太陽が真上に差し掛かる頃、馬車が走り続けた森の木々が急に途切れ、そこから先には大草原が広がっていた。長かった森林地帯が終わりを告げるかのように、辺りには広大な草原が一面に伸びている。ガウディは見晴らしのいい丘の上で馬を止め、「ここらで休憩にしよう」と声をかけた。
「ありがてぇ、馬車に乗ってるのも楽じゃねえな」
「それじゃバッツは、この先は歩きだな」
「そりゃねえだろ、ガイ」
「はいはい、さっさと降りるにゃ」
わいわい言いながら馬車を降りるバッツ、ガイ、そして猫獣人のマイキー。数時間ぶりに足元に固い大地を感じる感触がなんとも言えず心地良い。ルナもハクと一緒に地面に降り、思わず伸びをして草の香りを楽しんだ。ガウディが愛馬を手綱でつなぎながら「悪いな」と小声で謝る。
「本来なら、御者の俺がみんなの食事を用意するべきなんだが……ルナがいると、つい任せっきりでな」
「いえ、私、料理好きなので大丈夫ですよ」
ルナは笑顔でそう答え、さっそくマジックバッグから調理道具を取り出す。いも、にんじん、玉ねぎ、干し肉を一口大に切り揃え、簡単に下準備を済ませると、手早く大鍋に水を張って火にかけた。
干し肉から出る出汁がいい味を出すので、少し煮込めば十分にうま味が引き出される。いも、にんじん、玉ねぎと順番に入れ、ほどよく火が通ったら塩と胡椒で味を整える。あっという間に、素朴ながら身体に染みわたるポトフが完成した。
「はい、できました。簡単にできるポトフです。パンも一緒にどうぞ」
「おお、うまそうだな」
冒険者仲間のガイが鍋の中を覗き込みながら、早速器を手にとった。バッツやマイキー、見習い商人の青年も「ありがたい」「ちょうど腹が減ってた」と嬉しそうに口々に言い、ルナからよそわれたポトフを受け取る。二代目リベラ商会のミルトも、まだまだ先の旅程を考えて気が張っているようだが、食欲は別腹のようで、「助かる」と静かに微笑んで椅子を確保する。
草原を渡る風の中、熱々のポトフにパンを浸して食べる一同の表情は、ダイアウルフの襲撃も林道の揺れもひとまず忘れさせるほど和らいでいる。塩胡椒を控えめにした優しい味わいも、干し肉から出たじんわりとした出汁の旨みも、心地よい満足感を呼んでくる。
「ハクはどうだ? 熱すぎないか?」
「わふ……(おいしい)」
ハクにも少し味を薄めたスープを取り分けると、尻尾をぱたぱたと振りながら嬉しそうに口を動かす。ゆっくりと火照った身体が冷まされ、朝からの旅の疲労が溶けるように消えていく気がした。
太陽はまだ高く、草原に広がる風景はどこまでも視界を遮るものがない。強すぎない風が髪を揺らし、足元の草をさらさらとなびかせる。ガウディの馬は少し離れたところで草をはみ、ミルトや見習い商人は「ああ、うまいな」と小声で言いながらポトフをすすり、バッツとガイは「夕まずめまでにはアクスジールに行けるかな」と楽しげに話をしている。
ルナは「もう少しであの海辺の街に着くんだ」と思うと、ほんのわずかな不安と大きな期待が胸をよぎる。水を一口飲んで、そっとハクの背を撫でた。草原から吹く風が心地よく、それはまだ見ぬ海へと続く道のりをそっと背中で押してくれているように感じられた。
食後の休憩が続く中、ルナとハクは川沿いを少し散歩することにした。先ほどポトフを楽しんだ草原の風が心地よく、時折吹き付ける爽やかな風に髪を揺らしながら、ルナは川面を覗きこむ。すると、いくつもの魚の姿が透き通る水の中を泳いでいるのが見えて、「わあ、結構大きいのがいるよ」と驚く。
ただ、その姿がはっきり見えるということは、こちらの姿も魚に見られていて、警戒している証拠――バッツやガイなら「そういうのはかえって釣りづらいんだ」とこぼすかもしれない。ルナは昨日の釣りを思い出し、「そうなんだろうね」と頷いた。
ハクが「わふわふ(ルナ、光ってる)」と鼻先を向けた方向を見ると、水際の岩の隙間に小さく青く光るものがある。ルナは「あっ、見つけた!」と小声で興奮しながら素早く歩み寄り、ちょこんと顔を出した天然の魔石を拾い上げる。
「小さいけど、綺麗だね。ハク、教えてくれてありがとう」
ハクは誇らしげに尻尾を振り、「わふ」と返事する。久しぶりに見つけた魔石をマジックバッグに収めながら、ルナの胸には温かな喜びが広がる。まるでこの草原と川が、まだまだ彼女の知らない宝物を抱えているかのように思えた。
