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夢…再び-6



『勢いよく飛び出したのはやはり今日も大逃げダイヤエスケープ!!

そして行きます行きますドリームメーカー!!

その後ろにヴィクトリーロード、続いてユリノファンタジー!!


馬群の中程にファンタジックとブラックハート!!


シンガリにドラゴンアマゾン!!


以上18頭!!一周目のスタンド前に差し掛かります!!』



勢いよく飛び出た真っ赤な馬体に金のタテガミ。700㎏のビッグボディーのドリームメーカーとダイヤエスケープの逃げ競べ。


ひと回り小さいダイヤエスケープを被い隠すようにドリームメーカーは外から馬体を併せる。


その後ろはすでに10馬身つけられた位置にヴィクトリーロードが追走。

各馬得意の位置に落ち着いた。


僕らの目の前…すなわちスタンド前を疾走するドリームメーカー。

5年のブランクなど感じさせない走りだ。

その勇士に観客のボルテージは最高潮に達している。


『ドリームメーカーとダイヤエスケープの大逃げ!!

大盛り上がりのスタンド前を行きます!!


6年前の有馬記念の勝ち馬ドリームメーカーが、今再びレースを引っ張ります!!』


「位置取りもあの頃の再現のようだ。」

飛田社長がポツリと呟いた。


あの頃…もちろん最強世代のレースだろう。


先頭を爆走するドリームメーカー。

先行好位のヴィクトリーロードは父ロンバルディア。

中団待機で馬群に潜むファンタジックは父ファンタジスタ。

シンガリで不気味に脚を溜めるドラゴンアマゾンは父ユリノアマゾン。



血は巡り…血はターフに帰ってくる。


このレースは最強世代の代理戦でもあるのだ…!!




ゲートが開いた瞬間ドリームメーカーは最高のスタートを切った。


(さすがスタートは絶妙ね…!!)

浦河美幸は5年経っても変わらない弾丸スタートを見せる相棒を誇らしく思った。


内からダイヤエスケープが一気に逃げの体勢に持ち込む。


(どうする?)


浦河美幸はドリームメーカーに【手綱】を委ねた。


グンッ!!


さらに加速を見せるドリームメーカー。


(OK…!!行こう!!)


ドリームメーカーは希代の大逃げ馬ダイヤエスケープに馬体を併せた。


「美幸!!そのまま潰れちまえ!!」

ヴィクトリーロードの三田崇が叫ぶ。


「最後までわたしのお尻を見てらっしゃい!」

そう言い残し遥か前方に姿を遠のかせる浦河美幸の言葉に三田崇から笑みがこぼれた。


スタンド前、10馬身先の浦河美幸の束ねた髪が揺れるのを見ながら三田崇は5年前の事が頭をよぎった。


ドリームメーカーの故障、その前年にもステージクロスで落馬。


2頭共生死をさ迷う大事故であった。


浦河美幸は自分の未熟さを責め続けていた。

自分にもっと高いスキルがあれば、2頭共怪我をさせずにすんだかもしれないと。


同期である三田崇と野田新之助は浦河美幸を励まし続けた。


しかし浦河美幸のひたむきに前を向いて世界で戦う姿に、逆に励まされた二人は自らの成長にも努めた。

そして天才の称号を獲た三田崇。

実力派として第一線で活躍を見せる野田新之助。

日本競馬の顔となった浦河美幸。

お互い競い合いながら、約束の日…すなわちドリームメーカーとの再スタートの日を迎える事ができたのだ。


だからこそ今日は負けられないレースだと三田崇は決意していた。


(美幸!!全力で潰すぞ!!ロンバルディアの息子で…!!)




レースを見守るひとりの老人。


武田文吉。


騎手としてデビューするも落馬により引退を余儀なくされ、調教師に転身。

騎手時代にとれなかったビッグタイトルを、トレーナーとして数々獲得してきた名調教師だ。


スパルタ調教で有名な名門厩舎ではあったが、その栄光の影には理不尽なバッシングもたくさんあった。


『馬を潰す調教師』


過酷なスパルタ調教を否定する輩がつけた彼のあだ名だ。


しかし武田は調教方針を変えなかった。誰に何を言われても『強い馬を育てる』と言う絶対的信念は貫かれた。



有馬記念前夜。

彼の育てた最後にして最高の馬であるドリームメーカーの馬房にひとり佇んでいた。

愛馬の鼻筋を優しく撫でる。


「おまえさんとは長い付き合いになったな…。が…わしは明日で引退だ。


早くこの世界から足を洗って隠居したいと思っていたが結局70の定年までやってしまったよ。


でもやっと終りだ。

明日の有馬記念が終われば孫と毎日遊ぶんだ。

ほれ、この前おまえさんにも会わせたろ?

かわいい孫だったろ?


おまえさんにはいろいろ手を焼かされたよ。

それも明日までだ。


せいせいするよ。

もうおまえさんに振り回されなくてすむからな。

絶対おまえさんのせいで寿命がかなり縮んだぞ。

まぁ70まで生きといてなんだがな…。


…でもな…


ずっとそう思っていたんだかな…


なんでだろうな…


わしはおまえさんと離れたくないんだ…。


まだまだ…おまえさんと一緒に戦いたい…。


おっと…湿っぽくなったな…


まぁ年寄りの戯言だと思って聞き流してくれ。


さぁ、今夜は朝までわしに付き合え。

思い出話でもしようや。


今日ぐらいいいだろ?


ドリームメーカー……。」



武田文吉70歳。


競馬一筋50年の名調教師は、最後の愛馬をグランプリに送りだしターフを去る。


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