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第18話 10月10日:氷室 響也

「氷室さん、こんなことろで寝てたら風邪ひきますよ」


 若菜に体を揺すられて目を開ける氷室。


 山から帰ってきた氷室はそのまま情報を整理するために机に向かった。

 しかし、最近、あまり寝ていなかったことと昨晩の山の中を歩き回ったことで、疲れが限界を迎えていた。

 それで机に突っ伏して寝落ちしたようだ。


 時計を見ると12時過ぎだ。


(9時過ぎまでは記憶があるから、3時間ほど寝れたか)


 寝れたことでやや体が軽くなり、頭もすっきりした。


「さすがの氷室さんも寝落ちしてたんですね」

「随分と体力が落ちたもんだ」

「気にすることじゃないですよ。私だってボロボロなんですから」

「なんだ? 若さ自慢か?」

「いえ、ただの事実です」


 そう言って笑顔を浮かべるが、その表情には疲れが張り付いている。


「昨日の今日で休みはもらえなかったのか? まあ、役所だから無理か」

「一応、昨日の捜索に参加した人は午前休を取ってもいいって言われました」

「……有休は会社の許可はいらんはずだぞ」

「あはは……。村の役所がそんなにクリーンなわけないじゃないですか」


 軽口のように言うが、その言葉には重みがある。

 愚痴を聞いていれば、結構無茶なことを要求してくる職場と言うのはなんとなくわかっていた。


(若菜も苦労してるんだな)


 そんなことを考えていると、ふとある疑問が湧いて出てくる。


「俺に何か用事か?」


 今日はゴミの収集日でもないし、疲れている状態でわざわざ愚痴を言うために来たとも思えない。


「用というより止めに来たという感じ……あっ」


 若菜は慌てて手で口を塞いだ。


「止めに来た? 何をだ?」

「いや、えっと……」

「止めに来たということは鳳髄の一家に関わることだな?」

「……」

「まあいい。調べればすぐにわかる」

「わかりました! 言います、言いますよ」


 若菜は「藪蛇だった……」と肩を落としながらも、諦めた様子で話し始めた。


「祥太郎くんなんですが、13時に火葬されるみたいです」

「今日のか?」

「はい」

「葬式関連はやらずに、ということだな?」

「……そうです」

「わかった」


 氷室は立ち上がり、出かける準備を始める。


「それを止めにきたのにぃ」

「止める? なぜだ?」

「関係者でもない氷室さんが立ち会いに行くなんて失礼ですよ。それに色々話を聞くつもりですよね?」

「なら、若菜も来い」

「え?」

「俺が失礼なことをしそうになったら止めてくれ」

「私は助手じゃないんですよ! いいように使わないでください!」

「実は昨日は出さなかったが、俺の地元の地ビールが届いてるんだ」


 それを聞いて、口を尖らせながらも笑みを隠し切れない若菜。


「……今回だけですからね!」

「ああ。もちろんだ」


 そう言って、氷室の中で、さらに追加で地ビールを注文することが確定したのだった。



 ***



 タクシーで、火葬場に到着するとちょうど13時になるところだった。

 慌てて火葬炉へと向かう。


「お疲れ様。祥ちゃんのその顔、好きだったんだけどね」


 火葬炉の前の、棺を見ているのは鳳髄家の祖母であるキエしかいなかった。


(まさかとは思ったが、来てないのか)


 ここであればなんとか誠一郎から話を聞き出せるのではないかと淡い期待を持って来てはみたが、肝心の本人がいないのであれば完全に無駄足になってしまった。


「この度は、ご愁傷さまでした」


 若菜がキエに深々と頭を下げる。

 するとキエはチラリと氷室の方を見た。


 氷室も慌てて頭を下げる。


「ご愁傷様でした」


 あまりにも心のこもっていない言葉に、氷室は心の中で自分に対して鼻で笑う。

 若菜の方がよっぽど大人の対応をしていることも、さらに氷室を惨めにさせた。


「来てくれただけで嬉しいよ」


 キエはそう言って、若菜の肩だけを叩いた。


 どうやら『嬉しい』にかかっているのは若菜だけで、氷室に対しては嬉しいには入っていないようだった。


(当然と言えば当然か)


 なので氷室はキエに促されるのを待つでもなく、頭を上げる。


「誠一郎さんは来られないんですか?」


 わざとらしく周りを見渡す氷室。

 だが、その質問はキエに黙殺される。


 だが、そもそも子供の死体を見てもあのような態度をし、葬儀さえも行わないような誠一郎が来る方が返って違和感がある。


「……で、奥さん――祥太郎くんの母親の姿も見えないようですが?」


 誠一郎は来ないにしても、母親の方は来ると思っていた。

 そうなれば、母親からの情報収集ができるのではないかと打算があった。

 それにまだ母親に関してはまだ顔を見てさえもいない。

 この機会に顔合わせができれば情的だったのだが。


(母親も同じタイプか。にしても、この家族はなんなんだ?)


 謎はますます深くなっていく。


 そんな状況に比例して、高揚感を覚える氷室なのであった。

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