そんなとき、遠くからガウディの声が聞こえる。
「出発するよー!」
ルナは背伸びをしてから、「ハク、行こうか」と笑顔で呼びかけた。ハクも「わふ!」と応えるように跳ねる。拾ったばかりの小さな魔石の重みを感じながら、二人は馬車のほうへ足早に戻っていった。
ガウディ便の馬車が広大な草原を駆けていくころ、遮るもののない道からは心地よい風が吹き込み、車内を巡っていった。先ほどのポトフで満たされた乗客たちは、その涼しげな風と車の揺れに身をゆだね、ひとり、またひとりとまどろみの中へ落ちていく。バッツとガイは豪快に背を預けながら口を半開きにし、マイキーは尻尾をパタパタしながら目を閉じ、見習い商人とミルトも微かに首を垂れて眠気に耐えきれなくなっている。
「みんな寝ちゃったね」とルナが御者台の隣で顔を覗かせると、足元のハクも「わふ(ぼくもねむい)」と小さく鼻を鳴らした。日差しは柔らかく、風はちょうどいい涼しさで、気が緩むには十分な条件がそろっている。
「ガウディさんは眠くないですか?」
「俺は慣れたもんさ。これが仕事だからな」
ガウディは馬のたてがみを軽く撫でながら、のんびりとした口調で答えた。オーベルの街を出発し、フォレスティを経由して海岸沿いのアクスジールへ向かう道は、これまでも何度も往復してきた道のりだ。慣れすぎていて、眠気が襲ってきても愛馬が勝手に安全に運んでくれるぐらいだと冗談めかして言うが、その声に疲れは感じられない。
実際、道中ずっとガウディが馬を鞭打ったり指示を出したりする場面はほとんどない。動き始めと止まるときだけ軽い合図を送るだけで、道なりに馬車は進んでいく。長い時間をかけて培われた信頼関係と、馬が勝手知ったる旅程なのだろう。ガウディはどっしりと腰を下ろし、風に微かに揺れるたてがみを眺めるばかりだ。
ルナはそんなガウディの横顔を見やりながら、手元のマジックバッグを撫でてみる。先ほど拾った小さな魔石や、旅の途中で活躍してきた調理道具が入っているそのバッグには、旅そのものの思い出が詰まっているような気がした。
「いい風だな」とガウディが呟き、ルナも「はい」と微笑みながら草原の向こうに目を向ける。大地のうねりが緩やかに続いていて、このままずっと馬車に揺られていたくなるような、穏やかな午後だった。ハクは「わふ」と名残惜しそうにまぶたを閉じ、ルナの膝の上で微かな寝息を立て始める。ここは安全で、心地よい風と満腹感のなか、眠りに誘われても何も不思議ではない。
「さて、あんまりぼーっとしてると、俺まで眠っちまいそうだ。せっかくだから、なんか話でもしてくれよ」とガウディが笑いかける。ルナは「はい」と小さく頷き、何を話そうか思案する。フォレスティでの出来事か、ハクとの出会いか、いつか見た夢や、まだ知らないアクスジールの海についてか――どんな話でも、きっと心地よい馬車の揺れが、のんびりとした午後を彩ってくれるだろう。
「あっ、あれ、ガウディさん」
草原を進むガウディ便の先、遥か前方からもう一台の馬車が砂煙を上げてこちらへ向かってきていた。ルナが馬車の御者台からその姿を見つけて声を上げると、ガウディは前方に視線をやり、落ち着いた口調で答えた。
「大丈夫だ、知り合いだよ」
そう言って手を挙げると、対向の馬車のスピードが明らかに落ち、やがてガウディ便に合わせるようにして緩やかに近づいてくる。ルナは砂埃で半ば白く染まった馬車の前方に、御者台に座る人物がはっきりと見えるのを確認した。
「よう、砂煙なんか上げてずいぶん軽そうだな」
ガウディが声をかけると、相手の御者は「おう」と一声応じて馬を止め、軽く手綱を引いて持ち上げた。どうやら馬車には乗客が二人しかいないらしく、その分スピードを出しすぎたらしい。
「ああ、あんまり良くねえな、客が二人だけだから馬が元気すぎてさ。荷のバランスも悪い」
「何かあったのか?」
「海が荒れてな。船が荷を積んで出られなくなってるそうだ。だから商人が足止めを喰らってるって話でよ……待ってても仕方ねえから、俺は次の街へ行くとする。ガウディ、おまえはどうだ?」
「こっちの宿は結構空いてたぞ。湖畔の宿な。魚が入れ食い状態でな、釣り好きにはたまらんはずだ」
「へえ、そっちの客はさぞ満喫してるだろうなあ。じゃあ、俺もそっちに行って時間潰す手もあるか」
