駅前にある、お洒落なカフェのテラスで美弥子は紅茶を嗜んでいる。
通りに視線を移すと、皆、お洒落な格好で歩いていた。
(やっぱり町は違うわね。村のダサい連中とは違うわ。早く、あんな村から出なくっちゃ)
チラリと手首の腕時計を見ると、時刻は11時10分を指している。
(そろそろかしら)
そう思っていると、ちょうどバス停にバスが停まる。
ドアが開き、数人がバスから降りて行く。
その中に、一際地味な服装をした30代前半の女性が降りてくる。
(ダッサ。けど、まあ、あんな村ならしょうがないわね)
バスを降りた女性は、辺りを不安そうな表情で見渡している。
美弥子は笑顔を作り、大きく手を振った。
「明子さん、こっちこっち!」
明子と呼ばれた女性は美弥子に気付き、ホッとした表情で駆け寄ってきた。
***
「うん。やっぱり、似合うじゃない。明子さん、プロポーションがいいんだから、これくらい攻めた格好の方がいいわよ」
「そ、そうですか?」
町中にあるハイブランド店の試着室で、今まで来たことのないような、大胆ながらも上品な雰囲気の服を着ている明子。
美弥子に褒められ、鏡で自分の姿を見ながら、まんざらでもなさそうな表情をしている。
「じゃあ、これ、お願い」
「かしこまりました」
美弥子の隣に立っていたスタッフが会釈をしてスカートの裾上げの寸法を測っている。
その様子に、明子は顔が真っ青になる。
「あ、あの、鳳髄さん。私、こんなお値段の服、買えないです……」
「なーに言ってるのよ。私の驕りよ、お、ご、り」
「で、でも。そんなの悪いです……」
「あのね、明子さん。これは友情の証なの」
「友情……ですか?」
「そうよ。私はあの村じゃ、爪弾き者。でも明子さんは仲良くしてくれた。そのお礼」
「いえ。声をかけてくれたのは鳳髄さんですから……」
「もう! お願い! ここは私に奢られて! その代わり、これからも仲良くしてほしいの」
「……わ、わかりました」
明子がコクリと頷くと、美弥子は満足そうに笑った。
「よし、それじゃ、あと2、3着、いってみようか」
「ええ! それはさすがにダメですよ!」
「いいのいいの。明子さんは私と同じ体型だから、自分を着せ替えしてるみたいで楽しいのよ」
「で、でも……」
「はいはい。今日は諦めて、私の着せ替え人形になってね。友達でしょ?」
「わ、わかりました……」
照れ笑いする明子は実年齢よりも若く見え、美弥子は可愛らしいと思った。
(ふふ。やっぱり、私の見る目は確かだったようね)
***
高級なドレスに身を包んでいる美弥子と明子。
雰囲気のある高級なバーのカウンターに並んで座っている。
「今日は付き合ってくれてありがと」
美弥子がカクテルが入ったグラスを明子に向ける。
「こちらこそ、ありがとうございました。楽しかったです」
明子もカクテルグラスを持つ。
美弥子が軽くグラスを当てて、乾杯をする。
そして明子が一気にカクテルを飲み干す。
「これ……凄い美味しいですね」
「ギムレット飲んだの、初めて?」
「ギムレットどころか、カクテルを飲んだのも初めてです」
「ええ? ホントに? 普段は何のお酒を飲んでるの?」
「……村では、その……女が外で酒を飲むっていうのは、あんまりよく思われなくて」
「うわー。古いわね」
「そ、そうですよね」
お酒が入ったからか、明子は今まで溜めてきた、村への鬱憤を話していく。
明子は村で生まれ、ずっと村から出たことのない、典型的な村の人間だった。
だが、学生の頃から村の外に興味を持ち、なにかと外の情報を得てきたらしい。
昔はそれをすること自体、禁止されていたが携帯電話が普及してからは止められなくなり、そのルールは風化したのだという。
それでも村の風習に染まった人間が多く、まだまだ村の古いしきたりに従っている人間も多い。
そんな中で明子は浮いた存在だった。
そのせいか、村八分とまではいかないが、村人たちは何となく明子を避けている。
美弥子は前日の、葬儀の場で、端の方にポツンと座っている明子を見て、村での立場を察した。
葬儀の場にいたほとんどの人間が、美弥子に敵意を向ける中、明子だけはどこか、憧れのような目で見ていた。
美弥子は葬儀場から出た後、建物の陰から様子を見ていて、出てきた明子に声をかけたというわけだった。
明子も孤独に悩まされていたのだろう。
美弥子が声をかけると、嫌悪感を抱いた様子もなく、すぐに打ち解けた。
村の中で会うと、村人から嫌がらせをされる可能性があったため、町に出てきたのだ。
明子は独身で、親とも離れていて一人暮らし。そして村からは孤立している。
(ホント、条件にピッタリ)
美弥子は隣で愚痴を言っている明子の体を見て、不気味な笑みを浮かべ、舌なめずりをするのだった。