16日未明、住宅が全焼する火事があり焼け跡から3人の遺体が見つかりました。
遺体は、この家に住む、会社員の杉浦宗吾さん(46)、主婦の杉浦正美さん(44)、息子の杉浦健吾さん(12)であると判明しました。
杉浦正美さんと杉浦健吾さんの遺体の腹部には刺し傷があり、この傷が致命傷だったことと、杉浦宗吾さんの体からガソリンが検出されたことから、警察は無理心中した可能性があると調査を進めています。
氷室は若菜から渡された新聞を畳んで、テーブルに置いた。
「これがどうかしたのか?」
朝一から蓮の家に行こうと準備をしていたところ、若菜が新聞を持ってやってきたのである。
とりあえず読んでほしいと言われて読んでみたが、なぜ、急いでまで持ってきたのかの意図がわからない。
無理心中とは穏やかではないが、氷室にとっては全く興味がない事件だ。
それに若菜がゴシップを楽しんでいるとも思えない。
「亡くなった杉浦宗吾さんなんですが、どうやら不倫をしていたみたいなんです」
「それはまた、リスクの高いことをしたな」
この村では隠すことも難しいだろうし、バレれば村にはいられなくなるだろう。
おそらく若菜が知っているということからも、不倫のことはすでに村中に伝わっていると考えて間違いない。
そのことで切羽詰まって無理心中であれば、筋は通っている。
益々、氷室には興味のない話だ。
「まあ、この村ではそんなゴシップは珍しいと思うが……」
「相手が鳳髄美弥子さんだったらしいんです」
「!?」
若菜のその一言で、一気に氷室の中の興味が増大する。
確かに朝一で、急いで持ってくるほどの事件だ。
「詳しく聞かせてくれ」
若菜は頷いてからスマホを取り出し、写真を表示させて氷室に見せる。
そこには腕を組んだ杉浦と美弥子の、仲睦まじい姿が映し出されていた。
「昨日のお昼ごろ、村の中でこの写真が出回ったんです」
「出回ったというと?」
「拡散されたと言った方が正しいかもしれません。人から人に、まるで噂が流れるかのようにこの写真が送信されたようです。私も、職場の人から送られてきました」
「情報源がわからない、ということか」
「はい」
この手のゴシップに関心を持つ人間は多い。
この村のように閉鎖されて刺激のない生活をしている住人にとっては余計に。
なので、誰か一人にさえ送れば瞬く間に拡散されることは容易にわかる。
では、なぜ、この写真を撮った人間は村に拡散させたのか。
本人に見せれば、どんな高額な金額でも払うだろう。
だがあえて強請をせずに拡散させたと目的は――。
「……私怨か」
「たぶん、そうじゃないかと」
まさしく、破滅させるのに十分すぎるほどの一枚。
出回れば少なくても社会的地位を失う。
実際、杉浦は死を選んでいる。
「狙いは、杉浦か美弥子か……」
「でも、鳳髄さんは村に来て1週間ほどですよ? 恨みを買うほどの時間がないと思うんですが」
「言い寄って袖にされたという可能性もあるんじゃないか? 恨みなんてものに時間なんて関係ないさ」
「ただ、鳳髄さんが既婚者だということは村の人なら知っています。不倫するリスクだって同様に」
「……確かにな」
この写真を撮ったということは、ずっと美弥子に張り付いていたということになる。
そこまでの執念を持っているということは、逆にいうとそれほど入れ込んでいたということだ。
それほど入れ込むほどの時間と考えると、確かに若菜の言う通り、1週間では短いような気もしてくる。
「ただ、そうなると新たな疑問が出てくる」
「なんですか?」
「バレるのが早過ぎないか?」
「え?」
「仮に美弥子がこの村に来た日から杉浦との関係が始まったとして、まだ1週間。本人たちだってまだ気を付けていたはずだ」
「それは……常に杉浦さんを監視していた、とか?」
「それで村にやってきたばかりの美弥子と不倫しているのを見つける……出来すぎな気がするな」
「そう言われると……確かにそうですね」
何もかもが異様すぎる。
1週間の間で、鳳髄祥太郎の死、西山結翔の失踪、そして、美弥子の不倫相手の自殺。
鳳髄家に関わった人間に、立て続けにこんなことが起こるのは果たして偶然なんだろうか。
そして氷室はある疑惑に行きつく。
「写真をばら撒いたのは――美弥子」
「……なんで、そんなことをする必要があるんですか?」
「理由はわからない。ただ、最初から美弥子が計画していたとするなら、この異様な早さにも説明がつく」
妻子をもつ杉浦が、村に引っ越してきたばかりの美弥子に積極的に言い寄る可能性は低いはずだ。
仮に杉浦から言い寄ったとしても、1週間で不倫関係になるのは早い。
だが、美弥子から言い寄れば、男の方は意外と簡単に落ちる。
気を付けていてもあっさりと引っかかるのがハニートラップだ。
「よし、杉浦を調べよう」
「鳳髄さんじゃないんですか?」
「美弥子からはおそらく何も出ない。というより、会ってもくれないだろう。なら、杉浦から調べた方が早い」
「わかりました。それなら……」
そのときだった。
不意にインターフォンの音が響き渡る。