美弥子たちが村へと戻ったのは22時を少し過ぎた頃だった。
1日、ずっと美弥子たちの様子を観察していたが、特に怪しい行動はなかった。
買い物をし、食事をし、酒を飲んで帰っていく。
普通に仲の良い友達と休日を楽しんだ。そんな印象しかない。
村まで帰るタクシーの中で、氷室はため息をついた。
(空振りか)
昨日の夜、美弥子の目的に行き付き、すぐに鳳髄家に向かった。
家の中は既に明かりが消え、寝静まっているように見える。
だからと言って帰るような人間は刑事や探偵に向いていない。
そう見せておき、裏で何かをやるのが『犯罪者』たちの手口だ。
暗がりの中、ひっそりと裏口から出て行くかもしれない。
そんな絶好の機会を取り逃すわけにはいかない。
もちろん、それは考えすぎで何事もないことだってある。
何もないことの方が圧倒的に多い。
だが、逆に隠れて家を出て行けば『当たり』が確定する。
氷室は少し離れた場所から、鳳髄家全体を監視し続ける。
何の動きもない、途方もない無駄な時間。
普通の人間なら、1時間もしないうちに収集力が切れてしまうだろう。
しかし氷室にとっては慣れたことだった。
懐かしいとさえ感じ、その感覚が嬉しくすらある。
ほんの2年前まではこうして、何日も対象を監視していたものだ。
そして氷室には確信に近いものを感じていた。
美弥子は必ず近いうちに動き始める。
それは勘によるものだが、それだけではない。
鳳髄家は行動に起こすのが早い。
それが氷室の印象だった。
祥太郎は村に来てから2日で死んだ。
その次の日には葬式もせずに火葬している。
そして、美弥子は杉浦と不倫をし、その杉浦は家族と無理心中をした。
これが、鳳髄家が村に来てから2週間のうちに起こったことだ。
偶然というには重なり過ぎている。
これは行動に起こすのが早いというより、どこか焦っているようにも感じた。
だからこそ、この数日で動くと予想していた。
ただ、その氷室の予想は微妙に外れる。
結局、美弥子は夜には動かず、朝の9時に玄関から何事もなく出て行き、バスに乗った。
その後をタクシーで追うと、町で降りてカフェに入る。
それから1時間もすると待ち合わせしていた女と合流した。
それからは何事もなく、ただ2人で遊んだだけだった。
2人の様子から、元々友達同士というわけではなく、仲良くなるために遊びに行ったという印象だ。
そもそも、美弥子が村の人間の中に友達がいるとは思えない。
ということは、待ち合わせしていた女が、葬儀場で美弥子が『見つけた』相手という可能性が高い。
しかし、それは断定できない。
もしかすると美弥子が村に来る前から接触していたということも考えられる。
(明日はあの女について調べてみるか)
いくら急いでいるとはいえ、今日の明日であの女に危害を加えるとは思えない。
まだまだ2人の間には壁がある。
何かをするにしても、もう少し仲良くなってからだろう。
危害を加える可能性はゼロではないが、今は美弥子よりもあの女に対して調べる方が先決だと決断したのだった。
***
家に帰ってみると、若菜が食事を作って待っていた。
「ううー。本当にごめんなさい!」
氷室と顔を合わせて、開口一番に謝ってきた。
「……何がだ?」
「寝過ごして、氷室さんを手伝えませんでした」
そんなことか、と氷室は思わず笑ってしまう。
「気にするな。仕事でもないし、そもそも若菜は助手じゃないんだ」
「うわーー! せっかく築き上げてきた助手への信頼度が!」
頭を両手で抑え、苦しむようなポーズを取っている。
「氷室さんには、『そういえば助手じゃなかったんだったな』とか言わせたかったのに!」
どうやら、氷室に助手だと思わせたかったようだ。
「心配するな。若菜への信頼度は高いままだし、いざとなったら正式に助手として雇いたいと思ってるくらいだ」
「いつの間にか、助手ポジションになりたかったのに……」
なにをそんなに助手にこだわるのかはわからないが、氷室にとって、既に若菜はいなくては困る存在になっている。
「若菜。この女を知ってるか?」
氷室は携帯で撮った、美弥子と待ち合わせをしていた女の写真を見せる。
「……えーっと。ああ、藤木さんですね。藤木明子さん」
「さすがだな」
名前がわかったのはかなりデカい。
これで住所もわかるはずだ。
「藤木さんが、どうかしたんですか?」
「美弥子と会ってた」
「え?」
首を傾げる若菜。
「やはり変だと思うか?」
「接点はないと思います……」
「そうか」
となれば、美弥子が葬儀場で見つけたのは藤木だという可能性が高くなった。
「どこで知り合ったんですかね?」
氷室は若菜に、昨日、辿り着いた推理を話していく。