翌明朝。
私達ルクバト聖騎士団のメンバーは、乗って来た馬車の前にいた。
「ふぁ……あ……」
体勢が悪かったからか……いや、昨日の事が忘れられなくて、結局寝られなかったって方が正しいかな……とにかく辛い……。
そんなことを思いながら、横目でオクト君とリュドヴィックさんとブリアック卿を見やれば、一見いつもと変わらない感じだった。
一人……オクト君の様子がいつもと違う……気がする。上手く言語化出来ないけれど……なんか、表情が強張っているというか……?
「あ、あの……?」
そう私がオクト君に声をかけようとした時だった。
「待たせたであるな」
アンドレアスさんが手荷物を持って現れた。
「いえ、我々もつい先刻着いたところです。お気になさらず」
リュドヴィックさんが代表して、アンドレアスさんにそう声をかける。
「そうであるか? ……まぁでは、我の準備は完了である。いつでも出発してくれてかまわぬ」
「了解です。お前達、準備はいいか?」
リュドヴィックさんにそう言われ、私達は頷いた。
「では、出発する。全員、馬車に!」
全員で馬車に乗り込むと、傷ついたアスケラの町を後にした。
****
出発してから数時間後。
豊かな緑を抜けて、潮風の香りが漂ってきた気がする。
「しばらくすれば、ヌンキ運河に着く。そこで船へ乗って行けばヌンキの町だ」
周囲を見渡す私に気づいたリュドヴィックさんが、説明してくれた。こういうところで面倒見のよさが出てきますね……。
「ふむ。ヌンキに行くのは数年ぶりであるな。あそこは豊かな海都でな? 魔法技術はアスケラが長けているが、銃技術などはヌンキの方が上であるな」
アンドレアスさんの言葉に、私は思わず声を上げてしまう。
えっ!? この世界って銃あるの!?
あまりにも顔に出ていたらしい……みんなの視線が刺さる。
「ぬ? イグナート殿は銃を知らないであるか?」
あ、そっちに行くのね? 違います……この世界にあることがビックリなんです……。
でもそんなことは言えないので……私は簡単に『記憶喪失』であることを話した。すると、アンドレアスさんは神妙な顔をして口を再度開いた。
「なるほど……。記憶喪失とはな。道理で物事を知らないわけである。うむ」
一人納得すると、私の方へ視線を向けてくる。ちなみに、席順は私とオクト君、リュドヴィックさんとアンドレアスさんが向かい合っている形だ。
「あー……まぁそんな感じなんです。ハイ」
「まぁ。色々語るにせよ、語らぬにせよ。イグナート殿の問題であるからして。助力はしよう」
「あ、ありがとうございます……」
ちょっと困惑しながら私は返答する。だって……本当は記憶喪失とは違うし……。
微妙な空気が流れそうになった瞬間、馬車が停車した。
「着いたみたいだな。ブリアック卿以外は降りるぞ」
リュドヴィックさんの指示通りに、私達は場所を降りる。すると、目の前には大きな運河が広がっていた。
「おぉ……」
思わず声を漏らしてしまう。だって、『前世』じゃ見たことないもん、こんな大運河!
今まで静かだったオクト君が私の近くに来て静かに独り言のように呟いたのが聞こえた。
「なぁ……ヌンキはさ、その、どうなんだろうな?」
「どう……って?」
私がそう訊き返すと、オクト君は神妙な表情でゆっくりと語りだす。
「いや……アスケラがあんなことになってさ、その、なんもないならいーんだけどさ……」
それだけ言って口を閉ざしてしまう。
そうか、そうだよね……。『パビルサグ』の動きが不明な以上、どこにどんな被害があるのかなんてわからないもんね……。
「船に乗るぞ。三日程でヌンキに着く。何もなければな? ……まぁ覚悟はしとけよ」
リュドヴィックさんはそう言うと、人混みの中に消えて行ってしまう。ちなみに、ブリアック卿はというと、馬達を連れてどこかへ行ってしまった。
開けた場所に取り残された私とオクト君は、思わず顔を見合わせていると、アンドレアスさんが声をかけてきた。
「ブリアック殿は馬車専用の受付、リュドヴィック殿が我々の分の運賃の支払いであろう。ここで待つほかあるまい」
それだけ言って、静かに顔を伏せてしまった。
仕方がないので、私とオクト君は他愛もない話をして気を紛らわせることにした。
そうでもないと……圧しつぶされそうだったからだ。不安と恐怖に――