ミリスの森の東側が安全になってから数日。
街では、採取ギルドや素材商人たちが再び活気を取り戻し始めていた。俺も市場に出店した加工品の売れ行きが良くて、嬉しい悲鳴をあげているところだった。
「へぇ〜、この薬草茶、けっこう評判いいじゃないの。味も香りもすごく良いし、飲んだあと身体がぽかぽかするわ」
そう言って俺の店先に現れたのは、銀髪に紫の瞳を持つ、一人の女性だった。腰まで伸びる美しい髪と、品のある声。だが、その佇まいにはどこか凛とした知性が感じられた。
「ありがとう。でも、初めて見る顔だな。観光かい?」
「観光っていうより、素材探しって感じかな。……あたし、魔導士なんだけど、ちょっと珍しい触媒を探しててね。この街には、面白い素材が集まるって聞いたのよ」
そう言いながら、彼女は視線を森の方へ向けた。
「君が作ったって聞いて、興味が湧いたの。もしかして、森で採ってきたの?」
「ああ。魔物たちと一緒に暮らしてるからな。彼らと森を回って素材を集めて、こうして加工して売ってる。まあ、自給自足の延長みたいなものさ」
「……魔物と一緒に?」
彼女の眉が、すっと上がる。
「普通、魔物っていったら敵だと思うじゃない。でも、あなたの魔力からは不思議と調和の波動を感じる……なるほど、あなた、テイマーね」
「そのとおり。ユウっていうんだ、よろしく」
「レティシア。レティでいいわ。……あなた、気に入った」
「へ?」
「興味って意味よ。だって、魔物と仲良くできる人間なんて、滅多にいないもの」
レティシアはにこりと笑う。その笑みはどこか、子供のように純粋だった。
その日を境に、レティシアは俺のところに頻繁に顔を出すようになった。街の図書館で古文書を調べたり、森で珍しい植物を探したり、時には魔法の実験をして爆発を起こしたり……。
「ちょっとユウ、ここの土壌、魔力にすっごく反応するわ! もしかするとこの地面、魔力触媒として使えるかも!」
「だからって爆発させないでくれよ! ルガが警戒して吠えてるぞ!」
「ごめーん! でもほら、魔力の流れ、見てみて! 地面の色が変わってるのわかる?」
そんな彼女の無邪気さに、最初は少し振り回され気味だったが、不思議と嫌な気はしなかった。むしろ、日々がにぎやかになって、楽しい。
そして、彼女の存在が思わぬ形で転機をもたらすことになる。
「ユウ、ちょっと相談があるんだけど」
ある日の朝、レティシアが真剣な顔で話しかけてきた。
「このあいだの魔法実験でね、ちょっと“家”を壊しちゃって」
「え、家を?」
「はい。屋根が飛びました。だから、住むところが……なくなったの」
その瞬間、俺の頭にある考えがよぎった。
この数日、仲間が増えて俺の家も少し手狭になってきていた。特に最近加わった幼い魔物たちは、寝床の取り合いになることもしばしば。
「だったら、うちの土地を拡張して、家を建て直すのはどうかな。ちょうど作業用の小屋とかも欲しかったし。レティもそれでよければ、一緒に住むか?」
俺がそう言うと、レティシアはぽかんと目を見開いた。
「……今、なんて?」
「だから、一緒に住んでみないか? 魔導士としての知識も役立つだろうし、実験の場にもなるかも。うちには魔物たちもいるし、素材にも困らない。お互いにとって悪くない提案だと思うけど」
「……いいの?」
「もちろん」
レティシアは少し頬を赤らめて、こくんと頷いた。
「じゃあ、お言葉に甘えて……よろしくね、ユウ」
そこからが大忙しだった。
新しい家を建てるために、まずは森の奥から木材を運び、石を集め、ゴーレムのグラフに基礎を組んでもらう。竜のグレンは大きな梁を運び、ルガとヴァイスは森の安全を見張りながら作業を手伝ってくれた。
「ここは魔道具の研究スペースにしたいの。換気用の窓も忘れずに」
「この部屋は魔物たちの寝床。あと、台所は広めにして、調理器具を増やそう」
「浴室には温泉の導管引けないかな? 魔力で加熱する魔道炉とかつけたらさ」
もはや、ただの家ではない。
拠点であり、工房であり、研究所であり、家族が集う場所——。
そして三日三晩の作業の末、ついに“新しい家”が完成した。
「うわあ……すごい。広いし、温かい。まるで……家族の家って感じね」
完成した家を見たレティシアが、ぽつりと呟く。
アイリスも視察に来ていて、彼女も頷いた。
「これだけの拠点があれば、街の人たちも安心ね。あなたのこと、ますます頼りにされそう」
「まあ、俺は俺の暮らしをするだけさ。仲間たちと一緒に、ゆっくりでも前に進んでいきたいんだ」
「ふふ……ユウらしいわね」
「ねえ、アイリス。この家のこと、どう思う?」
「……私も、住んでみたいって思った。ここなら、ずっと一緒にいられそうだから」
彼女の言葉に、レティシアも小さく笑った。
「じゃあ、私たち三人で、この家を守っていきましょうか」
——その瞬間、俺の心の奥がじんわりと温かくなった。
仲間がいて、家があって、穏やかな日々がある。
それは、前世で求め続けた“居場所”だった。
そしてその夜。
森の静けさに包まれながら、焚き火の前に三人と魔物たちが集う。
「なあ……これからも、もっといろんな魔物を仲間にしていこうと思う。みんなが安心して暮らせるように、この世界で俺なりの方法で前に進みたいんだ」
俺がそう言うと、ルガが吠え、グラフがゆっくり頷き、ヴァイスが空を舞い、グレンが温かく咆哮を上げた。
「うん、ユウならできるよ。だって、あなたの周りには、こんなにたくさんの仲間がいるんだもの」
アイリスとレティシアの言葉を胸に、俺は次なる旅立ちを思い描いた。
新しい魔物との出会い。
新たな生活の始まり。
そして、家族としての物語が、少しずつ始まっていく——。