「それでは、シカ村の事件についてお話させて頂きます。……あれは数日前のこと、我々アイナラミの者とシカ村の者とで交流がありましてな? その日も、シカ村へ取引に行ったのですが……」
町長さんがそこで言葉を切る。その目は悲しみに満ち溢れているように見えた。
絞り出すような声で話を続ける。
「我々が着いた頃……村は既に壊滅状態でした。生き残りに関しては残念ながら……」
……そんな……。
あまりのショックに、私は言葉を失った。
えっ待ってよ……ゴブリンって雑魚魔物なんじゃないの? そんなに被害を出す存在なの?
唐突な現実を突き付けられて、私は息を飲んだ。
「イグナート、大丈夫かよ?」
心配そうなオクト君の声に、私は力なく頷くしかない。
「それで町長殿。ゴブリンの数や巣など、何かわかっていることはございませんか?」
リュドヴィックさんが続きを促す。
「そうですね……おそらくゴブリンは群れ……それもかなりの数かと。それ以上は……」
「ふむ、かなりの数であるか。であるなら、巣穴の探索は現場に行った方が良いであるな」
アンドレアスさんはそう言うと立ち上がり、リュドヴィックさんの方へ向き直る。
「リュドヴィック殿、共同任務であるからして……これよりシカ村に行こうと思うがよろしいであるか?」
「ええ、自分も同意見でしたので」
リュドヴィックさんがそう答えると、アンドレアスさんは静かに告げた。
「では諸君、いざシカ村へ向かうのである!」
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「な……!?」
私はそれ以外の言葉が出てこず、思わずその場に立ち尽くしかなかった。
のどかであっただろう風景は破壊しつくされていた。焼け焦げた屋根、壊された扉、荒らされた室内……そして、逃げ惑ったであろう村人達の血痕。
そのあまりの衝撃さに、私は頭をガツンと殴られたような気がした。
今まで何を見ていた? 呑気なことばかり考えて……!! ここで生きている人達のことなんて、なんにも考えてなくて!!
今までの自分を殴りたくなると同時に、私の中で『何か』が溢れそうになる。
「イグナート!! おい!」
ハッと我に帰ると、辛そうな顔をしたオクト君が私の右肩を掴んでいた。
「ご遺体の埋葬はアイナラミの人達がやってくれたらしいからよ、俺達はリュドヴィック卿やアンドレアス魔道士殿達と一緒に、ゴブリン共の巣穴の手がかりを探すぞ!」
「うん……了解」
そう言うとオクト君は私から離れて行った。私は……溢れそうな『何か』を抑えながら手がかりを探すことにした。
……一軒一軒回る事に、その惨状を脳が刻み込んで行く。壊れた玩具、食べかけのご飯……人の血、血、血……。
私が三人家族の家らしき中へ入り、探索していた時だった。
「ギャギャ!!」
瞬間、私の背後から聞き慣れない声がした。振り向くとそこには、テレビやゲームで観たビジュアルよりもはるかに気味の悪いゴブリンがいた。
ゴブリンは挑発するかのように飛び跳ねて……私に向けて短剣を振りかざして来た。
「こっの!」
慌てて回避すると、ゴブリンは不敵な笑みを浮かべて更に攻撃を仕掛けてくる。私は双剣を構えゴブリンの斬撃を受け止めると、力任せにゴブリンを壁に叩きつけた。
「ギャ!?」
耳障りな声に苛立ちながら、攻撃を加えようとした瞬間だった。
「ギャギャギャ!!」
「ギャギャ!! ギャギャ!!」
二匹のゴブリンがどこからともなく現れた。
「くっ……そぉ!!」
私一人じゃ分が悪い!!
「イグナー……ゴブリン!?」
オクト君の声が聞こえて来た。
「オクト君!!」
「コイツら、まだいやがったのか!」
オクト君も長剣を抜くと、ゴブリン達と睨み合う。
私が壁に押し付けていたゴブリンが、懐から笛みたいな物を取り出して……吹いた。
「ギャギャギャ!!」
その音を聴いて、ゴブリン達が踊り出す。
「なんだってんだ!?」
私達に緊張が走る。近い位置からベニーさんかダニーさん、どっちかの声が響いて来た。
「皆様、大変です! ゴブリン達の群れが接近中!! 繰り返します! ゴブリン達の群れが接近中!! その数、およそ……ひゃ、百です!!」
……やられた。
その事に気づいた私達は、異様な緊張感に包まれるのだった。