そう言って相手の御者は満更でもなさそうに鼻を鳴らし、レバーを握り直す。二人とも御者台の上から視線を交わし合いながら、どこか慣れた風に情報交換をしている様子だった。
「そんじゃあ、気をつけて行けよ。海が荒れてるって情報くらいで、俺たちが変えることもないしな」
「おう、そうだな。おまえも安全運転でな」
そんなやり取りのあと、相手の御者が手綱をはじき、馬が嘶いて砂煙を上げながら元来た道を勢いよく走り去った。
「アイツとはルートが似たようなもんだから、しょっちゅう行き交ってる仲なんだ」とガウディが御者台で手を振り下ろしながら言う。
「そうなんですね。あ、海が荒れて……って言ってましたけど」
「よくあることさ。海路が絡むとスケジュールがずれ込むのは日常茶飯事だ。気にする必要はないぞ」
ルナがハクを抱きかかえるようにして見上げると、ハクは小さく「わふ」と鳴いて尻尾を揺らした。今回の旅ではまだ海すら見ていないが、こうして断片的に聞こえてくる「海が荒れている」という話は、どこか他人事に感じられる。
馬車の振動に乗客たちも再びまどろみに落ちている様子で、バッツやガイ、商人の二人、それにマイキーも揺れる馬車の中で軽くうたた寝をしていた。ルナは改めてガウディにお礼を言いながら、御者台から続く草原を見下ろす。草が風になびき、地平線の向こうまで一本の道が続いているかのようにも見える。
「眠くなったら、無理しなくていいからな。座席に戻ってもいいぞ」
「大丈夫ですよ、ハクと一緒にここで景色を眺めてますね」
ルナは穏やかに微笑み、ハクも「わふっ」とガウディに小さく挨拶する。それにガウディがうんと一つ頷き、愛馬の首をもう一度軽く撫でてやると、馬はまたゆるやかに走り出した。森を抜けて大草原を突き進むガウディ便は、眠りを誘う日差しの中で、次の目的地アクスジールへと粛々と近づいていく。
◆◆◆
「でさ、そん時のバッツと言ったら……」
「バッカやろ、あれはお前が……」
「それでどうなったんだにゃ?」
「バッツのズボンがパックリ破けて、ケツ丸出しになったんだよ!」
「にゃははは、まぬけにゃ!」
「いやいや、あれはガイがいきなり手を離すから下に落ちたんで、踏ん張ったら裂けたんだよ!」
「それでもやっぱりまぬけにゃ」
そんな賑やかなやりとりが馬車の中で響き、昼寝のように眠りについていたルナは、バッツのまぬけ話で目を覚ました。ぼんやりとした意識の中で、ガイとバッツがどちらのせいかで言い合いをし、猫獣人のマイキーが「にゃっはっは」と遠慮ない笑い声を上げているのを耳にする。
「ルナが起きたにゃ」
「わふ」
「なあ、ルナもガイが悪いと思うよな?」
「ルナを引き込むなよ!」
ルナが寝起きでぼんやりしているうちに、馬車の中は昼のうららかさとは真逆の、にぎやかな笑い声に包まれていた。荒れた道で振り落とされそうになり、踏ん張った拍子にズボンが裂けたというその光景を想像して、ルナも思わずくすくす笑ってしまう。ハクが「わふ?」と小首を傾げている姿がまた微笑ましかった。
「みんな起きたか。どうだ、潮風を感じないか?」
御者台からガウディが声をかけると、乗客たちは話を中断して窓や扉の隙間から外を見やる。大草原をしばらく進んできた馬車だが、風の匂いがほんの少し変わっているのに気づく。空気の中にかすかな塩気が混じり、進行方向から吹いてくる風には確かに海の気配があった。
「わふ……」
ハクが鼻をひくつかせると、マイキーが「海にゃぁぁ」と大きく伸びをしながら声を上げ、見習い商人や二代目リベラ商会のミルトも窓の外に視線を向ける。遠くの地平線はまだ草原の向こうに霞んでいるが、この潮の匂いは紛れもなく海に近づいている証拠だと、胸が弾んだ。
海都アクスジールが近づくにつれ、二代目リベラ商会のミルトは一気に表情を引き締め、商会を担う者の風格を漂わせ始めた。
見習い商人の青年も、ここでどれだけの期間を過ごすのかわからないが、新たな商いの場で学ぶ意欲にあふれた眼差しを浮かべている。
バッツとガイはこの海都にしばらく留まって、冒険者としての活動を続けるらしい。
猫獣人のマイキーはというと、あてもなく着の身着のまま旅を続ける放浪の身だと笑う。
ガウディは数日間この街で滞在したあと、新たな乗客を乗せて再びオーベルへの道を馬車で往復することになるらしい。
