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第3話 銀髪の魔導士と家の改築

ミリスの森の東側が安全になってから数日。

 街では、採取ギルドや素材商人たちが再び活気を取り戻し始めていた。俺も市場に出店した加工品の売れ行きが良くて、嬉しい悲鳴をあげているところだった。


「へぇ〜、この薬草茶、けっこう評判いいじゃないの。味も香りもすごく良いし、飲んだあと身体がぽかぽかするわ」


 そう言って俺の店先に現れたのは、銀髪に紫の瞳を持つ、一人の女性だった。腰まで伸びる美しい髪と、品のある声。だが、その佇まいにはどこか凛とした知性が感じられた。


「ありがとう。でも、初めて見る顔だな。観光かい?」


「観光っていうより、素材探しって感じかな。……あたし、魔導士なんだけど、ちょっと珍しい触媒を探しててね。この街には、面白い素材が集まるって聞いたのよ」


 そう言いながら、彼女は視線を森の方へ向けた。


「君が作ったって聞いて、興味が湧いたの。もしかして、森で採ってきたの?」


「ああ。魔物たちと一緒に暮らしてるからな。彼らと森を回って素材を集めて、こうして加工して売ってる。まあ、自給自足の延長みたいなものさ」


「……魔物と一緒に?」


 彼女の眉が、すっと上がる。


「普通、魔物っていったら敵だと思うじゃない。でも、あなたの魔力からは不思議と調和の波動を感じる……なるほど、あなた、テイマーね」


「そのとおり。ユウっていうんだ、よろしく」


「レティシア。レティでいいわ。……あなた、気に入った」


「へ?」


「興味って意味よ。だって、魔物と仲良くできる人間なんて、滅多にいないもの」


 レティシアはにこりと笑う。その笑みはどこか、子供のように純粋だった。


 その日を境に、レティシアは俺のところに頻繁に顔を出すようになった。街の図書館で古文書を調べたり、森で珍しい植物を探したり、時には魔法の実験をして爆発を起こしたり……。


「ちょっとユウ、ここの土壌、魔力にすっごく反応するわ! もしかするとこの地面、魔力触媒として使えるかも!」


「だからって爆発させないでくれよ! ルガが警戒して吠えてるぞ!」


「ごめーん! でもほら、魔力の流れ、見てみて! 地面の色が変わってるのわかる?」


 そんな彼女の無邪気さに、最初は少し振り回され気味だったが、不思議と嫌な気はしなかった。むしろ、日々がにぎやかになって、楽しい。


 そして、彼女の存在が思わぬ形で転機をもたらすことになる。


「ユウ、ちょっと相談があるんだけど」


 ある日の朝、レティシアが真剣な顔で話しかけてきた。


「このあいだの魔法実験でね、ちょっと“家”を壊しちゃって」


「え、家を?」


「はい。屋根が飛びました。だから、住むところが……なくなったの」


 その瞬間、俺の頭にある考えがよぎった。


 この数日、仲間が増えて俺の家も少し手狭になってきていた。特に最近加わった幼い魔物たちは、寝床の取り合いになることもしばしば。


「だったら、うちの土地を拡張して、家を建て直すのはどうかな。ちょうど作業用の小屋とかも欲しかったし。レティもそれでよければ、一緒に住むか?」


 俺がそう言うと、レティシアはぽかんと目を見開いた。


「……今、なんて?」


「だから、一緒に住んでみないか? 魔導士としての知識も役立つだろうし、実験の場にもなるかも。うちには魔物たちもいるし、素材にも困らない。お互いにとって悪くない提案だと思うけど」


「……いいの?」


「もちろん」


 レティシアは少し頬を赤らめて、こくんと頷いた。


「じゃあ、お言葉に甘えて……よろしくね、ユウ」


 そこからが大忙しだった。


 新しい家を建てるために、まずは森の奥から木材を運び、石を集め、ゴーレムのグラフに基礎を組んでもらう。竜のグレンは大きな梁を運び、ルガとヴァイスは森の安全を見張りながら作業を手伝ってくれた。


「ここは魔道具の研究スペースにしたいの。換気用の窓も忘れずに」


「この部屋は魔物たちの寝床。あと、台所は広めにして、調理器具を増やそう」


「浴室には温泉の導管引けないかな? 魔力で加熱する魔道炉とかつけたらさ」


 もはや、ただの家ではない。

 拠点であり、工房であり、研究所であり、家族が集う場所——。


 そして三日三晩の作業の末、ついに“新しい家”が完成した。


「うわあ……すごい。広いし、温かい。まるで……家族の家って感じね」


 完成した家を見たレティシアが、ぽつりと呟く。


 アイリスも視察に来ていて、彼女も頷いた。


「これだけの拠点があれば、街の人たちも安心ね。あなたのこと、ますます頼りにされそう」


「まあ、俺は俺の暮らしをするだけさ。仲間たちと一緒に、ゆっくりでも前に進んでいきたいんだ」


「ふふ……ユウらしいわね」


「ねえ、アイリス。この家のこと、どう思う?」


「……私も、住んでみたいって思った。ここなら、ずっと一緒にいられそうだから」


 彼女の言葉に、レティシアも小さく笑った。


「じゃあ、私たち三人で、この家を守っていきましょうか」


 ——その瞬間、俺の心の奥がじんわりと温かくなった。


 仲間がいて、家があって、穏やかな日々がある。


 それは、前世で求め続けた“居場所”だった。


 そしてその夜。


 森の静けさに包まれながら、焚き火の前に三人と魔物たちが集う。


「なあ……これからも、もっといろんな魔物を仲間にしていこうと思う。みんなが安心して暮らせるように、この世界で俺なりの方法で前に進みたいんだ」


 俺がそう言うと、ルガが吠え、グラフがゆっくり頷き、ヴァイスが空を舞い、グレンが温かく咆哮を上げた。


「うん、ユウならできるよ。だって、あなたの周りには、こんなにたくさんの仲間がいるんだもの」


 アイリスとレティシアの言葉を胸に、俺は次なる旅立ちを思い描いた。


 新しい魔物との出会い。

 新たな生活の始まり。

 そして、家族としての物語が、少しずつ始まっていく——。

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