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第15話 10月9日:氷室 響也

 行方不明の子供は死体という最悪な状態で発見された。


 だが、それを見て悲しんでいる村人はほぼ見当たらない。

 それはそうだろうと、氷室は思う。


 鳳髄祥太郎は村に来て、まだ数日。

 今、この場に集まっている中で、声を交わしたどころか見たこともなかった人間の方が圧倒的に多いだろう。

 つまりそれは他人ということになる。


 人間は毎日、どこかで死ぬ。

 他人の死とは自分とは程遠いものであり、現実感が湧かない。


 どこかの子供が事故で命を落とした。

 ただそれだけだ。

 せいぜい「可哀そう」と思うくらいだろうか。


 しかし、夜通しで捜索させられた人間としては、迷惑だったという思いの方が強いかもしれない。

 とにかく、衝撃的な状況でも、現場はどこか安堵のような空気が流れている。


 これで帰れる。

 そう考えている人間が多いだろう。


 ただ、こんなこんな状況でも悲しむべき人間はいる。

 それはその子供の父親である鳳髄誠一郎だ。


 彼にとっては祥太郎はただの子供ではなく家族である。

 まさしく身近の人間の死だ。


 氷室はこれまで子供を亡くした親の切望する姿を何度も見てきた。

 もちろん中にはさほど影響を見せない親もいた。


 しかし、それでも僅かながらの動揺は見せていた。


「死亡届は、どこの病院でもらえるんだ?」


 祥太郎が発見されたと連絡を受け、現場に来て状況を見た後の第一声がこれである。


 確かに十中八九、亡くなっていることはその場の誰もが感じていた。

 だがまだ確認を取ったわけではない。

 奇跡的に、息がある可能性もゼロではないのだ。

 それなのに死亡届の話である。


 周囲の空気が固まった。


 氷室でさえも唖然とした。


(こんな親が存在するのか?)


 他人事の村人でさえ、そんなことは言わない。

 それを子供の親が平然と言うのだ。


「なあ、あんた。死亡届もなにも、まずは子供を引き上げないと」

「ああ、そうか。そうだな。やっぱり警察を呼んもらおう。いや、レスキューか? けど、こんなところまで来てくれるかは疑問が残るな」


 そう言って笑った。

 そんな誠一郎に対し、怪訝な表情を浮かべる人間もいれば呆れている人間もいる。


 中には傍若無人な態度に怒りを露わにしている者もいた。

 それくらい様々な感情が渦巻いた異様な現場だった。


「あとは警察に任せて帰ろう」


 村人たちの指揮を執っていた50代の男がそう言ってその場を収める。

 みんなぞろぞろと山を下りていく。


「氷室さんの言う通りでしたね……」


 隣にいる若菜が例えようのない、複雑な表情で祥太郎を見下ろしていた。


「事故で亡くなってしまってました」


 ため息交じりにそうつぶやく若菜。

 事件と聞いたときははしゃいでいたが、実際に現場を見ればそうなるのは当然だ。


「もっと早く見つけてあげれば助けられたんですかね?」

「いや、たぶん即死だろな。仮に早く見つけれたとしても、引き上げるまでに時間がかかる」

「足を滑らせてしまった時点で……ってことですね」

「ああ」


 ここに落ちた時点で運命は決まってしまった。

 崖に足を取られた時点で死は確定した。


(……いや、待てよ)


 氷室は先ほどから覚えていた違和感の原因を探り当てる。


「事故じゃないのかもしれない」

「……どういうことですか?」

「言っただろ? この村に来て数日の子供がこんな山奥まで来るのかって」

「でも……子供は時々、何を考えるかわからないですよね?」

「それはそうなんだが……」


 氷室はどこかに電話をしている誠一郎を見る。

 おそらくは警察かレスキューに電話しているのだろう。

 もしくは病院かもしれない。


「誠一郎がおかしい」

「……変わった人だとは思います。子供が亡くなったのに全然堪えてませんね」

「それもあるが、行動が変なんだ」

「行動が、ですか?」

「あの態度を見る限り、祥太郎に対して全く愛情というものを持っていない」

「……残念ですが、そうみたいですね」

「じゃあ、なんで探させた?」

「……え?」


 若菜が目を丸くする。


 誠一郎が祥太郎の状態を見た時の、あの態度。

 そこに違和感を覚えたのだ。


「なんとも思っていない子供なら、いなくなったところでここまで大事にするか?」

「それは……」

「わざわざ村長に圧力をかけて、村の住人を動員して探させたんだ。そんなことをすれば村人たちの反感を買う。メリットなんてないだろ」

「……確かに言われてみると変ですね」

「つまりは、早く死体を見つけたかった。もしくは『祥太郎が死んでいる』と村人たちに見せたかった……?」

「でも、なんでそんなことを?」

「わかない。わからないが……」


 氷室は不謹慎ながらも、無邪気な笑みを浮かべる。


「面白くなってきた」


 そうつぶやいたのだった。

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