ルナとハクだけは、さらに先の隣国へ行かねばならなかった。魔導都市ミスティリアへ向かうために、ここの海運や陸路の情報を集め、最適なルートを決める必要があるのだ。
「このメンツとももうすぐおさらばにゃ」マイキーが半ば冗談めかして言うと、バッツが「なんだかんだで楽しかったよな、ガイ」と頬をかきながら笑う。
ガイも「そうだな。ルナがいたからかな」と相棒に同意を示し、隣でハクが「わふ」と一声上げて尻尾を振った。
ルナは「みなさんと一緒に旅できて、本当に良かったです」と少し照れくさそうに笑い返す。彼女の胸には、さまざまな出会いと経験が彩ったこの旅の記憶が、あたたかなものとして刻まれていた。
やがて馬車は街道を外れ、大きな門へと連なる人々の列に合流した。ここがアクスジールの正門らしく、入場審査を待つ長い行列ができている。
馬車を降りると、潮風に混じって聞こえてくるのは、海岸を思わせるざわめきや異国の言葉。草原に夕陽がかかるころ、いつかのように誰かと別れ、新しい土地へ足を踏み入れるときがまたやってきた。
ルナは隣のハクをそっと撫で、「さあ、ここからは私たちの番だね」と心の中でつぶやく。バッツやガイ、マイキー、見習い商人にミルト、そしてガウディもそれぞれの思いを胸に、列に並んで審査を受ける。まるで旅の一区切りを告げるように、夕焼けが空を静かに赤く染めていた。
◆◆◆
「次!」
入場審査の列が少しずつ進み、ガウディ便もいよいよ順番が回ってきた。大きな門の前では衛兵が幾つかの書類をチェックしながら、一行に向かって威厳ある声をかける。馬を止めたガウディがさっと手綱をまとめ、乗客の面々に合図を送る。
「乗り合い馬車ガウディ、乗客は六名だ」
衛兵は「よし、それぞれ証明証を掲示するように」と指示し、ルナをはじめ、ミルト、バッツ、ガイ、マイキー、そして見習い商人が冒険者証や商人証、登録証といった書類を示していく。ルナはハクも従魔として登録しているため、「冒険者ルナ、従魔ハク」という形で審査を通す。
「商人ミルト、商人見習い、冒険者バッツ、冒険者ガイ、冒険者マイキー、冒険者ルナに従魔ハク、異常なし。入場を許可する!」
衛兵が手短にそう告げると、ガウディ便の面々はほっとしたように微笑み合った。誰ひとり問題なく審査をパスできたのは喜ばしいことだが、同時にそれは旅の仲間たちとの別れが近いことを意味してもいた。門をくぐる前に、自然とそれぞれが視線を交わす。
「何か用があればリベラ商会アクスジール支店にいるから、遠慮なく訪ねてくれ」
ミルトが二代目の威厳をまといつつも、どこか名残惜しげに声を掛ける。見習い商人は「僕はまだ奉公先が決まってませんが、商会通りのどこかにいる予定なので、また会えたらいいですね」と頭を下げた。
「俺たちはギルドで仕事をしながら、この海都で大物を狙うさ」
バッツとガイは、釣りや冒険に意欲満々の笑顔を見せる。「何かあればギルドを通して依頼してくれれば分かるし」とガイが付け加えると、マイキーは「みんな真面目にゃ。まずは観光するにゃ」と軽く伸びをしながら笑う。
「私は……少しこの街を観光して、情報を集めようと思います」
ルナがそう言うと、ハクが「わふ」と尻尾を揺らして同意する。彼女たちにはさらに魔導都市ミスティリアへ向かわなくてはならない用事があるのだ。
程なくして、ガウディ便はアクスジールの乗り合い馬車広場に到着した。大きな港のあるこの海都は、すでに夕焼けの光に染まり始め、街のシルエットがオレンジ色に浮かび上がっている。ガウディは最後に手綱を片付け、皆へ向かって軽く手を挙げた。
「そんじゃ、みんな気をつけてな。またガウディ便に乗るときはよろしく頼むぜ」
それぞれが「ありがとう、ガウディさん」「お世話になりました」「また会おうぜ」と言葉を交わし、アクスジールの夕陽の中へ消えていく。バッツとガイはギルドへ向かい、ミルトと見習い商人は商会通りへ足を進め、マイキーは気ままに港のほうへ。ルナとハクは一瞬振り返ってガウディに手を振り、夕日に照らされる街の大通りへと歩き出した。大きな海の風が背中を押すように、彼女たちは次なる道へ向かっていく。
◆◆◆
「ハク、どうしようか」
ルナはアクスジールの門をくぐってから、夕暮れが染める通りを眺めつつつぶやいた。隣にいるハクは「わふ(お肉)」と短く鳴く。フォレスティを出る頃には、骨付きもも肉の丸焼きを平らげたばかりのはずなのに、食欲は衰える気配がないらしい。
