目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第37話 10月16日:氷室 響也

「どうして結翔を探しに行かないの?」


 タクシーでの移動中、蓮が不満そうに氷室に聞いてくる。


「前にも言ったが、西山の件は警察が動いてくれる可能性が高い」

「でも、一人でも多い方がいいんじゃない?」

「闇雲に、あの広い町の中で子供一人を探し出すなんて3人じゃほぼ不可能だ。数年かかる。それはこの前やってみてわかっただろ?」

「……う、うん」

「そういう探し方は警察みたいに大人数で、しらみつぶしにやっていく方がいいんだ」

「……」

「だから俺たちは少人数ならではの探し方をする」

「え?」

「適当に探すんじゃなくて、西山がどこに向かったかを調べる。行き先が分かれば探し出すのは簡単だ」

「う、うん!」


 氷室の説得に、さっきまで沈んだ顔をしていた蓮が目を輝かせて頷いた。

 すると、助手席に座っている若菜がクスッと笑う。


「優しいんですね」

「本当のことだ」


 蓮が隠していたことを聞き、西山が祥太郎の死に関係あるのはほぼ間違いがない。

 だが、その情報を聞くために行方不明の西山を探すのは効率が悪い。

 なので西山の件は警察に任せたかった。


 それに調べたいのは西山のことだけではない。

 村の中で得たい情報はまだまだあるのだ。


 だから蓮の要望を煙に巻いた。

 若菜はそのことをわかっている。

 そのことを言うのでもなく、頭ごなしに否定するでもなく、西山を探していると強調することで蓮を納得させたことを優しいと言ったのだろう。


 正直、蓮からはこれ以上得られる情報もなく、足手まといなので追い返すこともできる。

 だが、あえてそうしなかったのは蓮の思いの強さである。

 なんとしてでも西山を見つけるという強い意思。

 それは思いがけない方向に事態を動かすことがある。

 それを少なからず期待したからだ。


 そんなことを考えているうちに、タクシーは目的地の病院へと到着した。



 ***



 当初は情報を得られる可能性が低かったため、病院に来るのは後回しにしていた。

 だが、闇雲に情報を得ようとしても、要領を得ない。

 なのでダメ元でも、その場に行き、聞き込みをするという方針に変えたのだ。


(とはいえ、どうやって聞き出すか……)


 氷室は警察ではない。

 それに閉鎖された村というコミュニティでは、よそ者に重要な情報は漏らさない。

 さらに村の中を嗅ぎまわっているという噂が立てば、この先、情報を得辛くなっていく。

 なので、聞き込みは慎重に行わなければならない。


「これが祥太郎くんの遺体の死体ね」


 氷室の心配は完全に杞憂だった。

 祥太郎の死亡診断書を出した医師に話を聞きたいと言ったら、向こうから写真を出してきてくれたのだ。


「いいんですか……? 私たち、警察でもないのに……」


 若菜が恐る恐る聞くと、写真を出した釜山という医師は「いいのいいの」と軽い雰囲気でそう言った。


 釜山はこの村にある唯一の病院の院長の息子だ。

 35歳という若さながらも、院長がほぼ引退してしまったので一人で村の患者を診ている。


「正直、あの一家のやり方はどうかと思ってるんだ。村に入って来ておいて、馴染もうとしないなんて。なら、最初から来なければいいのに」


 釜山は根っからの村の人間という感じだ。

 村への同調が強い分、村に対して否定的な人間が許せないのだろう。


「村長も村長だよ。いくら貰ったか知らないけどさ、村の人間を奴隷のように扱うなんて、信じられないよ」


 半分愚痴になっている。

 よほど、溜め込んでいるのだろう。

 氷室は苦笑いを浮かべながら、肯定するように頷く。


「もしかして、釜山さんもあの夜、駆り出されたんですか?」

「そうなんだよ。こっちは久しぶりの休みで、酒飲んでたのにさ。いきなり山狩りだもん」


 肩をすくめて、口を尖らせている。

 いつもは人を顎で使っている釜山にとって、命令されることは癪に障ったのだろう。


「で、見つけたら見つけたで、すぐに死亡診断書出せ、でしょ? イカレてんのかって思ったよ」

「はは。私もそう思いましたよ」


 氷室はあの夜のことを思い出す。

 あの場で、唯一悲しむことができたはずの、父親。

 それが涙どころか動揺一つ見せなかったのだ。


「なんだかんだ言って、ずっと重荷だったんだろうね。我が子とはいえ、障がい持ちを育てるのは」

「……障がい持ち? なんのことです?」


 初めて聞く情報に、氷室が反応する。

 すると釜山は机の引き出しから新たに、一枚の写真を出して見せてくれる。


「これ、背中の写真ね。ほら、見て。背骨に沿って、真っすぐ伸びた傷があるでしょ?」


 釜山が写真の指差す。

 確かに言う通り、真っすぐに伸びた古傷があった。


「どういう事故だった知らないけど、こんな傷が残るくらいだから、障がいはあったと思うよ」


 消して幅は広くないが、首の根元から尻の上部までに伸びた傷がくっきりと残っている。


「体を動かすのもままならなかったんじゃないかな。車椅子じゃなかったことが奇跡的なんじゃないかな」

「そういえば、祥太郎、ずっと体育休んでた。だから秘密基地に来るのも嫌だって」


 さっきまで写真を見せてとせがんでいた蓮が思い出したかのようにそう言った。


(障がいを持っている祥太郎をわざわざ山で殺したのか?)


 得られた新しいピースはハマるどころか、歪な形で返って氷室を混乱させるのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?