学校の帰り道。
蓮は道端の石を思い切り蹴飛ばす。
(なんなんだよ、もう!)
蓮は苛立っていた。
両親から、学校に行くように言われ、通うようになっている。
蓮が何かの事件に巻き込まれないかを心配したのと、結翔の母親からも「気持ちは嬉しいけど、これ以上は迷惑になるから」と言われてしまったのだ。
学校を休むという大義名分がなくなり、サボれば家から出さないなんて言われる可能性も出てくる。
そうなれば結翔を探すことも、全くできなくなる。
だが、頼みの綱の探偵の氷室も、最近は目に見えてやる気を失っていた。
学校帰りに家に寄っても、調査に行ってる様子もなく、家で色々考えると言って出ようともしない。
(一緒に探してくれるって約束したのに!)
こうなったら、自分で探すしかない。
そう思ってバス停に向かう。
そしてバス停に到着してから、意味がないことに気付く。
(バス代なかったんだった)
バス停のベンチに座り、大きくため息を吐く。
結翔がいなくなってから1週間以上が経っている。
氷室は警察が探していると言っていたが、本当かどうかも怪しい。
なぜなら、警察が本気を出せば、すぐに見つけられるはずだと思っていたからだ。
(誰も探してないなら、俺が探すしかない)
ただそう思っても、お金がない。
そう思っていると、バス停にバスが入って来る。
バスが停まり、後ろのドアが開く。
そこから1人、バスを降りてくる。
(バレないように入ればいけるかも)
蓮は身をかがめて、バスの後ろドアに近付く。
(サッと入って、ずっとドアのところに隠れてればバレないはず)
そう思い、乗り込もうとしたときだった。
遅れて出てきた男にぶつかって、後ろに倒れてしまう。
「……ごめん。大丈夫?」
ヨレヨレのスーツに無精髭を生やした40代の男だった。
目の下にクマがくっきりとあり、疲れ切った顔をしている。
ぶつかって転んだ蓮に対し、大丈夫かと声をかけるだけで、その場に立ったままだ。
そして、そうしているうちにバスのドアは閉まり、走り出してしまう。
(あ、行っちゃった……)
蓮が立ち上がり、次のバスを待とうとベンチの方へ戻ろうとしたときだった。
「君、村の子だよね?」
男が話しかけてきた。
「……そうだけど」
「この人、見なかった?」
そう言って男は携帯の画面を見せてきた。
そこには若そうな男が映っている。
蓮は見たことがなかったので、首を横に振った。
「そっか。じゃあ、この村じゃないのかな……」
そう言って携帯を仕舞おうとするが、男は手を止めて、携帯を操作する。
「この人はどう?」
また携帯の画面を見せてくる。
(……祥太郎のおばさんだ)
遠くから撮ったような写真だが、確かに写っていたのは美弥子だった。
(なんで祥太郎のおばさんのことを聞いて来るんだろう?)
脳裏に氷室のことが思い浮かぶ。
この人も美弥子のことを調べているんだろうか、と何となく思う蓮。
「……この人がどうかしたの?」
「いや、知らないならいいんだ」
男はガッカリした様子で携帯を内ポケットに仕舞った。
(この人も探偵なのかも)
そう思った蓮は話すことにした。
「知ってるよ、その人」
「本当に?」
「うん。家も知ってる」
「案内してもらってもいいかな?」
「いいよ」
蓮は男を連れて、鳳髄の家へと向かった。
***
「その人、悪い人なの?」
男と並んで歩いている中、蓮が尋ねる。
考えてみると、鳳髄の一家が来てから村の中が変になったと蓮は思っている。
そして、探偵である氷室も鳳髄家のことを調べていた。
祥太郎の死と結翔の失踪。
漠然と蓮は鳳髄家は悪い人間なのではと思うようになった。
「ああ。悪い人だよ」
男は蓮の方を見ずに呟くように言った。
「……何したの?」
「殺されたんだ」
「え?」
「とても大事な人を」
無表情で何の感情も見えない。
恨んでいるようにも見えない。
ただ事実を喋っている、そんな様相だった。
「警察には言わないの?」
「言っても信じないからね」
蓮にはどういうことかわからなかった。
でも、今はそんなことはどうでもよかった。
「……俺の友達もいなくなったんだ。たぶん、その人のせいだと思う」
「ふーん」
大した興味もなさそうな声だった。
そんな様子に蓮は落胆する。
氷室の代わりに一緒に捜査してくれる人を見つけたと思ったが、氷室とは違い、蓮を見ようともしない。
どう見ても協力してくれるようには見えなかった。
「あ、あのさ……」
「ここ?」
「え?」
町外れにある、大きな家。
鳳髄家の前に着いてしまっていた。
「う、うん……」
「ありがとう」
男は財布を出して、千円札を出して蓮に渡してきた。
「これ、お礼。あと、俺のことは誰にも言わないで欲しい」
男はそれだけ言うと、鳳髄家の玄関へと向かって行く。
(調べに来たんじゃなくて、会いに来ただけ?)
あてが外れたと思い、蓮は千円を握りしめ、再びバス停へと向かった。