「ここは海都だから、お魚料理が多いと思うよ」
そう言うと、ハクは「わふわふ(おさかなおさかな)」と尻尾を振って声を上げる。肉好きかと思いきや、魚も嫌いじゃないらしい。なにより、見慣れない大きな街に足を踏み入れる興奮で、ハクも気持ちが昂っているようだ。
「とはいえ、まずは宿を探さないと。フォレスティみたいに空きがなくなるかもしれないし……」
街の大きさに圧倒されながらも、ルナはひとまず宿屋の看板を探そうと目を凝らす。だが行き交う人々の多さや、船の汽笛が遠くで響く雑踏のにぎわいが初めての光景すぎて、どこを見ればいいのか戸惑ってしまう。
「わふ……」
ハクは鼻をひくつかせ、何やらおいしそうな匂いを捉えたかのように小走りしそうになる。夕暮れの空気に混じって、どこか潮の香りと焼き魚の香ばしさが漂ってくるのがわかる。
「そっか、まずは匂いのする方へ行ってみようか。きっとメイン通りなら宿もあるはずだし」
ルナは苦笑まじりにそう提案すると、ハクは「わふ!」と嬉しそうに鳴いて尻尾を振り、さっそくそちらへ向かいたいとばかりに足を動かす。
大きく見開く街の通りは、石畳が続き、行商人や観光客らしき人々が行き交う。海沿いからは潮の香りと、何かを焼く煙の匂いが混ざり合ってまるで異国のような空気を感じさせる。ルナは隣を歩くハクに微笑みかけながら、勇気を出してメイン通りとおぼしきにぎわいのほうへ足を踏み出した。
「さて、どんな宿があるんだろう。昨日の湖の宿みたいに、いろんな料理を楽しめる場所だといいなあ……」
そうつぶやくと、ハクが「わふわふ(おさかなおさかな)」と返事をして、さらに尻尾を振る。二人は大通りを進みながら、潮の香りと魚を焼く煙のにおいをたよりに、目当ての宿屋を探す冒険を始めた。街灯が灯り始めるアクスジールの夕暮れは、まだ見ぬ出会いと発見をそっと二人に予感させるように、静かに包み込んでいる。
「なにしてるにゃ?」
にぎわう通りの雑踏から、聞き慣れた陽気な声が飛んできた。声の主は猫獣人のマイキーだ。ルナとハクが振り返ると、そこには軽い足取りでこちらへ近づいてくる彼女の姿があった。
「まーだこんなとこに居たのにゃ? せっかく海都に来たのに立ち尽くしてるなんてもったいないにゃ」
ルナは「いろいろと規模が大きくて圧倒されちゃって……」と苦笑する。ハクも「わふ」と鼻先を小さく動かしながら、通りの先に並ぶ異国風の屋台や高い建物を見上げている。
「どこ行くつもりにゃ? あたしが連れて行ってやるにゃ」
「手ごろな宿を探してるんだけど、建物が多すぎて……さっぱり見つからなくて」
ルナがそう言うと、マイキーは「にゃっはっは」と笑いながら尻尾を揺らした。
「大丈夫にゃ。おいしい宿を知ってるにゃ。ごはんも安く泊まれるところがあるんにゃよ」
そう言ってマイキーは二人を促すように先導し、海鮮を扱う屋台が並ぶ通りを何店舗も通りすぎていく。どこも生きのいい魚や貝などが並んでいて、ハクが「わふ」と興奮気味に鼻を鳴らすたび、「後で食べに来ればいいにゃ」とマイキーが楽しそうにからかう。
やがて、通りの先でひときわ大きな木の看板が見えてきた。板材の真ん中にはベッドと魚の絵が彫り込まれ、「海鳴り亭」と彫られた文字が見える。そこだけ潮風が強く、海の香りがぷーんと押し寄せてくるようだった。
「じゃーん、美味しいごはんと安眠の宿、海鳴り亭にゃ!」
マイキーが自慢げに胸を張る。ルナとハクはその看板を見上げながら「海鳴り亭……」と小さくつぶやき、どんな宿かと胸を高鳴らせる。魚のマークからして海鮮が得意そうだし、ベッドのマークは寝心地のよい部屋を連想させる。
「ここならまちがいないにゃ。ごはんはおいしいし、値段もそこそこ安い。あたしも何度か泊まってるから安心にゃ」
マイキーがドアを開けると、さっそく塩と海藻の香りが混じったような独特の匂いが鼻をくすぐる。帳場の奥から宿の主らしき人が「いらっしゃい!」と陽気に声をかけてくれた。明るい灯りが漏れてくる食堂らしきスペースには、すでに数名の客が腰を落ち着けているようだ。
「どうだ、ハク。ここなら魚料理も期待できるかもね」
「わふわふ(おさかな、おさかな)」
