「写真、貰っていってもいいですか?」
「ちょ、ちょっと氷室さん、それはさすがに……」
若菜がいくらなんでも非常識といった感じで氷室を止めようとする。
だが、釜山は笑って「どうぞ」と言ってくれた。
「あの父親が、なんか早く子供の遺体を処分したがってたから、なにかあるかなって思って撮っただけだからね。警察にでも渡そうかと思ってたけど、全然来ないしさ」
「……ありがたく、いただいていきます」
「どうぞどうぞ」
蓮が「見せて」とせがむのを拒否し、氷室は写真を内ポケットに仕舞う。
「……遺体の写真なんでどうするんですか?」
若菜が小声で耳打ちしてきたので「ないよりはマシだ」と返す。
西山の写真は蓮の家にあったが、村に来たばかりの祥太郎の写真を持っているのは、鳳髄家の人間くらいだろう。
実際、祥太郎の写真を持っていなかった氷室にとっては聞き込みの際に役立つ。
ここで手に入ったのは大きい。
氷室は釜山に礼を言って、病院を後にする。
そして再び、タクシーを探す。
ちょうど通りかかったので、手を上げる。
「今度はどこに行くんですか?」
「警察だ」
タクシーが停まり、乗り込む氷室たち。
(警察では聞きたいことが多い)
駐在所も、氷室は今まで避けていた。
だが、案外、病院と同じように話が聞けるかもしれない。
警察は病院よりも、鳳髄家からの圧力は高いだろう。
そうなれば不満を持っている可能性が高いと氷室は考える。
最初から諦めずに、もっと早めに来ればよかったと思う氷室だったが、またも思惑が外れた。
今度は悪い方向で。
駐在している警察官は2人とも、鳳髄家については話そうとしなかった。
わかったことと言えば「口止めをされている」ことだけだ。
確かに鳳髄家に不満を持っていそうだったが、村の意向には逆らえないようだった。
村の中にいる2人だけの警察官。
ここでは司法よりも、村のルールの方が優先されてしまうのだろう。
もし情報を漏らせば、誰がしゃべったかなんてすぐにバレてしまう。
そう考えれば、いくらヘイトが溜まっていたとしても、おいそれと話せるわけがないのだろう。
聞き出すとするなら、個人的に接触する方がそさそうだが、それでも聞き出すことは難しいだろうと氷室は思った。
駐在所から出る頃には、空は暗くなり始めている。
「蓮はそろそろ帰った方がいいな」
「えー、なんで!? 俺、大丈夫だよ」
「ダメだ。両親に心配はかけさせられない」
「……でも」
「それより、蓮くん。学校、大丈夫なの?」
若菜のその言葉で氷室は確かにと思う。
普通に調査に連れ出していたが、学校を休ませているのだ。
「それは大丈夫」
「本当か?」
「うん。お母さんにも、先生にもオッケー貰ってる」
雰囲気から嘘は言ってないように思える。
だが、氷室は、親が簡単に学校を休むことを了承するだろうかと訝しむ。
「お母さんと結翔のおばさん、仲いいから……」
蓮の言葉で氷室は納得する。
西山の母親は、息子が失踪したことで気落ちしているのだろう。
蓮の母親が痛ましく感じるほどに。
そんな中、自分の子供が、西山を探すと言っているのだから、それを止めるのは気が引けたんだろう。
おそらく蓮の母親も、西山のことを心配している。
その流れで、蓮の母親が担任を説得したのだろうと想像がつく。
「学校のことはわかった。だが、今日はもう帰れ」
「え? そんな……」
「大丈夫だ。俺たちはこの後も探す。お前はまた、明日の朝、うちに来い。捜査に連れて行ってやる」
「わかった」
渋々と言った感じだが、蓮は納得して、家へと帰って行った。
「私たちはどうします?」
時間は17時過ぎ。
これから仕事場に行ったところで、話は聞けないだろう。
だが、この時間からこその情報収集法がある。
「ちょっと付き合って欲しいところがある」
***
19時過ぎ。
氷室と若菜は騒々しい居酒屋に来ていた。
あの後、一度、杉浦の職場の前まで行き、社員が退社してくるのを待つ。
そして、飲み屋街の方へと歩く社員の後をつける。
居酒屋に入ったのを確認し、氷室たちも後からその居酒屋に入ったというわけだ。
相手がほどほどに酔ったところで話しかける。
酒が入れば、相手は口が軽くなり、知っていることを話してくれた。
杉浦は真面目な人間で、社内でもそこそこ人望があったらしい。
特に人間関係には細心の注意を払っていたらしく、新人や部下の女にも手を出そうともしなかったそうだ。
だから、杉浦が不倫したと聞いたときは信じられなかったのだという。
かと言って、突出して仕事ができるわけでもなかった。
つまり、杉浦を恨むような人間はいなかったということがわかる。
(美弥子の方が接触してきた可能性が高いな)
だが、その目的が全くわからない。
しかし、これは鳳髄家が仕組んだ計画であると、氷室は確信するのだった。