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第28話 10月14日:氷室 響也

 氷室が目覚めたのは昼過ぎだった。


 昨日、若菜を帰らせた後、情報を整理し、これからの捜査内容を考えているうちに寝落ちしてしまったのだ。

 鳳髄一家が村にやってきてから、氷室はあまり寝ていない。

 というより、一年ぶりの事件の予感に気分が高揚して眠れないと言った方が正しい。


 様々な、妄想に近い仮説を立てて検証していく。

 ただ、検証できるほどの情報がないため、検証自体が正しくできない。


 だが、それでも氷室にとって楽しかった。

 この一年は酒を飲み、無理やり眠って時間を潰すだけの生活をしていた。

 その頃と比べるべくもなく、今が充実している。


 脳が興奮状態で眠れないのも無理もなかった。

 しかし、疲労は確実に蓄積していく。

 本人が寝たいと思っていなくても、体が限界を迎えて寝落ちする。

 そんなことを繰り返していた。


 目が覚めた氷室はすぐに出かけようと準備を始める。

 すると酷い空腹感に襲われた。


 まともに食事をしたのは昨日の昼に、若菜と一緒に入ったファミレスで食べたホットサンドだ。

 夜は酒のつまみくらいしか用意はしてなかった上に、氷室は飲んでいなかったのでつまみも食べていない。


(捜査の前に、どこかで何か食べるか)


 そして家を出て、ドアに鍵を閉めようとしたとき、ドアノブに袋がぶら下がっていることに気付く。

 そこには『若菜』とだけ書かれた紙が貼れていて、中には手作りのサンドウィッチが入っている。


 おそらく若菜は氷室が寝ていることを予想し、家の前まで来たが起こしてしまわないように中には入らなかったのだろう。

 さらに何も食べていないことも予見して、こうして差し入れも作ってきた。

 しかも歩きながら食べられるサンドウィッチを選択していることに頭が下がる。


(完全に見透かされてるな)


 十分、若菜も探偵の才能があると思いながら、氷室はありがたく差し入れのサンドウィッチを歩きながら頬張るのだった。




 ***



 氷室はまず、結翔に話を聞くために西山家に向かった。

 蓮が隠していることを、結翔から聞き出せるかもしれないと考えたからだ。


 しかし西山家に行くと誰もいなかった。


(確か、母親は専業主婦だったはずだが……。買い物にでも行ったか? それより西山はどこに行ったんだ?)


 そこで氷室は今日が平日であることを思い出す。


(しまった。学校か。そりゃそうだよな。……くそ、寝不足で頭が回ってないな、こりゃ)


 そうなると学校から帰るときに話しかけるのが一番手っ取り早い。

 高確率で蓮と一緒にいるだろうが、それは返って好都合かもしれないと考える氷室。


 学校が終わるまで待つことにするが、ただ待つだけだと時間が勿体ないということで氷室は裏山の小屋があった場所へと向かう。

 瓦礫のほとんどが撤去されていることは確認しているが、もしかするとまだ何か残っているかもしれない。

 あまり期待はできないが、ただ黙って待つよりはマシだろう。


 裏山の小屋があった場所を改めて見渡す。

 やはり、ほとんどの瓦礫は撤去されている。


 それでも這うようにして何か落ちていないか見ていく。

 すると残った瓦礫の中から、床らしきタイルの燃えカスを見つけた。


(血液反応が出れば儲けものだな)


 氷室は手袋をはめてタイルを持ち上げた、そのときだった。


「あれ? 探偵さん?」


 後ろから声がして、振り返るとそこには蓮が立っていた。



 ***



「行方不明か……」

「結翔、どこにいるんだろ? ……探偵さん、わかる?」


 氷室は蓮にそう尋ねられ、コリコリと額を掻いた。


「考えられるパターンは2つ。自主的に村を出て行ったか、誘拐されたか、だな」

「誘拐!? そっか! 誘拐だ!」


 蓮が納得したように何度も頷く。

 だが、すぐに顔をしかめる。


「けど、誰が結翔を誘拐なんかするんだろ?」

「蓮は心当たりあるんじゃないか?」

「え? ……あっ! 祥太郎のお父さん!」


 蓮がハッとしてそう叫んだ。


(やっぱり。西山もこの件に関わっているな)


「探偵さん! 早く祥太郎の家に行こう! きっと、家の中に捕まってるはずだよ!」

「いや、たぶん、その可能性は低い」


 氷室がポケットから携帯を出し、画面を確認する。

 着信もメールも来ていない。


「え? なんで?」

「西山は学校に行く途中で行方不明になったんだろ? つまりは朝ってことになる」

「それがなに?」

「朝の登校の時間と言うことは、他にも人が多く歩いているはずだ」

「……うん。そうだね」

「そんな中、誘拐しようとすれば、誰かが見ているはずだ」


 蓮の話からして、結翔の捜索は遅くても9時には開始されている。

 そして、今はもう15時を回っている。

 6時間も経過していれば、目撃情報があれば上がってきているはずで、そうなれば若菜の耳にも入るだろう。

 その情報を若菜が氷室に伝えないわけがない。


 となれば、目撃情報自体がないという可能性が高い。


「それに村の人たちが6時間も探している。その間、ずっと隠れられそうな場所があるとするなら、蓮も知ってるはずだろ?」

「……う、うん。思いつくこところは全部、行ってみた」

「それなら残された可能性は、村を出て行った、だな」


 氷室は、殺されてどこかに隠されている、もしくはどこかで死んでいるという可能性も脳裏に浮かんだが、あえて口にするのは避けたのだった。

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