ルナはハクの反応を見て、またしてもふっと笑みが浮かぶ。マイキーは「ほら、入るにゃ」と先に足を踏み入れ、宿の主に「三人分、部屋は空いてるかにゃ?」とさっそく交渉を始めている。
こうして、猫獣人のマイキーに導かれるまま、ルナとハクは「海鳴り亭」という名の宿の扉をくぐる。海都アクスジールでの新しい日々が、ここからまた始まろうとしていた。
◆◆◆
マイキーが「部屋は大丈夫にゃ。まずは腹ごしらえにゃ!」と声を張り上げると、すっかり人で賑わう海鳴り亭の食堂を颯爽と突き進み、窓際の潮風を感じられる絶好の席に腰を下ろした。ルナとハクも人波を避けつつ彼女のあとを追いかけ、無事隣の席につく。宿のスタッフが注文を取りに来るより早く、マイキーは「貝の磯焼きがオススメにゃ。醤油をちょろっと垂らすだけで旨みが爆発するにゃよ」と鼻をくんくん鳴らし、すでに満面の笑みだ。
「美味しそうですね」ルナが素直な感想を漏らすと、ハクも「わふわふ」と尻尾を揺らしながら期待を膨らませる。マイキーはどこから持ってきたのかエールを手にして、ぐいっと喉を鳴らした後、「注文は任せるにゃ。たっぷり食べると良いにゃ」と陽気に笑う。表情には、ここが馴染みの店である自信と、ルナたちをしっかりもてなすという気持ちがうかがえる。
「そういえばタコのフリッターや白身魚のカルパッチョも美味いにゃ。どれも新鮮な海の幸を使ってるから、さすが海都の料理だにゃ」
「わふわふ(たのしみ!)」
ハクの声に応えるように、マイキーは「さあ、どんどん食べるにゃよ!」と言わんばかりに笑い、窓から吹き込む潮風を大きく吸い込んだ。ルナも「それじゃあ、お願いしちゃおうかな」と小さく笑みを返し、今宵もまた美味しい海の幸を前に、新たな食の冒険が始まるのを感じ取っていた。
テーブルには、マイキーが一気にオーダーした海の幸が次々と運ばれ、その数はあっという間に驚くほどに増えていった。シュリンプのガーリックバター炒めに海藻サラダ、そして極め付けはハクが飛びつくように鼻をひくつかせたビッグツナカツレツ。まるで肉のように濃厚な脂がのっていて、ひと噛みごとにジューシーさが溢れ出す。その香りと旨みに、ルナもハクも思わず幸せそうに息をつく。
「すごい量……でも美味しそうだね、ハク」
「わふわふ(たべる!)」
ハクは大きなしっぽを激しく振りながら、まさに飛びかかりそうな勢いだ。ルナは「落ち着いて……」と言いながら手早く肉片ならぬ「ツナ片」をちぎってハクの前の皿に並べる。程よく火が通ったピンク色の身からは、ジュワッと旨みがにじみ出て、口に入れた瞬間の幸福感が半端ない。海の都アクスジールならではの味覚を存分に堪能していると、ルナは思わず「わあ……」と声を漏らす。
気づけばマイキーは周囲の客たちとすっかり打ち解け、酒盛りの輪に加わっていた。猫耳がぴんと立ったまま上機嫌に笑い、隣のテーブルとジョッキを打ち合わせて乾杯の声を何度も上げる様子から、その場の盛り上がりが伝わってくる。ルナが目をやると、マイキーは「にゃっはっは!」と楽しそうに尻尾を動かしながら、すっかり最高潮の宴の渦に巻き込まれているのがわかった。
「本当に賑やかだなあ……」
ルナは小声でつぶやきながら、小さく笑みを浮かべる。ガウディ便を離れ、ハクと二人で新しい街へ来て、それでもまたすぐにこんな縁に恵まれて、楽しい食事をしているなんて。慌ただしく変わる日々が、彼女にとってはどこか夢のようでもあり、胸の奥がほんのり温かい。
振り返れば、ハクがぺろりとツナを平らげていて「わふ(もっと)」と目を輝かせている。ルナは「仕方ないなあ」とサラダの上にまだ載っている切り身をひとつちぎり、ハクの前へ追加してやった。ふわっとした海風と、にぎやかな酒盛りの笑い声が食堂の隅々まで浸透している。
「ねえ、ハク、明日はどこへ行こうか? 情報収集もしなくちゃだけど、せっかく海のある街なんだから、海を見に行くのもいいよね……」
ハクは「わふわふ(うみ、たのしみ)」と返事するように尻尾を振って応えた。その一瞬、食堂のざわめきがふたりから少しだけ遠のいたかのように感じられ、ルナはハクの目を見つめながら笑う。海都アクスジールでの新しい一歩が、こうして海鮮料理に彩られた夜を締めくくろうとしていた。
◆◆◆
