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第44話 10月18日:鳳髄 美弥子

 駅前にある、お洒落なカフェのテラスで美弥子は紅茶を嗜んでいる。

 通りに視線を移すと、皆、お洒落な格好で歩いていた。


(やっぱり町は違うわね。村のダサい連中とは違うわ。早く、あんな村から出なくっちゃ)


 チラリと手首の腕時計を見ると、時刻は11時10分を指している。


(そろそろかしら)


 そう思っていると、ちょうどバス停にバスが停まる。

 ドアが開き、数人がバスから降りて行く。


 その中に、一際地味な服装をした30代前半の女性が降りてくる。


(ダッサ。けど、まあ、あんな村ならしょうがないわね)


 バスを降りた女性は、辺りを不安そうな表情で見渡している。


 美弥子は笑顔を作り、大きく手を振った。


「明子さん、こっちこっち!」


 明子と呼ばれた女性は美弥子に気付き、ホッとした表情で駆け寄ってきた。



 ***



「うん。やっぱり、似合うじゃない。明子さん、プロポーションがいいんだから、これくらい攻めた格好の方がいいわよ」

「そ、そうですか?」


 町中にあるハイブランド店の試着室で、今まで来たことのないような、大胆ながらも上品な雰囲気の服を着ている明子。

 美弥子に褒められ、鏡で自分の姿を見ながら、まんざらでもなさそうな表情をしている。


「じゃあ、これ、お願い」

「かしこまりました」


 美弥子の隣に立っていたスタッフが会釈をしてスカートの裾上げの寸法を測っている。


 その様子に、明子は顔が真っ青になる。


「あ、あの、鳳髄さん。私、こんなお値段の服、買えないです……」

「なーに言ってるのよ。私の驕りよ、お、ご、り」

「で、でも。そんなの悪いです……」

「あのね、明子さん。これは友情の証なの」

「友情……ですか?」

「そうよ。私はあの村じゃ、爪弾き者。でも明子さんは仲良くしてくれた。そのお礼」

「いえ。声をかけてくれたのは鳳髄さんですから……」

「もう! お願い! ここは私に奢られて! その代わり、これからも仲良くしてほしいの」

「……わ、わかりました」


 明子がコクリと頷くと、美弥子は満足そうに笑った。


「よし、それじゃ、あと2、3着、いってみようか」

「ええ! それはさすがにダメですよ!」

「いいのいいの。明子さんは私と同じ体型だから、自分を着せ替えしてるみたいで楽しいのよ」

「で、でも……」

「はいはい。今日は諦めて、私の着せ替え人形になってね。友達でしょ?」

「わ、わかりました……」


 照れ笑いする明子は実年齢よりも若く見え、美弥子は可愛らしいと思った。


(ふふ。やっぱり、私の見る目は確かだったようね)



 ***



 高級なドレスに身を包んでいる美弥子と明子。

 雰囲気のある高級なバーのカウンターに並んで座っている。


「今日は付き合ってくれてありがと」


 美弥子がカクテルが入ったグラスを明子に向ける。


「こちらこそ、ありがとうございました。楽しかったです」


 明子もカクテルグラスを持つ。

 美弥子が軽くグラスを当てて、乾杯をする。


 そして明子が一気にカクテルを飲み干す。


「これ……凄い美味しいですね」

「ギムレット飲んだの、初めて?」

「ギムレットどころか、カクテルを飲んだのも初めてです」

「ええ? ホントに? 普段は何のお酒を飲んでるの?」

「……村では、その……女が外で酒を飲むっていうのは、あんまりよく思われなくて」

「うわー。古いわね」

「そ、そうですよね」


 お酒が入ったからか、明子は今まで溜めてきた、村への鬱憤を話していく。


 明子は村で生まれ、ずっと村から出たことのない、典型的な村の人間だった。

 だが、学生の頃から村の外に興味を持ち、なにかと外の情報を得てきたらしい。

 昔はそれをすること自体、禁止されていたが携帯電話が普及してからは止められなくなり、そのルールは風化したのだという。

 それでも村の風習に染まった人間が多く、まだまだ村の古いしきたりに従っている人間も多い。


 そんな中で明子は浮いた存在だった。

 そのせいか、村八分とまではいかないが、村人たちは何となく明子を避けている。


 美弥子は前日の、葬儀の場で、端の方にポツンと座っている明子を見て、村での立場を察した。

 葬儀の場にいたほとんどの人間が、美弥子に敵意を向ける中、明子だけはどこか、憧れのような目で見ていた。


 美弥子は葬儀場から出た後、建物の陰から様子を見ていて、出てきた明子に声をかけたというわけだった。


 明子も孤独に悩まされていたのだろう。

 美弥子が声をかけると、嫌悪感を抱いた様子もなく、すぐに打ち解けた。


 村の中で会うと、村人から嫌がらせをされる可能性があったため、町に出てきたのだ。


 明子は独身で、親とも離れていて一人暮らし。そして村からは孤立している。


(ホント、条件にピッタリ)


 美弥子は隣で愚痴を言っている明子の体を見て、不気味な笑みを浮かべ、舌なめずりをするのだった。


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