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第43話 10月17日:氷室 響也

 ベッドに若菜を寝かせ、氷室はリビングへと戻る。


 時計を見ると既に日付を越していた。


(やっぱり、家に寄らせなければよかったな)


 ソファーに腰掛けながら、大きくため息を吐く。


 通夜の後、帰ろうとした氷室に、若菜は「作戦会議をしましょう」と言って家に押しかけてきたのだ。

 明日は休みとのことで許したが、家に来た早々に飲み始めて、そして速攻で潰れてしまった。


 ここ数日は色々なことがあり、疲れていたのだろうと思う。

 つい、先日も飲んだばかりだが、美味しそうに酒を飲む若菜を止めることができなかった。


(あらぬ噂が立たなければいいが)


 そう願うが、無理だろうと思う。

 この半月、氷室は若菜とほとんど一緒にいた。

 会わない日がなかったくらいだ。


 そして一緒に捜査のために出かけてもいる。


 それで噂好きの村の中で、噂が立たないわけがない。


(だとしても、別に不倫してるわけじゃないしな。怪訝な目をされることはあっても問題にはならないはずだ)


 それに若菜は元々、村の人間ではない。

 あと数年もすれば、元の部署に戻っていくはずだ。

 それまでは居心地が悪い思いをするかもしれないが、それは自業自得だとすることにした。


 氷室はソファーに寄りかかりながら、すぐに葬儀の場でのことを考え始める。


 美弥子はなぜ、あの場所に来たのか。


 葬儀になんて来れば、すぐに追い出されることは美弥子にだってわかっていたはずだ。


(恨みを買うため……)


 あえて、ヘイトを集めるために来たのだとすれば、かなり効果的だ。

 あれで村の人間全員を敵に回したと言っても過言ではない。


 だが、そうだとして、なぜそこまでして恨みを買う必要があるのだろうか。

 別にあの場に現れなくても、十分、村人の嫌悪感は買っている。


(襲わせるため……?)


 美弥子、もしくは鳳髄家に何かをさせたかったのか。

 あそこまで煽れば、よからぬことを考える輩は出てきてもおかしくはない。


 ――普通であれば。


 だが、この村は違う。

 この事件自体をなかったことにしようとしている節があった。

 それは被害者の親族でもそうだった。

 そんな中で、美弥子に危害を加えて蒸し返すようなことはしないだろう。


(それなら、あえて嫌がらせを受けて、村から出て行く理由を作りたかった?)


 しかし、氷室はすぐに、そんなわけがないと、その考えを打ち消す。


 なぜなら鳳髄家は、この村にいなければならない縛りなんて何もない。

 出て行きたければ、勝手に出て行けばいい。

 止める人間なんて誰一人いないだろう。


(あえて言えば、俺くらいなものか)


 となれば、美弥子の狙いはなんだったのだろうか。


 葬儀場でのやりとりを何度も脳内で再生してみるが、どう考えても美弥子のメリットになるようなことない。


 やはり、村人全員から恨みを買いたかったとしか思えない。

 あの場なら、村人はほぼ全員集まっていたから、あの場に現れるだけで目的は達成できる。


(……いや、待てよ)


 そこで氷室はあることに思い当たる。


(あの場にはほぼ、村人全員がいた)


 氷室自身も村人を把握するためという意味も含めて、参加したのだ。


「わかったぞ!」


 ソファーの背もたれに寄りかかっていた氷室が、身を起こす。


(誰かを探していた)


 そう考えれば辻褄が合う。


 村の中で、特定の人間を探す場合、かなり骨が折れる。

 名前を知っていればさほど難しくはないが、もし、顔だけしか知らない相手だったらどうだろうか?


 村人のほぼ全員が集まるあの場なら、簡単に確認ができる。


 考えてみれば、美弥子はずっと『参列者』側を見ていた。


(あれは誰かを探していたんじゃないのか?)


 そして美弥子はすぐに自ら葬儀場から出て行った。

 ――余裕の笑みを浮かべて。


(見つけたんだな)


 そう考えると、美弥子があの場に来たことの理由に説明がつく。


 そして、鳳髄家がこの村に来たのは『その人間を探すため』なのではないかと考えると筋は通る。


(だが、逆に矛盾も出てくる)


 なぜ鳳髄家は村人たちとの接触を拒んだのか。

 人を探すのだとしたら、逆に積極的に接触する方がいいはずだ。


 それに鳳髄家は村長を使い、ある程度村人たちの協力を強制できる。

 この村の中の特定の人間を探すなら、村人を使うのが一番だ。


(顔はわかっているが、写真などの他人に見せる物がない……?)


 それなら村人は使えない。

 ……いや、それでもある程度の特徴を言えば、人数は絞れるはずだ。


(それをしないということは、探していることを、村の人間には知られたくなかった?)


 秘密裏に探したかった。

 ただ、それでも村人たちとの接触を拒む理由には繋がらない。


「意外に難関だな……」


 まだまだ点と点が繋がらない。

 だが、一つだけ確実にわかったことがある。


 それは美弥子が目的の人間を見つけた、ということだ。


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