ルナとハクはお腹いっぱいになったところで、まだまだ飲み明かそうとしているマイキーに軽く手を振り、先に部屋へ戻ることにした。食堂内は賑わいが一段落し始め、半ば朦朧とした客や大声で盛り上がる人々が入り混じる中、ルナはハクの足元に気を配りながら、人の合間を縫うようにして階段を上がる。マイキーが取ってくれた部屋は三階にある個室らしく、この宿「海鳴り亭」の一番上の階だ。
二階は大部屋の相部屋スペースが広がっていて、ここでもまだ笑い声や話し声が響く。でも、ルナとハクが目指す三階はより静かな廊下になっており、通路の窓からは夜の潮風がそっと入り込んでいた。扉を開けると、潮の香りがほのかに漂う個室が用意されている。窓の外からは港の方に灯る灯りが見えて、魔道具の照明らしき柔らかな光が遠くの海を彩っている。おそらく船が迷わないよう、夜でも道標になるような明かりをずっと灯しているのだろう。
ハクが「わふ」と鼻先をひくつかせる。部屋に入った瞬間、夜の海の風がさらりと抜けていき、日中の熱が少し溶け出すように感じられた。大きな船がいくつも停泊しているらしく、その姿がかすかにシルエットで見える。
「船旅もいいかもね…」とルナはぼそりとつぶやき、窓辺に近づいて外を見やる。潮の匂いと遠くのざわめきが重なり合う夜の港町は、彼女にとってまだ未知の風景。ハクは「わふ」と短く鳴き、ルナの考えに同調するかのように尻尾を振った。
さっきまでの食堂での賑わいと、おいしい海の幸を味わった余韻が残りつつも、この部屋はどこか穏やかな静けさに包まれている。ルナは窓を開け放したまま、夜の風を呼び込むようにしてハクを撫でた。あっという間に駆け抜けた森からの旅、そして海辺の街の喧騒が、頭の中で少しずつ混ざり合いながら、一日の締めくくりを穏やかに彩ってくれる。
「さあ、明日はどう動こうか……」
そんなことを考えながら、ルナはマジックバッグをベッドの脇に置き、ハクも小さくあくびをしながら丸くなる。窓の外の港の灯りを見つめていると、いつしかルナの胸に、船での新しい旅がほんの少しだけ想像されていた。
◆◆◆
「起きるにゃー!」
マイキーの声とともに、開け放たれた窓から爽やかな潮風が部屋に流れ込んできた。ルナはベッドの上でまどろんだまま、思わず目を細める。いつ寝ているのかさっぱりわからない猫獣人は、朝であろうが夜であろうが元気いっぱいだということを、ルナはこの旅でしっかり学んだ。
「……おはようございます……」
「折角の海都にゃ、観光に行かないと損にゃ」
「マイキーさんはいつ寝てるんですか……」
「わ…ふ…」
「猫型獣人は元々夜型にゃ。その代わりにポカポカしてきたら眠くなるにゃ」
「……わふ」
ハクはまだ半分眠そうに鼻を鳴らしているが、マイキーはそんなことお構いなしに尻尾をピンと立て、ドアへ向かおうとする。
「海鳴り亭の朝は豊富な海鮮を使ったブイヤベースにゃ! 食べないと絶対損にゃ」
「それは見逃せませんね、すぐハクを起こして支度するので、お先にどうぞ」
「オーケー、席取っとくにゃ」
そう言ってマイキーは、また風のように部屋を出ていった。ルナはハクの背を優しく撫で、「ブイヤベースかあ……絶対おいしいよね」とつぶやき、ようやく身体を起こす。窓から吹き込む潮の匂いを胸いっぱい吸い込むと、この海辺の朝が一層楽しみになった。ハクも「あの料理ってどんな味だろう……わふ」とまだ夢心地な様子で、ルナに続いて起き出す。
「行こう、ハク。きっとおいしい朝ごはんが待ってるよ」
「わふ!」
眠気を拭い去るように頬を軽く叩き、二人は軽装で部屋を出た。廊下を抜けると、海鳴り亭の食堂からは早くも活気があふれていて、香ばしいスープの匂いがほんのり鼻をくすぐる。もうそれだけで、ルナは昨夜の疲れも吹き飛んでしまった気がした。
海鳴り亭の食堂は、朝から大忙しの盛況ぶりだった。席という席がすべて埋まっているのに、マイキーは相変わらず余裕の笑みを浮かべて「こっちにゃ」とルナとハクを招き入れる。まるで当然のように食堂のベストスポットが確保されていて、「さすがマイキーさん……」とルナは感嘆せずにいられなかった。
「朝はメニュー一択にゃよ。みんなが注文するのはブイヤベースにゃ」
そう言われるまでもなく、食堂を見回せば、どのテーブルにも大きめの器が並び、海の幸がたっぷり入ったスープから湯気が立ち上っている。運ばれてきたルナたちの分も、ふたを開ければ強い潮の香りとトマトベースの酸味、たっぷりのエビやカニ、貝類に魚がごろりと顔を出し、具材だけでもお腹を満たしてくれそうなほど豊富だった。
