2日前から続く不可解な出来事。
小学生の蓮が一人で抱えるには既に限界だった。
唯一の頼りだった親友の結翔は体調が悪いと言って、話をしてくれない。
どうしていいのかわからない。
とにかく誰かに頼りたかった。
ただ両親に相談したところで信じてもらえないだろうし、仮に信じてもらえたところで何とかしてくれるとは思えない。
そんなときに現れたのが、探偵と名乗る男だった。
探偵と言えば事件が起これば現れ、推理をして解決し、颯爽と去っていく。
そんなイメージだった。
まさに今、蓮が置かれている状況からすると天の助けのように感じた。
まるで物語の登場人物になったかのような、高揚感。
蓮が見知らぬ人間に話をしようと思ったのも当然だった。
「祥太郎は引っ越してきたばっかりなのに、なんていうのかな、生意気? そんな感じでさ。みんなから嫌われてたんだ。転校してきたその日のうちにだよ」
「なるほど」
「他のやつが話しかけてもさ、無視すんの。そりゃ、みんなに嫌われるよね」
氷室が頷きながら、手帳にペンで書き込んでいる。
蓮は今時、ノートにメモをするなんて変わってるなと思いながらも、それがさらに探偵らしいなと思った。
「だからさ、俺、友達になってやろうって思ったんだ。一人でいるのって可哀そうだろ?」
「優しいんだな」
「へへっ。それで、放課後に一人だったから誘ったんだ」
「どこに?」
「俺たちの秘密基地」
「それが、山の中の小屋だったんだな?」
「……そう」
秘密基地のことを思い出し、蓮は気持ちが少し沈んでしまう。
「それで、来たのか? 秘密基地に」
「うん。来たよ。でも、あんまり来たくなかったみたい」
「なんでだ?」
「祥太郎は体が弱いらしいんだ。体育も休んでたし。だから、山を登るのが疲れるって言ってた」
「……」
氷室が一瞬、表情を曇らせた。
蓮はなにかマズイことを言ったかと思い、焦る。
「ど、どうかしたの?」
「あ、いや、なんでもない。続けてくれ」
「それで次は違うところがいいって言ってた」
「なるほど。それで、どこにしたんだ?」
「……えっと。決まってない」
「決まってない?」
「う、うん。だって、ほら、祥太郎、死んじゃっただろ?」
「なるほどな」
蓮は咄嗟に祥太郎の家に行ったことを隠した。
いくら探偵でも、全部を話すのは結翔との約束もあり、マズイのではないかと思ったからだった。
「小屋――秘密基地を燃やされたときのことを聞かせてくれるか?」
「うん。えっと、学校の帰りに秘密基地に行ったんだ」
「一人でか?」
「うん、そうだけど」
「それで?」
「秘密基地に向かってたら、変な男がプラスチックのタンク? を持って登ってきたんだ」
「その変な男って……」
氷室がポケットからスマホを取り出し、何か操作をしている。
そして、画面を見せてきた。
「この男じゃないか?」
スマホの画面には鳳髄誠一郎が写っていた。
「そう! この人!」
「やっぱりな」
氷室と若菜が目を合わせて頷く。
「……この人、誰なの?」
「鳳髄誠一郎。祥太郎の父親だ」
「そう……なんだ。どうりで見たことないって思った」
「それで、この祥太郎の父親が秘密基地に火を付けたんだな?」
「そうだよ」
「秘密基地のことは蓮と祥太郎以外に知ってるやつはいるか?」
「う、ううん。いないよ」
「そうか。なら、誠一郎は秘密基地のことを祥太郎から聞いたんだな」
「たぶん……」
「なんで、誠一郎は秘密基地を燃やしたんだと思う?」
「わかんない。なんでなんだろ?」
それは蓮自身が聞きたいことだった。
なんでそんな酷いことをしたのか。
蓮にとっては自分の家以外で、唯一の居場所だった。
結翔と一緒に作ったことを考えれば、自分の部屋よりも大切な場所だったかもしれない。
結翔はもう一度作ればいいと言っていたが、そういうことじゃない。
思い出を含めて、特別な場所だったのだ。
「秘密基地の中に何か変わったものを置いていたとかないか?」
「ううん。何も置いてなかったよ。あそこでお菓子食べるだけだし」
最初は漫画とかゲームとか置こうかという話になったが、結翔がそれはさすがに盗まれるかもしれないからやめた方がいいと言われたから置いていなかった。
「置いてたのは、拾ってきたテーブルとかくらいかな。電気がないから機械とかは意味ないし」
「祥太郎が何か置いてったことは?」
「ないと思うよ。あの日は1時間くらいしかいなかったし」
「ドアに鍵は?」
「かけてなかった。2つ用意するのもめんどくさいし。あとは、あの番号揃えるやつ? あれにしようとしたけど、番号忘れちゃうから」
「なるほど。最後に一つだけ。誠一郎が秘密基地を燃やすとき、中には入らなかったか?」
「うん。いきなり燃やしたよ」
「そうか。色々ありがとう。また話を聞かせてもらうかもしれないが、いいか?」
「うん、いいよ」
「あと、俺と色々話したということは内緒にしれると助かる」
「わかった」
氷室が笑顔で頷き、立ち上がって歩き出そうとする。
そんな氷室に蓮が問いかける。
「ねえ、祥太郎は……本当に事故なの?」
「たぶん、違う。だから調べてる」
蓮はやっぱり変な事件に巻き込まれているんだと感じた。
そして不安とちょっとしたワクワク感に包まれるのだった。