ベッドに若菜を寝かせ、氷室はリビングへと戻る。
時計を見ると既に日付を越していた。
(やっぱり、家に寄らせなければよかったな)
ソファーに腰掛けながら、大きくため息を吐く。
通夜の後、帰ろうとした氷室に、若菜は「作戦会議をしましょう」と言って家に押しかけてきたのだ。
明日は休みとのことで許したが、家に来た早々に飲み始めて、そして速攻で潰れてしまった。
ここ数日は色々なことがあり、疲れていたのだろうと思う。
つい、先日も飲んだばかりだが、美味しそうに酒を飲む若菜を止めることができなかった。
(あらぬ噂が立たなければいいが)
そう願うが、無理だろうと思う。
この半月、氷室は若菜とほとんど一緒にいた。
会わない日がなかったくらいだ。
そして一緒に捜査のために出かけてもいる。
それで噂好きの村の中で、噂が立たないわけがない。
(だとしても、別に不倫してるわけじゃないしな。怪訝な目をされることはあっても問題にはならないはずだ)
それに若菜は元々、村の人間ではない。
あと数年もすれば、元の部署に戻っていくはずだ。
それまでは居心地が悪い思いをするかもしれないが、それは自業自得だとすることにした。
氷室はソファーに寄りかかりながら、すぐに葬儀の場でのことを考え始める。
美弥子はなぜ、あの場所に来たのか。
葬儀になんて来れば、すぐに追い出されることは美弥子にだってわかっていたはずだ。
(恨みを買うため……)
あえて、ヘイトを集めるために来たのだとすれば、かなり効果的だ。
あれで村の人間全員を敵に回したと言っても過言ではない。
だが、そうだとして、なぜそこまでして恨みを買う必要があるのだろうか。
別にあの場に現れなくても、十分、村人の嫌悪感は買っている。
(襲わせるため……?)
美弥子、もしくは鳳髄家に何かをさせたかったのか。
あそこまで煽れば、よからぬことを考える輩は出てきてもおかしくはない。
――普通であれば。
だが、この村は違う。
この事件自体をなかったことにしようとしている節があった。
それは被害者の親族でもそうだった。
そんな中で、美弥子に危害を加えて蒸し返すようなことはしないだろう。
(それなら、あえて嫌がらせを受けて、村から出て行く理由を作りたかった?)
しかし、氷室はすぐに、そんなわけがないと、その考えを打ち消す。
なぜなら鳳髄家は、この村にいなければならない縛りなんて何もない。
出て行きたければ、勝手に出て行けばいい。
止める人間なんて誰一人いないだろう。
(あえて言えば、俺くらいなものか)
となれば、美弥子の狙いはなんだったのだろうか。
葬儀場でのやりとりを何度も脳内で再生してみるが、どう考えても美弥子のメリットになるようなことない。
やはり、村人全員から恨みを買いたかったとしか思えない。
あの場なら、村人はほぼ全員集まっていたから、あの場に現れるだけで目的は達成できる。
(……いや、待てよ)
そこで氷室はあることに思い当たる。
(あの場にはほぼ、村人全員がいた)
氷室自身も村人を把握するためという意味も含めて、参加したのだ。
「わかったぞ!」
ソファーの背もたれに寄りかかっていた氷室が、身を起こす。
(誰かを探していた)
そう考えれば辻褄が合う。
村の中で、特定の人間を探す場合、かなり骨が折れる。
名前を知っていればさほど難しくはないが、もし、顔だけしか知らない相手だったらどうだろうか?
村人のほぼ全員が集まるあの場なら、簡単に確認ができる。
考えてみれば、美弥子はずっと『参列者』側を見ていた。
(あれは誰かを探していたんじゃないのか?)
そして美弥子はすぐに自ら葬儀場から出て行った。
――余裕の笑みを浮かべて。
(見つけたんだな)
そう考えると、美弥子があの場に来たことの理由に説明がつく。
そして、鳳髄家がこの村に来たのは『その人間を探すため』なのではないかと考えると筋は通る。
(だが、逆に矛盾も出てくる)
なぜ鳳髄家は村人たちとの接触を拒んだのか。
人を探すのだとしたら、逆に積極的に接触する方がいいはずだ。
それに鳳髄家は村長を使い、ある程度村人たちの協力を強制できる。
この村の中の特定の人間を探すなら、村人を使うのが一番だ。
(顔はわかっているが、写真などの他人に見せる物がない……?)
それなら村人は使えない。
……いや、それでもある程度の特徴を言えば、人数は絞れるはずだ。
(それをしないということは、探していることを、村の人間には知られたくなかった?)
秘密裏に探したかった。
ただ、それでも村人たちとの接触を拒む理由には繋がらない。
「意外に難関だな……」
まだまだ点と点が繋がらない。
だが、一つだけ確実にわかったことがある。
それは美弥子が目的の人間を見つけた、ということだ。