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第41話 10月17日:氷室 響也

 早朝。

 氷室は激しいドアのノック音で目を覚ました。


「探偵さん、開けて!」


 ドアの向こうから蓮の声が聞こえてくる。

 昨日の今日で、若菜は来ないだろうと油断していたが、蓮がいたんだったと思い出す。

 氷室はゆっくりとソファーから起き上がり、玄関へ向かう。


 体が重い。

 昨日は久しぶりに酒を飲んだからだろう。

 二日酔いのせいか、僅かに頭痛もする。


(若菜に起こされてた頃を思い出すな)


 眠るために酒を飲み、ただただ時間が過ぎるのを待っていた。

 そんなだらけ切った生活を、若菜に面倒を見て貰っていた。


(今考えると、最低だな)


 今さらのように反省してみるが、意味がないことは氷室自身がわかっている。

 今の事件を調べている間は、昨日のようなことがなければ飲まないだろうし、事件が解決すれば、またあの生活に戻る。

 そうなるのが火を見るよりも明らかだからだ。


「さ、捜査に行こうよ!」


 ドアを開けると、元気というより気合が入った表情をしている蓮が立っている。


「すまん、蓮。今日は学校に行ってくれ」

「なんでだよ!」


 昨日は捜査に連れて行ってやると言った手前、氷室も悪いと思っている。


「今日行くところはデリケートなんだ」

「デリケート? ……ってなに?」

「亡くなった人の親族のところだ。子供を連れていける雰囲気じゃないんだ。特にお前みたいな元気なヤツはな」

「……静かにしてるよ」

「子供を連れて行くこと自体が場違いなんだ。杉浦にはお前と同じくらいの子供もいたしな」

「あっ! ……健吾」


 蓮が顔をしかめる。

 それは同級生の死を悼むものではなく、完全な嫌悪感だ。


(蓮は学校では軽いイジメに遭ってたんだったな。この雰囲気からするとイジメに関わってた奴だったということか)


「わかった。今日は探偵さんにはついて行かないよ」

「助かる。じゃあ、今日は学校に行ってくれるな?」

「行かない」

「おい、俺の話を聞いてたか?」

「探偵さん、お金頂戴」

「話を聞け」

「綫里に行ってくる」

「……」


 なるほど、と氷室はため息をつく。

 捜査には着いてこないが、一人で西山を探しに行きたいということだ。


 氷室はどうするか考える。

 子供一人で行かせるのは心もとない。

 だが、今日の予定を潰してまで蓮に付き合っても意味がない。

 かと言って、蓮を説得して学校に行かせるのも骨が折れし、そもそも説得できる気がしない。


「わかった。その代わり……」


 氷室は内ポケットから携帯を出して、蓮に渡す。

 何かあったときのために、念のため、もう一台携帯を契約しておいたのだ。


「これを持って行け。あと、2時間置きに連絡しろ。絶対にだ」

「うん。わかった」

「それと、もし西山を見つけたとしても、声をかけるな。俺に連絡しろ」

「なんで?」

「いいから!」


 氷室自身、なんでそんなことを言ったのかわからない。

 ただ、異常なことが起きている今、安易な行動は命取りになると肌で感じている。

 いわゆる『探偵の勘』というものだ。


(俺の勘だから宛てにはならないが)


 氷室は蓮に交通費を渡し、まずは杉浦の実家へと向かった。



 ***



 杉浦の実家に着いたとき、家の前には引っ越し業者のトラックが停まっていた。

 慌てて覗き込むと、引っ越し業者が家具を運んでいる。

 そして、老夫婦が業者に対して、色々と指示をお願いしていた。


(村から出て行くつもりか)


 考えてみれば当然だろう。

 一人息子が不倫をし、さらに無理心中で妻と子供を殺しているのだ。

 しかも、そのことを知らない村人を探す方が大変なくらい、既に情報が行き渡っている。


 氷室は町の刑事だと嘘を言って、話す機会を作る。

 相手は村から出て行くのだから、嘘を付いても問題ないと計算したのだ。


「……普通なのが取り柄の子だったんですけどね」


 杉浦の母親が虚ろな表情をしながらそう言った。


「不倫なんて馬鹿なことを……。ううん、それより何も健吾たちまで殺すなんて……」


 息子と孫を同時に失った。

 しかも、孫を殺したのが息子なのだから、ショックはかなり大きいはずだ。


 当然、杉浦の葬儀はしないとのことだった。

 既に死体の処理は警察に任せてしまったらしい。


「墓にも入れられやせんわ、あの馬鹿」


 杉浦の父親がそう吐き捨てる。

 母親とは違い、ショックよりも怒りの方が勝っているようだ。


「まあ、儂らも入れんのだがね」


 そう言って自虐的に笑う。


 取り返しのつかないことをした。

 その通りだ。

 不倫がバレればこうなることは、杉浦自身だってわかっていたはず。


 それなのによりにもよって、無理心中だ。

 親族全員が村にいられなくなる。


(――待てよ?)


 氷室はそこで引っかかりを覚えた。


(杉浦はなぜ、家族を殺す必要があったんだ?)


 不倫がバレれば村にはいられないのはわかる。

 それならば、単に村を出ればいいだけなのではないか?


 親族たちは多少は居づらくはなるが、村を出て行くことにまではならなかったのではないかと思う。


(そうまでして、家族を殺し、自分も死ぬ必要があった……?)


 氷室は少しだけ事件の核心に近付いた気がした。

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