「全然、ダメだったんですか?」
隣の若菜が残念そうな表情で聞いてきた。
「いや。ダメどころかかなりの成果だ」
この数日間、様々な場所を駆けずり回ったことから見れば、得た情報は格段に多い。
やはり人からの情報を得るのが早いし、大きいと氷室は思う。
「でも、メモ帳に何も書いてませんでしたよね?」
隣に座っていた若菜からは氷室のメモ帳が見えていたのだろう。
数個の単語を書いただけだった。
「今時、メモなんて非効率だからな」
そう言って氷室は胸のポケットからレコーダーを取り出し、再生する。
すると先ほどの蓮とのやり取りの声が流れた。
「それならなんでメモ帳を出したんですか?」
「探偵っぽいだろ?」
「なんですか、それ?」
「雰囲気は大事なものさ」
特に子供はと付け加える。
「あまり突っ込んで聞いたりしないものなんですね。探偵ってもっとガンガン質問攻めにするものだと思ってました」
「時と場合によるさ。初対面の子供相手に質問攻めなんかしたら、警戒してしゃべらなくなるからな」
「あ、そっか。確かに……」
「色々と探りを入れるのは、もう少しやり取りをしてからだな」
「え? また蓮くんに話を聞くんですか?」
「ああ。蓮はかなりの重要人物だ。しかも隠し事をしている」
「隠し事……ですか?」
氷室はレコーダーの巻き戻していく。
「蓮はなぜだか、西山という子供のことを隠した。意図してな」
「西山って……ああ、蓮くんが行ってた家の子ですか? たしか結翔くんでしたっけ?」
「ああ。俺たちが西山という子供の家に行ったところから見ていたと知らなかったんだろうな。だから咄嗟に隠せると思ったんだろう」
「うーん。隠してました? 単に話に上がらなかっただけでは?」
レコーダーの再生ボタンを押すと氷室と蓮の声が流れる。
『秘密基地のことは蓮と祥太郎以外に知ってるやつはいるか?』
『う、ううん。いないよ』
そこまで流して、停止ボタンを押す。
そして若菜の方を見る。
それでもまだ納得していないのか、首を傾げた。
「本当に知らないんじゃないんですか? あの秘密基地は蓮くん一人で作ったのかもしれないですし」
すると氷室は無言で、レコーダーで何個かの声を再生する。
『俺たちの秘密基地』
『かけてなかった。2つ用意するのもめんどくさいし』
その二つの言葉を聞いて、納得して何度も大きく頷く若菜。
「確かに、結翔くんのことを隠しているように感じますね」
「隠すということは、何か知られたらマズイこと、もしくは庇っている可能性がある」
「もしかして、結翔くんが祥太郎くんを……?」
「なくはない。だが、可能性は限りなく低いだろうな」
「どうしてですか?」
「もし、西山が祥太郎を殺し、それを蓮が庇っているんだとしたら、そもそも俺と話をしないだろう」
「そっか。確かに……。変なことを喋っちゃう可能性もありますもんね」
「ましてや、祥太郎と交流があったなんて話さないだろうな」
村の人たちの話では祥太郎の交流関係を聞くことはできなかった。
蓮が言わなければ、祥太郎との接点があることに辿り着くことはできなかっただろう。
「隠そうと思えば、隠し通せたはずだ。蓮の友達は西山だけだしな」
「え? どうしてわかるんですか?」
「みんなが嫌っているやつと、わざわざ友達になろうとするか? 下手をしたら自分まで嫌われる可能性がある」
「……それは、村だと致命的ですね」
「おそらく蓮と西山も、クラスから浮いた存在だったんだろう。二人で秘密基地を作るくらいだからな」
そもそも秘密基地は大人数で作るものではない。
さらに若菜から小屋の大きさを聞いて、2、3人しか入れなさそうな大きさだとわかっている。
「嫌われ者同士、友達になろうとするのは自然な考えだろうな」
「そうですね」
「ただ、少し疑問が残る」
「なんですか?」
「なんで蓮たちだけに交流を持ったんだ? 祥太郎は」
「それは……」
「蓮の話では初日から不愛想と言うか、敵意すら感じるような言い方だった」
そして、なにより鳳髄家は村人と交流を持たないという方針だった。
そう考えれば祥太郎の態度も、家族の行動と一致する。
「それなのに、蓮たちとはすぐに打ち解けている」
「単に気が合ったとかじゃないんですか?」
「祥太郎は村に来てから2日後に死んでる。つまりは1日か2日で秘密基地にまで行く仲になっているということだ」
「……そう言われると、確かに早すぎる気がしますね」
「逆に言うと、蓮たちは祥太郎の敵意に当てはまらない何かがあった……のかもしれない」
「……」
若菜も顎に手を当てて考えるような仕草をする。
「あとは、祥太郎が死んだ、あの日。家族の話では祥太郎は『学校から帰っていない』と言っていた。そうなれば蓮や西山といた可能性は高い。その辺も濁してたしな」
「凄いですね、氷室さん。あれだけのやり取りでそこまでわかるなんて。探偵みたいです」
「探偵だ。まあ、元、だがな」
「そうでした」
そう言ってコロコロと笑う若菜。
(ようやく尻尾の先を捕まえたぞ)
そして氷室も笑みを浮かべるのだった。