《『勇者』よ》
うぅ……なに?
《貴殿の力、解放されよ》
解放? どうしろと?
《己を認識せよ》
認識ならしてるって……。
《否》
なんで否定すんの!?
《貴殿はまだ認識できていない。認識せよ。己を見よ》
だから、見てるってば! 『男』になりました!
《否。貴殿はまだ……》
****
「おい、おい! イグナート!」
またしても聞き覚えのある声に、私は起こされた。
「うぅ……おはようございます?」
「イグナートさん、お昼にもう近いですよ!」
ベルちゃんの鋭いツッコミで、私は完全に目を覚ます。そうだった……馬車の中だった。
「目が覚めたなら、さっさと降りるぞ。ベル、足元に気をつけろよ?」
ベルちゃんへの声かけの語感が優しい。私には向けられたことのない感じの優しさだ。いいなぁ……兄妹ってこんな感じなのかな……。『前世の私』は一人っ子だったから、その感覚わからないや。
一人で勝手にほっこりしていると、リュドヴィックさんとベルちゃんが不思議そうな顔をして私を見てくる。
「あ、いえ……その、仲良しでいいなぁって思ってました。ハイ、スミマセン! さっさと降ります!」
二人の視線に耐えきれなくて、私は御者さん? にお礼だけ言って、急いで馬車から降りた。
そうして目の前に広がる光景、それに思わず目を奪われてしまった。
「ここが、ルクバト……!」
ポーリスとは違う、黒レンガ造りの門に、道に、家々。そして、二層になっているらしき街並み。
――美しい。
それしか言葉が浮かばなかった。
「ふふ、ルクバトは綺麗でしょ? 二層になってるからわかりづらいけど、町の中は広いんですよ!」
ベルちゃんが自慢げに教えてくれる。そんな顔も可愛い……ごめんなさい。お願いだから視線で殺そうとしないでください、リュドヴィックお義兄様?
「この町が、オレ達の故郷にして、ルクバト聖騎士団が守るべき場所だ。イグナート、お前はもうルクバト聖騎士団員だ。すぐにとは言わんが、自覚しろよ?」
うぐっ……クギを刺された気がする!
「さて、ベルは先に家へ帰っていてくれ。オレ達は本部に行ってくる」
「うん。わかった……。早く帰って来てね! イグナートさんもですよ!」
ベルちゃんはそう言うと、私達から名残惜しそうに離れて行った。
なんか、寂しそうだな。背中の羽根も心なしかシュンとしてない?
「おい。無いとは思うが……念の為に言っておく。ベルに手を出すなよ?」
鋭い視線で牽制してくるリュドヴィックシスコンお義兄様に、私は苦笑いで答える。
「はは、冗談はよしてくださいよ。確かにベルちゃん……さんは可愛いですけど、自分に妹がいた……としたらって感じなだけなので!」
というかさ! この世界でも、少女に手を出したら犯罪なんじゃないの!?
抗議の意味を込めて、『記憶喪失なんで』感を出してみた。えぇい、さっきまでの殺意へのお返しだい!
「そうか。……お前にも家族がいるといいな。さて、オレ達は本部へ向かう。団長はお優しいが聡明かつ偉大なお方だ。緊張感を持てよ?」
私の言い回しが効いたのだろう、さっきまでの殺意高めなシスコンお義兄様から一転、いつもの頼れる先輩リュドヴィックさんに戻ってくれた。
ホッとした私と、ちょっとだけ申し訳なそうなリュドヴィックさんは、本部に向けて歩き出した。