10月の20時にもなると、肌寒くなってくる。
(そろそろ薄手のコートでも出すか)
そう考えた時に、氷室はふと、家にコートがあるか心配になった。
引っ越しの際に身軽にするために服をはじめ、持ち物を最低限にした。
そのときに捨ててしまった可能性が高い。
そして、去年はほとんど家から出なかったため、秋用のコートは着なかったはずだ。
(なかったら買うか)
これからは頻繁に外に出ることになる。
下手を――いや、上手くいけば外で一晩を明かすことも出てくるかもしれない。
それなら早めに買っておいた方がいいだろう。
とりあえず、帰ったらすぐにクローゼットを見てみようと考えていると声をかけられる。
「氷室さん!」
顔をあげると若菜が氷室に向かって手を振っていた。
氷室の家のドアの前に立っていることから、帰りを待っていたのだろう。
「今日は来なくていいって言っただろ」
「でも、気になるじゃないですか! で、どうでした?」
「……それより、なんで外で待ってるんだ? 合鍵があるんだから、中で待っていればいいだろ」
「さすがにそれは悪いかなって思いまして」
「気にしなくていい。今更、見られてマズいものもない」
「じゃあ、次からは中で待ってます」
「ああ、そうしてくれ。家の外で待たれると目立つからな」
若菜が不思議そうな顔をして首を傾げる。
「目立っちゃダメなんですか?」
「ダメに決まってるだろ。若い女が不審な男の家の前に立ってるなんて変な噂が流れたらどうする?」
「んー、何か困ります?」
「変に勘繰られたらどうするんだ」
「え? ……ああ。それは大丈夫ですよ。私も氷室さんも独身ですから問題ありません」
「余計、問題だろ」
「そうなんですか?」
「……もういい。とにかく入れ。風邪をひかれても困る」
「はーい」
若菜がポケットから合鍵を出して鍵を開け、中に入って行く。
その様子を見ながら氷室はため息をつき、辺りを見渡す。
幸い、人影はない。
(こんなところを見られたら、一気に噂になりそうだな)
そして、氷室も家へと入っていった。
***
「今日も収穫なし……ですか」
若菜が肩を落として、残念そうにため息を吐いた。
「だから言っただろ。そうそう進展なんてないって」
「それはそうですけど……」
昨日、氷室は若菜や蓮と一緒に綫里に行って、聞き込み調査をした。
だが、これといった情報を得ることはできなかった。
3人で得られなかったのに、今日は氷室一人だけの調査で目を見張るような進展があるわけがない。
「役所はどうだ? 何か情報は入って来てないのか?」
「そうですね……。結翔くんのお母さんが捜索願を出したくらいしか」
「子供の失踪なら、それなりに力を入れるかもしれないな」
ただ、小学六年生という年齢をどう見るかだろう。
しかも自分でバスに乗って村を出ている。
誘拐よりも家出と見られる可能性は高い。
「……西山は警察に任せるか」
「え? 氷室さんは捜索を止めちゃうんですか?」
「人探しは人数がものをいう。警察が探すなら、そっちの方が効率はいいだろ」
「でも……いいんですか? 蓮くんが悲しむと思いますけど」
「知らん。そもそも、西山が鳳髄家と何か関係があるかもわからないんだからな」
だが、氷室はおそらくは関係があると睨んでいる。
しかしどう関わっているかがわからない。
それは蓮が隠している情報がキーになっているはずだ。
氷室は昨日、それを蓮から聞き出そうとしたが、頑なに話そうとはしなかった。
「そうですね……。人探しは警察に任せましょう。蓮くんには私が言っておきます」
「ああ。頼……」
そこで氷室は違和感に気付く。
今日の朝、蓮は氷室の家に来ていない。
氷室が出かけている間に来たかもしれないが、そうだとしたら若菜のように待っているはず。
「どうしたんですか?」
「明日、蓮の学校に連絡してみてくれないか? あいつ、もしかしたら一人で探し回ってるかもしれん」
「……わかりました。ただ、そこまで心配することはないと思います」
「なぜだ?」
「蓮くん、バス代ないと思います」
「ああ……。なるほど」
確かに蓮は小学6年生だ。
小遣いをもらっていたとしても、何度もバスで往復するほどの金額はないだろう。
昨日も氷室が蓮の分の交通費を出している。
そうなると、蓮は一人で探すには手詰まりになるはずである。
さらに氷室が手を引くとなれば、慌てるだろう。
(隠している情報を聞き出せそうだな)
「やっぱり、蓮のことは俺がやる」
「え? わかりました。お願いします」
氷室は朝一に蓮に会いに行くことにする。
いくらなんでも、家に帰らずに探していることはないだろう。
ただ、唯一心配なのが、学校をサボったことで両親の怒りを買い、監禁状態になっていないかだ。
(そうなるとかなり面倒だな)
そうなっていないことを祈りながらも、そうなっている予感がしてため息をつく氷室であった。