目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第47話 10月22日:氷室 響也

 結論を言うと、氷室が予想した情報を全く得ることはできなかった。


 藤木が村を出ていたという情報が、4日間を費やして調べても全く出てこない。

 高校までずっと村の学校に通っていたし、就職も村の企業に勤めている。


 さらに学生の頃に仲が良かったという人を見つけ、話を聞いてみた。


「村の外に興味はあったみたいだけど、町に出て遊ぶなんてなかったと思うけど」


 藤木は引っ込み思案で人見知りだったらしい。

 友達も多くなく、学生の頃はバイトもしていなかった。


 そのため、そもそも町に出て遊ぶお金がなかった。


 就職してからはそれなりに町に行き、買い物をしていたらしい。

 そして町で買ったこじゃれたお土産を、会社で配っていたがそれが返って顰蹙を買うようになる。

 村なんか古いと言っているようだと受け取られ、社内でも孤立し始めた。


 それからは町へ行く頻度も少なくなり、家で過ごすことも多くなったと本人が言っていたらしい。


 そうなると藤木が村の外で恨みを買うような問題を起こす期間が存在しない。

 ただ、これはあくまで人から聞いた話なので、本当のところは違う可能性はある。


 あとは念のため、この10年の間で、村で起きた事件や事故も調べてみた。

 そのどれもが藤木が関わっているようには思えない。

 なので村の中で何か恨みを買うような問題も起こしていない。


 もし、村の中で何か問題を起こしていれば、そもそも村にいられなくなるだろう。


 さらに藤木はどう考えても、恨みを買うようなタイプじゃない。

 かと言って自分に冷たく当たる周りに対して復讐するタイプでもない。


(突発的に人を殺すことがあった……?)


 だが話を聞く限り、藤木は人を殺して平然と日常を過ごせるような性格ではなさそうだ。

 どちらかというと耐えられなくなって自首しそうな印象を受ける。


 これで藤木と美弥子たち鳳髄家との接点が消えたと言っていいだろう。


「直接、藤木さんから話を聞いてみます?」


 自分で作ったミートスパゲッティを食べる手を止めて、若菜がそう言った。

 仕事終わりにすぐに氷室の家に来る若菜は、晩酌をしないだけでなく晩御飯も作るようになった。

 当然、氷室の分も含めてだ。


 氷室にとっては大助かりなのだが、これでは助手というよりも家政婦だと思うが、もちろん口には出さない。


「いや、調べられてるってことを感付かれたくない」

「……でも、これだけ周りの人たちに話を聞いてるんですから、本人の耳にも入ってるんじゃ……」

「藤木には交流関係のある友人もいないし、社内でも孤立してるんだろ?」

「あ、そっか。そもそも噂を聞くタイミングがないってわけですね」

「おそらくな」


 そして当然ながら、美弥子も村人たちと交流を持っていないので、氷室が藤木のことを探っていることも知らないだろう。


「美弥子が藤木を狙う理由がわからなくなったな……」

「そもそも氷室さんの考えすぎだったのかもしれませんよ?」

「というと?」

「美弥子さんは子供を亡くしてますし、不倫相手も自殺してます。実は精神的にかなり参ってしまってるのかも」

「……うーん」


 人間はそこまで強くない。

 人の死に触れることで、普段は気丈に振舞っていても、裏では精神的に病んでいるなんてことも少なくない。

 美弥子が2つの出来事に関して、全く気にしていないように見えるのは、氷室の願望も入っているのかもしれない。


「祥太郎くんのことも、本当にただの事故かもしれないですし」


 現実は小説より奇なり。

 世の中には嘘のような、奇跡的な偶然も起こり得る。


 全ては氷室の『つまらない毎日』を紛らわしたい願望が作り出した『怪しさ』なのかもしれない。

 現に、氷室が調査を始めてから10日以上経つが、何一つ有効な証拠らしいものを得ていない。


 さらにこれは依頼でもなんでもなく、ただの氷室の趣味だ。

 調査をやめたところで誰からも、何も言われることはない。


 そう考えると、昨日までの気持ちが冷えていくのがわかる。


 何もない物を探すなんて馬鹿らしいを通り過ぎて、ただの時間の無駄だ。


「……確かに、意地になっていた部分もあるのかもな」


 また前のような生活に戻る。

 そう考えると、若干の抵抗があるが、それでも情熱が薄れたものを無理して捜査するのも同じように虚しい。


「ねえ、氷室さん。今度の休みにどこか出かけません?」

「どこかって、どこだ?」

「どこでもいいですよ。映画でも、観光地でも。あ、温泉宿に泊まりに行くというのはどうですか?」

「……面倒くさい」

「もう! 氷室さんは何か趣味を持った方がいいです」

「……趣味、ねえ」


 人の闇を暴く。

 それだけを楽しみに仕事をしていた。

 生活してきた。


 まさに趣味に没頭していたかのように。


 今さら、違う趣味を持つなんて、全く想像ができない氷室であった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?