21時。
杉浦は鼻歌交じりでドアを開け、家へと入る。
「ただいまー」
リビングに行くと健吾はテレビゲームをしていて、妻が雑誌を読んでいる。
「飯は?」
杉浦がそう尋ねると、やっと雑誌から視線を上げた。
「テーブルに乗ってる」
「温めてくれよ」
「自分でやってよ、レンジに入れるだけなんだから」
レンジに入れるだけならやってくれよと思う杉浦だったが、言い争いをして今の気分を台無しにしたくなかった。
「わかったよ」
杉浦は着替えてからテーブルの上の夕食をレンジで温め、一人で黙々と食べる。
すると妻がキッチンの方へやってきた。
お茶でも淹れてくれるのかと思ったが、ビールを取りに来ただけだった。
冷蔵庫からビールを取り出し、杉浦の正面に座る。
「最近、なんか変ね」
妻の言葉にドキリとする杉浦。
「2日間、帰りが遅かっただけだろ。最近は忙しいから残業だったんだよ」
「残業ね。この時期に珍しいわね」
「仕事のミスも重なってな。色々あるんだよ」
変に詳しく言うと綻びが出る。
そもそも杉浦は嘘が上手いタイプではない。
だから、あまり話さないのが得策だと思ったのだ。
実際、杉浦は残業で遅くなったわけではなく、会社を定時であがっている。
その後は美弥子が見つけたという、Keepで送られた写真の場所に直行した。
そこは鳳髄家が買い取った家の、離れだった。
不倫相手の家はさすがにマズイのではと思ったが、「かえってこういう場所の方がバレないものよ」と笑っていた。
確かに村の中では誰に見られるかわからない。
ここなら人にバレる心配もないだろうと思った。
そうして2日連続で仕事帰りに美弥子に会ってきたというわけだ。
「そういえば聞いた?」
「なにがだ?」
「健吾の同級生の子、いなくなっちゃったんだって」
妻の方から話題を逸らしてくれたので、安堵する杉浦。
「同級生の子って、蓮くんか?」
「ううん。西山って子」
「どうせ、家出とかだろ」
「それならいいんだけど……」
「……どうしたんだ? なんかあるのか?」
妻が珍しくひっ迫した表情をしている。
あまり興味はなかったが、冷たいと言われるのも嫌なので話を促す。
「ほら、この前、事件があったばかりでしょ?」
「鳳髄さんの家の子供のことだろ? あれは事件じゃなくて事故だったって聞いたぞ」
「そうなんだけど……」
妻がチラリとリビングの方を見て、声を抑え気味にして話を続ける。
「あのね。祥太郎くんなんだけど、クラスで嫌われてたらしいの」
「健吾がそんなこと言ってたな」
「……それが、その、健吾が先導してたんじゃないかって噂なの」
「先導って……イジメのか?」
妻がコクリと頷いた。
「まさか。健吾がそんなことするわけないさ」
杉浦は自分で言っておきながら、心の中ではどこかやりそうだなと思う。
「……蓮くんのこともあるし」
「……」
「それにね、その、いなくなっちゃった子、蓮くんと仲がよかったらしいの」
「それは……健吾が蓮くんと仲がいいから、その子もイジメたって言いたいのか?」
「……」
妻も口にはしないが、どこか健吾ならやりかねないと思っているようだった。
もし、仮に妻が言うことが本当だったとしたら大問題だ。
もしかするとあれは事故ではなく、イジメによる自殺だった可能性も出てくる。
それなら早急に手を打たなければならない。
だが、杉浦は今、面倒ごとで時間を使いたくない。
なぜなら、美弥子と会う時間が削られてしまうからだ。
「健吾を信じてやれ。そんなことをする子じゃない」
「そ、そうよね」
妻はすまなそうな表情をして、リビングへと戻って行く。
(頼むから問題なんて起こさないでくれよ)
そう思いながら、残りの夕食を掻き込んだのだった。
***
「杉浦さん、ヤバいですよ」
次の日の昼に自席で弁当を食べているときに、部下の田中が顔をしかめてやってきた。
「なんだ? またミスでもしたのか?」
「……知らないんですか? 噂の件」
杉浦は息子の件が、関係のない職場にまで流れているのかと思い、面倒くさそうにため息を吐く。
「息子はイジメなんかする子じゃない。誤解さ」
「……そうじゃなくて、杉浦さん自身の話ですよ」
「俺の?」
「会ってますよね? 女の人と」
心臓が飛び出しそうなほど、驚いた。
一気に心拍数が上がる。
「な、なに言ってるんだよ。そんなわけないだろ」
「鳳髄の家の人の、あの色っぽい母親の」
杉浦は思わず生唾を飲み込む。
なぜ、そんなことまでバレているのか。
いや、それよりもどこまでバレているのかだ。
「鳳髄の家の子供が事故に遭ったとき、一緒にいたんですよね? 母親と」
杉浦は少しだけホッとした。
そこまでならまだ誤魔化せると。
「集会所に行くときに偶然に会っただけだよ。それで一緒に探してたんだ」
「そ、それならいいんですけど……」
田中はまだ疑っているようだが、ここは押し通すしかない。
そして、残念だがしばらくは美弥子と会うのは控えようと考えた時だった。
携帯に受信があり、メールを開いた田中が絶句した。
「どうした?」
「終わりましたね、杉浦さん」
そう言って田中が見せてきたのは、腕を組んで離れに入って行く杉浦の写真だった。