帰りのホームルームが終わると同時に、蓮は立ち上がる。
いつもであれば教室内の生徒が出て行くまで座っている蓮が、誰よりも先に教室を出て行った。
そのことに生徒たちはもちろん、担任までもが意外そうな顔をする。
蓮は走って結翔の家へと向かった。
「ごめんね、蓮くん。結翔、部屋から出たくないって」
「……風邪じゃなかったの?」
「あはは。さすがに学校にサボりますって連絡はできないからね」
そう言って苦笑いする結翔の母親。
「にしても、あの子があんなにへそを曲げるなんてね。叱り過ぎたかな。蓮くんは平気だった?」
「え? なにが?」
「夜遅くまで遊んでたでしょ?」
「え? 遅く?」
「あれ? 蓮くんは一緒じゃなかったの?」
「ううん。昨日は結翔と一緒だったけど……」
「なら、怒られたでしょ? 8時過ぎに帰ったら」
「……」
「あの子や蓮くんが変なことはしないって信じてるけど、あまり心配させるようなことはしないでね」
またも頭の中が真っ白になった。
(え? なんで? だって、昨日は結翔と一緒に帰ったし、5時には家に着いてたのに)
祥太郎が死んだこと。
結翔が家に帰ったのが20時だったこと。
自分の記憶と、現実に起こったことがチグハグで混乱する。
「明日になればきっとケロッとしてると思うから、また来てくれる?」
「う、うん……」
なんとか結翔に会いたいと思ったが、結翔の母親の口ぶりでは今日会うことは難しいだろうと判断する。
そしてそのまま秘密基地へと向かうことにした。
裏山に一人で向かう。
考えてみれば一人で秘密基地に行くなんて初めてだと気付く。
いつも隣には結翔がいて、それが当たり前のように思っていた。
(一人って寂しいんだな)
結翔と二人で遊ぶようになる前、蓮はクラスの中心的人物だった。
だから、常に蓮の近くには誰かがいた。
一人でいるという孤独に不安と漠然とした怖さを感じる。
なので、せめて秘密基地に行けばそんな気持ちが紛れるかもしれないと思ったのだ。
(お菓子でも買ってくればよかったな)
山を登りながら、そんなことを考えているときだった。
不意にガサガサという人が歩く音が聞こえてくる。
(誰かいる?)
蓮は慌てて近くの木の陰に隠れる。
別に山に登ることは悪いことではない。
しかし、咄嗟に隠れたのは、普段、この山に来る人はほとんどと言っていいほどいなかったからだ。
人が来ないからこそ、この場所に秘密基地を作ろうと思った。
それなのに誰かがいるということが、蓮にとって恐怖だった。
もしかしたら結翔かもしれないと思い、そっと木の陰から顔を出す。
だが蓮の期待とは裏腹に、歩いているのは50代で険しい顔をした男だった。
手には大きなポリタンクを持っている。
(……誰? あの人?)
村の人なら見たことくらいはあるはずなのに、いくら考えても思い出せない。
蓮はの男をやり過ごそうと木の陰に隠れ続ける。
だが、その男が向かっているのは秘密基地の方向だった。
嫌な予感がした。
心の中で必死に、秘密基地のことは誰も知らないはずだと言い聞かせる。
しかし、男は真っすぐ秘密基地の方へと歩いていく。
(なんで? なんで? なんで?)
うっすらと目に涙が溜まっていく。
(見つからないで。見つからないで。見つからないで)
必死に祈り続ける蓮。
だが――。
「あった」
男は、蓮たちが秘密基地にしていた小屋の前で立ち止まる。
するとおもむろにポリタンクの蓋を開け、中の液体を小屋にかけ始めた。
そして一通りかけ終わると、ポケットからロウソクとライターを取り出した。
ライターでロウソクに火を付け、そのロウソクを小屋の方に投げる。
ロウソクの火が小屋にかけた液体に移り、一気に燃え広がっていく。
蓮はその光景を呆然と見ることしかできなかった。
あまりの出来事に思考が追い付かず、何が起こっているかも理解できないような状態だった。
男は小屋全体に火が回ったことを確認すると、その場を後にする。
勢いよく炎が噴き出し、秘密基地が燃えていく。
蓮の頭の中で、結翔とこの小屋を見つけた時のことや、秘密基地として改造したときのことが浮かんでくる。
「うああああああああああ!」
蓮は必死に叫んだ。
秘密基地と一緒に思い出まで燃えていくような気がした。
(消さないと! 消さないと! 消さないと!)
周りを見渡して水を探すが、山の中にあるわけがなかった。
「だ、だれか……」
蓮は全力で山を駆け下りていく。
麓まで降りていくと、ちょうど、そこにはスーツ姿の若い女の人が立っていた。
それは見覚えのある人で、数年前に村に来た役所の人だ。
名前は、確か笹塚若菜だったはず。
蓮は若菜に縋りつく。
「お願い! 火を消して! 秘密基地が燃えちゃう!」
そう何度も叫び続けた。