「すごい量……しかもペンネが入ってますね、これ。ただのスープじゃない……!」
軽くスプーンを入れただけで、麺が顔を覗かせる。魚やエビの旨味を吸ったペンネがもちもちとした食感で、海鮮のだしと合わせて格別な味わいを生み出している。ハクは「わふ」と歓声のように鼻を鳴らし、いつまでも匂いを堪能するように鼻先を忙しそうに動かしていた。
「これがまたうまいんにゃ。腹もいっぱいになるし、朝から幸せにゃ〜」
マイキーはエールの代わりに朝だけは紅茶か何かを飲んでいるのかと思いきや、やっぱり酒を合わせているらしく、至福の表情でブイヤベースをすすっている。ルナもスプーンを口に運ぶなり「これは……住みたくなる気持ち、わかります……」と瞳を輝かせた。ハクは「わふ」と尻尾を振り、さっそく自分の分の具材をほうばろうと前足を忙しなく動かしている。
「海都アクスジールに来たら海鳴り亭。間違いないにゃ。ここのオーナー、かなり目利きの漁師と契約してるって話にゃよ」
「バッツさんやガイさんも、今ごろ何食べてるんでしょうね。魚料理は絶対食べたいと思ってるだろうし……」
ルナがそう呟くと、マイキーは肩をすくめて、「あいつらは自分で釣ったそばから焼いて食べるにゃ」と豪快に笑った。バッツとガイが塩をぱらっと振って新鮮な魚を炙っている様子を思い浮かべ、ルナもつい想像で笑みをこぼす。彼らなら、さぞ楽しげに浜辺かどこかで釣り三昧の朝を迎えているかもしれない。
湯気の立つブイヤベースをハクが鼻先でふんふんと確認しながら、ルナはスプーンを持つ手を再び動かす。あふれんばかりの海鮮具材に加えてペンネが優しいお腹の膨れをもたらしてくれ、朝とは思えぬ贅沢感を味わえる。マイキーは相変わらず楽しそうに酒を手にし、海鳴り亭の活気に溶け込んでいる。
「やっぱりここで正解にゃ。ルナもちょっと休憩したら散策に行くといいにゃ。海辺の市場は絶対楽しいからにゃ!」
こうして食後の計画までお節介を焼いてくるマイキーに苦笑しつつ、ルナは一心不乱にブイヤベースをすくい続ける。ペンネに染み込んだ海鮮のうま味が口の中で広がるたび、海都アクスジールの朝の穏やかさが、体も心も満たしてくれるような気がした。
◆◆◆
「ハク、お腹いっぱいだね」
ルナが満足そうに伸びをすると、テーブルの下で尻尾を振っていたハクは「わふ(まだたべれるよ)」と小声で抗議するように鳴いた。今朝のブイヤベースだけでも充分すぎるほどのボリュームだったのに、ハクの食欲は尽きる様子がない。ルナは苦笑しながらハクの頭を撫で、「食べ過ぎで動けなくなっちゃうよ」と言いつつも、その懲りない食欲を羨ましく思わないでもない。
朝の食事が終わると、まるで潮が引くように海鳴り亭の客たちはさっさと立ち去っていった。船の出航を待つ者、朝市へ向かう者、すでに釣り場へ急ぐ者――アクスジールでは朝から活動的な人が多いらしい。その中で猫獣人のマイキーは「ふにゃ、楽しむといいにゃ」と一言残して、颯爽と食堂を出ていく。姿を消すまでの足取りは相変わらず軽く、どこへ行くのかは聞かずとも察しがつかない。残されたルナとハクは、ひと気のなくなった食堂の静けさを背中に感じながら、海鳴り亭を出ることにした。
海鳴り亭の外に出ると、すでに街の通りは朝独特の活気を帯びている。エネルギッシュな掛け声や笑い声が近くの市場から流れてきて、潮風に乗って魚や貝の匂いがふわりと運ばれてくる。
「さて、今日は何をしようかな……」
ルナが自問するようにつぶやくと、ハクは「わふ」と短く答える。何も具体的に決まっていないが、こうして自由に行動できる時間こそ、旅の醍醐味とも言える。砂混じりの路地を見れば、見たことのない屋台や店が軒を並べていて、その先には波止場や船が待ち受ける海が広がっているはずだ。
「ハク、どうする? 港のほうへ行ってみようか。それとも市場?」
「わふ(どっちもいきたい)」
思わず笑みがこぼれる。満腹のはずなのに、どんな面白いものや美味しそうなものがあるのか考えるだけでわくわくしてくる。ルナはマジックバックを背負い直し、猫獣人がいなくとも大丈夫とばかりに、ハクと一緒に朝の海都を歩き始めた。潮騒の音がどこからともなく聞こえ、海の都での新しい一日が静かに、しかし確かに始まっていた。