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第22話 10月11日:氷室 響也 

 西山結翔の家の前に辿り着くと、ちょうど嶋村蓮が家の中に入って行ったところだった。


「どうします? 氷室さん」

「出てくるのを待つかないな」


 土曜日で若菜が仕事が休みと言うことで、朝から家に来てもらい、蓮の家に案内してもらった。

 インターフォンを押すと、蓮の母親が出てきたので子供に話を聞きたいと言うと、警戒されてしまう。


 考えてみればずっと家に引きこもっている不審な男が子供を訪ねてきたとなれば、親なら警戒して当然だ。


(しまったな。完全にミスった)


 一度警戒されてしまえば、蓮から話を聞くのは難しくなる。

 どうするか考えていると、横に立っていた若菜がにこやかに母親に話しかけた。


「昨日の火事のことを聞きたくて。聞き忘れたことがあって……。10分で終わるんですけど、お話させてくれませんか?」


 若菜は役所の人間だ。

 しかも、どうやら蓮から火事だと言われたのは若菜だった。

 だから、若菜が蓮に話を聞きに来るというのも、不自然ではない。


(やるな)


 咄嗟の若菜の機転に、心の中で感嘆する氷室。


「そういうことなら……。ただ、今、蓮は出かけてるんです」

「どこに行ったかわかりますか?」

「結翔くんのところだと思うけど……。わかるかしら?」

「はい、大丈夫です。じゃあ、行ってみます」

「あの……。あんまり、その、刺激するようなことは言わないでくださいね。あの子、妙に落ち込んでて」

「わかりました。本当に、少し話を聞くだけですので」


 何とかその場を切り抜け、結翔の家にやってきたというわけだ。


「結翔って子にも話を聞きたいな。……一緒に出てきてくれると助かるんだがな」

「下手をすると、ずっと結翔くんの家で遊ぶということも考えられますよね?」

「……そうだな。確かに」


 そうなれば5、6時間待つ羽目になる。

 氷室一人なら待てる時間だが、若菜にまで付き合ってもらうのはさすがに気が引ける。


(一旦、仕切り直すか)


 そう思っていると、家のドアが開いて蓮が出てきた。


「一人だけですね」

「いいさ。上出来だ」


 何やら肩を落として歩く蓮に、ゆっくりと近づいていく氷室と若菜。


「嶋村蓮くん、ちょっといいかな?」


 1メートルほど離れたところから声をかける。

 あまり近づいてからだと、驚かれて警戒される可能性があるからだ。


「あれ? おじさん、どっかで……」

「ん? どこかで会ったか?」

「んー。いや、気のせいかも」

「こんにちわ、蓮くん」

「あ、昨日の……」

「ちょっと、お話聞きたいんだけど、いいかな?」

「……なに?」


 急に蓮の表情に警戒の色が宿る。


「小屋のことで聞きたいんだけど……」

「知らない!」

「え?」

「何も知らないよ。答えないから」


 そう言って、振り返り歩き出してしまう。


(ビンゴだな。『答えない』ということは、何か知っている証拠だ)


「蓮くん。ぜひ、話を聞きたいんだが」


 氷室はわざと大げさな言い回しをする。

 すると蓮は立ち止まり、再び振り返った。


「言わないって言ってるだろ」

「嘘はいけないな」

「え?」

「何か知ってるんだろ?」

「……なんでわかるの?」

「俺は探偵なんだ」

「え? 探偵!? 格好いい」


 そんな蓮の台詞に、氷室は計画通りと言わんばかりの笑みを浮かべた。



 ***



 どこかお店に入り、ジュースや軽食を奢って話を聞こうかと考えたが、人目に付くのでやめた。

 あまり嗅ぎまわっているということを村人には知られたくない。


 なのでスーパーで子供が好きそうなお菓子とジュースを買い、村の外れの公演までやってきた。

 土曜日なので、さすがに誰もないなんてことはなかったが、幸い、遊んでいるのは子供だけだった。


 サッカーに夢中なので、氷室たちのことを気にしたりもしないだろうと思い、ベンチに座りながら話を聞く。


「あの小屋は秘密基地だったんだろ?」

「ええ!? なんでわかるの?」

「探偵なら当然だ」

「すげー!」


 山奥にある廃屋に近い小屋のことを知っているならば、そこを遊び場にしていると容易に想像できる。

 そして、小学生の高学年となれば秘密基地とするのは妥当だろう。

 実際、氷室も小学生の時に同じように使われていない家を秘密基地と呼んでいた。


 この程度の推理とも呼べないほどの推測でも、子供くらいになら通用する。

 探偵と名乗ったのも、凄いと思わせるためだった。


「氷室さん、凄いですね」


 どうやら若菜にも通用したらしい。


(まあ、女だと秘密基地なんて発想は出てこないだろうから仕方ない)


 お菓子の袋を開け、ジュースも渡して蓮の緊張感を解く。


 そして油断したところに一気に切り込む。


「あの小屋で何かあったんだよな?」


 すると蓮は目を丸くした後、周りを見渡した。


「……ここだけの内緒にしてくれる?」

「当然だ。守秘義務があるからな」


 これは依頼ではないので、当然守秘義務は発生しない。

 だが、あえて難しい言葉を使うことで、納得させやすくなると氷室は踏んだ。


「祥太郎のことなんだけど……」


 そう切り出した蓮は話を続けていく。

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