今日は土曜日なので、蓮はすぐに結翔の家に行った。
本当は昨日のうちに来たかったが、あの騒ぎが収まる頃には夜になってしまった。
今日も蓮が家を出るのを渋られたが山には行かないと約束して、ようやく出ることができた。
「……ごめんね。あの子、本当に具合悪いらしくて」
「ねえ、昨日の火事のこと、知ってる?」
「ああ、山の中のでしょ? それがどうかした?」
「そのこと、結翔に話してくれない? 裏山の小屋が燃えたって言ってくれればわかると思う」
「……いいけど、ちょっと待ってて」
結翔の母親はそう言って、家の奥の方へ歩いて行った。
そして10分後。
結翔の母親が玄関に戻ってくる。
「ダメみたい。それでも部屋から出たくないって……」
「結翔と話したらダメ?」
「……いいけど、部屋に鍵がかかってるから、顔は見れないかも」
「それでもいいよ」
「じゃあ、入って。結翔の部屋はわかるわよね?」
「うん」
いつも秘密基地で遊ぶから、結翔の家に来るのは本当に久しぶりだった。
それでも場所は覚えている。
廊下を歩き、結翔の部屋の前で立ち止まる。
「結翔」
声をかけてみるが、反応がない。
蓮はドアノブを掴んでひねるが、結翔の母親が言っていた通り鍵が閉まっている。
「結翔、開けてくれ。聞いただろ? 秘密基地が燃やされたんだ」
それでも結翔は何も言わない。
「結翔! どうしたんだよ!? 秘密基地がなくなっちゃったんだぞ!」
口に出したことで、今まで抑えていた気持ちがあふれ出してくる。
「うう……。俺たちの秘密基地が……なくなったんだぞ……」
何度もドアノブを回す。
「結翔! 結翔! 頼むから開けてくれって!」
何度も何度も声をかけるが、頑なに無視される。
本当は部屋の中には誰もいないんじゃないかとさえ思う。
蓮はどうしていいかわからず、ドアの前に座り込む。
「……結翔。祥太郎が死んだことは聞いてるか?」
返事はないが話し続ける蓮。
「おばさんから聞いたけどさ、お前、あの日、帰るの遅かったんだってな」
初めて部屋の中からガタリと音がした。
「もしかして、祥太郎の家に戻ったりしたんじゃないのか?」
蓮は単に思ったことを言っただけだった。
別に何か考えがあったわけではない。
なんとなくそう思った。
それだけだ。
「あの日さ、俺、祥太郎の家で腹を壊したじゃん? 俺がトイレに行ってる間、何話してたんだ?」
自分でそう言うと、色々と思い出してきた。
結翔と祥太郎はあの日、急速に仲良くなった。
蓮が疎外感を覚えるほどに。
蓮がトイレに行くときも、二人で話が盛り上がっていた。
楽しそうな結翔を見て、蓮は複雑な気持ちになった。
そして、トイレから戻ると、何か内緒話をしているみたいで小声で何かを話していた。
その後、急に結翔の方から帰ろうと言ってきたのだ。
お腹を壊していたせいもあり、蓮は特に反対はしなかった。
それで結翔と一緒に帰った。
「祥太郎と一緒に秘密基地に行ってたんじゃないのか?」
本当に適当だった。
でまかせと言ってもいいほどだ。
だが、その蓮の言葉で結翔の部屋のドアが開く。
中から顔を出した結翔は青白い顔をしてた。
確かに具合が悪そうだった。
「……入って」
そう言って結翔は顔を引っ込めてしまう。
蓮は立ち上がり、結翔の部屋の中に入る。
久しぶりに入った結翔の部屋の中は、最後に来た時と何も変わっていない。
それなのに、他人の部屋のような、居心地の悪さを感じる。
結翔はベッドに腰掛けながら虚ろな目で蓮を見ていた。
「大丈夫か?」
「うん」
「秘密基地……無くなったんだ」
「聞いたよ」
「なんとも思わないのか?」
「また作ればいいよ」
表情を変えずに淡々とそう言った。
「お前はそれでいいのか? あんなに苦労したのに」
色々と家から物を持ってきたり、ゴミ捨て場から使えそうな物を拾ったりもした。
確かに作り上げるのに苦労はしたが、結翔と一緒に秘密基地を作った思い出の場所がなくなったことがショックだった。
「……ごめん。俺もショック過ぎて現実味が湧いてないのかも」
そう言って結翔が肩を落とした。
蓮は目の前で燃やされるところを実際に見たから認識出来ているが、もし、人伝に聞いたとしたら信じられなかっただろう。
「ねえ、蓮くん」
「なんだ?」
「祥太郎くんの家に行ったことは内緒にしておかない?」
「なんで?」
「だって、祥太郎くん、死んじゃったんでしょ?」
「ああ」
「もし、あの日に一緒にいたなんて言ったら、色々聞かれるよ」
「……別に聞かれてもいいじゃないか?」
「犯人にされちゃうかもよ?」
そう言われて、蓮は急に怖くなった。
今まで黙っていたことを怒られるかもしれない。
狭い部屋に閉じ込められ、大人たちに問い詰められることを想像すると、思わず身震いをしてしまう。
「わ、わかった。誰にも言わないよ」
その言葉を聞いて結翔は頷き「約束だよ」と笑みを浮かべたのだった。