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第30話 10月15日:杉浦 宗吾

 21時。

 杉浦は鼻歌交じりでドアを開け、家へと入る。


「ただいまー」


 リビングに行くと健吾はテレビゲームをしていて、妻が雑誌を読んでいる。


「飯は?」


 杉浦がそう尋ねると、やっと雑誌から視線を上げた。


「テーブルに乗ってる」

「温めてくれよ」

「自分でやってよ、レンジに入れるだけなんだから」


 レンジに入れるだけならやってくれよと思う杉浦だったが、言い争いをして今の気分を台無しにしたくなかった。


「わかったよ」


 杉浦は着替えてからテーブルの上の夕食をレンジで温め、一人で黙々と食べる。

 すると妻がキッチンの方へやってきた。

 お茶でも淹れてくれるのかと思ったが、ビールを取りに来ただけだった。


 冷蔵庫からビールを取り出し、杉浦の正面に座る。


「最近、なんか変ね」


 妻の言葉にドキリとする杉浦。


「2日間、帰りが遅かっただけだろ。最近は忙しいから残業だったんだよ」

「残業ね。この時期に珍しいわね」

「仕事のミスも重なってな。色々あるんだよ」


 変に詳しく言うと綻びが出る。

 そもそも杉浦は嘘が上手いタイプではない。

 だから、あまり話さないのが得策だと思ったのだ。


 実際、杉浦は残業で遅くなったわけではなく、会社を定時であがっている。

 その後は美弥子が見つけたという、Keepで送られた写真の場所に直行した。


 そこは鳳髄家が買い取った家の、離れだった。


 不倫相手の家はさすがにマズイのではと思ったが、「かえってこういう場所の方がバレないものよ」と笑っていた。

 確かに村の中では誰に見られるかわからない。

 ここなら人にバレる心配もないだろうと思った。


 そうして2日連続で仕事帰りに美弥子に会ってきたというわけだ。


「そういえば聞いた?」

「なにがだ?」

「健吾の同級生の子、いなくなっちゃったんだって」


 妻の方から話題を逸らしてくれたので、安堵する杉浦。


「同級生の子って、蓮くんか?」

「ううん。西山って子」

「どうせ、家出とかだろ」

「それならいいんだけど……」

「……どうしたんだ? なんかあるのか?」


 妻が珍しくひっ迫した表情をしている。

 あまり興味はなかったが、冷たいと言われるのも嫌なので話を促す。


「ほら、この前、事件があったばかりでしょ?」

「鳳髄さんの家の子供のことだろ? あれは事件じゃなくて事故だったって聞いたぞ」

「そうなんだけど……」


 妻がチラリとリビングの方を見て、声を抑え気味にして話を続ける。


「あのね。祥太郎くんなんだけど、クラスで嫌われてたらしいの」

「健吾がそんなこと言ってたな」

「……それが、その、健吾が先導してたんじゃないかって噂なの」

「先導って……イジメのか?」


 妻がコクリと頷いた。


「まさか。健吾がそんなことするわけないさ」


 杉浦は自分で言っておきながら、心の中ではどこかやりそうだなと思う。


「……蓮くんのこともあるし」

「……」

「それにね、その、いなくなっちゃった子、蓮くんと仲がよかったらしいの」

「それは……健吾が蓮くんと仲がいいから、その子もイジメたって言いたいのか?」

「……」


 妻も口にはしないが、どこか健吾ならやりかねないと思っているようだった。


 もし、仮に妻が言うことが本当だったとしたら大問題だ。

 もしかするとあれは事故ではなく、イジメによる自殺だった可能性も出てくる。

 それなら早急に手を打たなければならない。


 だが、杉浦は今、面倒ごとで時間を使いたくない。

 なぜなら、美弥子と会う時間が削られてしまうからだ。


「健吾を信じてやれ。そんなことをする子じゃない」

「そ、そうよね」


 妻はすまなそうな表情をして、リビングへと戻って行く。


(頼むから問題なんて起こさないでくれよ)


 そう思いながら、残りの夕食を掻き込んだのだった。



 ***



「杉浦さん、ヤバいですよ」


 次の日の昼に自席で弁当を食べているときに、部下の田中が顔をしかめてやってきた。


「なんだ? またミスでもしたのか?」

「……知らないんですか? 噂の件」


 杉浦は息子の件が、関係のない職場にまで流れているのかと思い、面倒くさそうにため息を吐く。


「息子はイジメなんかする子じゃない。誤解さ」

「……そうじゃなくて、杉浦さん自身の話ですよ」

「俺の?」

「会ってますよね? 女の人と」


 心臓が飛び出しそうなほど、驚いた。

 一気に心拍数が上がる。


「な、なに言ってるんだよ。そんなわけないだろ」

「鳳髄の家の人の、あの色っぽい母親の」


 杉浦は思わず生唾を飲み込む。

 なぜ、そんなことまでバレているのか。

 いや、それよりもどこまでバレているのかだ。


「鳳髄の家の子供が事故に遭ったとき、一緒にいたんですよね? 母親と」


 杉浦は少しだけホッとした。

 そこまでならまだ誤魔化せると。


「集会所に行くときに偶然に会っただけだよ。それで一緒に探してたんだ」

「そ、それならいいんですけど……」


 田中はまだ疑っているようだが、ここは押し通すしかない。


 そして、残念だがしばらくは美弥子と会うのは控えようと考えた時だった。

 携帯に受信があり、メールを開いた田中が絶句した。


「どうした?」

「終わりましたね、杉浦さん」


 そう言って田中が見せてきたのは、腕を組んで離れに入って行く杉浦の写真だった。


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