の半分が潰れた子供の姿がある。
それは誰が見ても、一目で死んでいるとわかるものだった。