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第一話 Violence Gene Silencing

「ああ……俺はこの刀で世をただす。誰にもジャマはさせん」

 背中に強大な敵意を受けながら、少年は愛刀の柄を握った。


「ふん……いくら言葉でかざろうと、殺生はしょせん鬼畜の所業。あなたはただの人斬りです」

 敵もさる者、少年の背中に意識を集中したまま、居合の構えを取る。


「天道をはばもうとするのか……ならば貴様も、天に代わって誅罰してやる」


「世迷言を。地獄に叩き落として差し上げましょう」


 二人の間に流れる緊張が極限まで張り詰める。


 刹那、弾けるように動き始める二つの影。少年は振り向きざまに、敵は抜き打ちに、互いの得物がうなりを上げて接近し、そして――


「はい、そこまで」

 二つの刀身を素手で掴む、温和を絵にかいたような表情の青年。

「二人とも……チャンバラ遊びはダメだって言ったよね? 暴力的な大人になっちゃうから」

 葉島はしま眞咲まさきはプラスチック製の刀を掴みながら、困り気味の笑顔で言った。


 茶色いエフェクトがくっ付いた刀を持った少年が、眞咲の手を振り払って抗議の声を上げる。

「でも眞咲くん! ここはエレメンタル大業物の最後の一振り、アース国包くにかねがやっと登場した名場面なんだ! ちゃんと演じさせてよ!」


 すると相手方の少年が口を歪ませて笑った。こちらの刀には水流を模したパーツが付いている。

「へっ、違うって。このシーンはポット出の新キャラをストリーム長船おさふねが成敗する場面だって」


「違うよ! アース国包の活躍シーンだよ! 作画も凄かったし!」


「いちばん不人気のくせにイキんなって! だいたい何だよ土の力を宿した刀って! 明らかに他の四つより能力が曖昧だっての! 原作者もぜったい扱いに困ってるって!」


「そ、そんなことないよ! だって暴走したサンダー虎徹の雷撃をアース国包が吸収して止めた場面は熱かっただろ!」

 二人の少年は言い合いを始めてしまう。


 眞咲は苦笑しながら二人の頭にポンと手を乗せた。

「はいはい……『護国の五剣』はいいアニメだけど、バトルの真似するのはよくないよ。おもちゃの剣だって、相手に怪我させちゃうこともあるんだから……ね、光也みつや君、心慈しんじ君」

 眞咲は膝を曲げ、二人の少年の目線の高さでにっこりと笑って見せた。

「そんな乱暴なことをするような遺伝子は、君達のDNAには無いだろ?」 


 光也はばつが悪そうに下を向き、心慈は目線を横に逸らせた。


 眞咲はいっそう笑みを深くし、二人の少年の手を取って立ち上がる。

「さ、あっちでみんなと他の遊びをしよう。もっと平和で賢い遊びを」



 温かな陽光の下、児童養護施設『桜丘学園』の前庭は今日も子供達の笑い声に満ちていた。


下は未就学児から上は中学生まで、少年少女が十人ほど。それに混じって制服姿の高校生五人が子供達の遊び相手になっている。その内の一人、黒髪の女子生徒が、眞咲と少年二人を迎えた。


「あ、眞咲。危ない遊びやめさせてくれたんだ」

 眞咲のクラスメイトであり、同じボランティア部の部員でもある楢原ならはらしずだ。癖の付いた黒髪を緩めのポニーテールに結い、そこからこぼれた髪が二筋三筋、瑞々しく輝きながら頬に垂れている。


「ほら、瑠美ちゃん、眞咲お兄ちゃんが来たよ。遊んでもらったら?」

 と静は、足元に隠れていた幼い少女の肩を押した。林檎のような頬をした少女はちらりと顔を出したが、またすぐに静の膝の裏に隠れてしまった。

「うーん、まだ恥ずかしいか」

 静は笑いながら瑠美を抱きかかえた。


 光也と心の二人が高い声を出して瑠美を囃し立てたが、眞咲はすぐさまそれをたしなめる。

「こら、人を傷つけるようなことしちゃだめだよ」


 そんなことをしている間に、子供達が続々と集まり、眞咲は瞬く間に囲まれてしまった。

「マサキにーちゃん! 人狼しようぜ!」

「先にカード対戦だって! この前の決着まだだろ!」

「マサちゃんさぁ、あたしの相談聞いてくんない? 前話した男の子がさぁ、しつこくてさぁ」


 眞咲は苦笑しながら子供達一人一人に応対していった。


 心慈が頬を膨らませ、眞咲の腕にぶら下がりながら言う。

「あーあ、眞咲たちが来てくれんのは嬉しいけどさ。ゲームはダメ、鬼ごっこもドッジボールもダメ、アニメの真似もダメって、つまんなすぎだって。なんでそんなうるさく言うんだよ」


「それはもちろん、君達の遺伝子を守るためだ!」


 野太く、芝居がかった大声に、子供達の視線が集中する。

 声の主、奥平おくだいら悠馬ゆうまはミュージカルの役者のように両手を広げ、歌うように言った。

「人間の性格は遺伝と環境によって決まる! 君達がせっかく持っている平和の遺伝子が、環境によって歪められてはならない! 正しい方法で芽吹いた遺伝子は、正しい方法で育てなければならないのだ!」


 子供達の何人かがぽかんと口を開けた。心慈が白けたように言う。

「……何言ってるかぜんぜんわかんねーって」


「そりゃそうなるわ。オメー自分に酔いすぎだよアホ」

 長い髪をモカブラウンに染めた制服の女子生徒が、奥平の後ろから言った。


「何っ……高村! 今のは暴言だぞ! 遺伝子に反している!」


 奥平悠馬の抗議に、高村たかむら涼音すずねは冷ややかに返答する。

穏当抵抗おんとうていこう範疇はんちゅうだっつの。オメーのクソキモい物言いに対しての。みとっち、代わりに解説してやって」

 と、涼音は隣にいる背の高いショートボブの同級生、水戸みと咲綾さあやを促した。


 咲綾は表情を変えずに、

「いい子になっていい子を産もうって話。要は」


「そーいうこと。そこのお二人さんみたいにね」

 おもむろに眞咲と静の方に注意を向ける涼音。


 大勢の子供達に囲まれている眞咲と、幼い少女を抱きかかえている静は、お互いに顔を見合わせた。


「…………っ!」

 涼音の意図に気付いた静が、抱きかかえている瑠美に負けず劣らずの赤い顔になる。

「ち、違う! 眞咲はただ、小、中が一緒だっただけ!」


「家も近所で」

 涼音がニヤつきながら口を挟み、

「一緒に学年委員長やってて」

 咲綾が無表情で続き、

「……おまけに二人そろって文武両道、容姿端麗」

 奥平がどこか悲しそうに付け加えた。


 静の腕に抱かれている瑠美が、おずおずと静を見上げながら消え入りそうな声で言う。

「静おねえちゃん……眞咲おにいちゃんとけっこんするの?」

「しないっ‼」

 施設中に響き渡るような静の大声。子供達が弾けるように笑う。

「あ、あはは……」

 眞咲はただ苦笑するしかない。静はというと、瑠美の肩に顔を埋めてしまっている。


「あーあ、振られちゃったな眞咲。ま、元気出せって」

 心慈が笑いながら眞咲の腕を叩き、ジャングルジムの方へ駆けだしていった。他の子供達も三々五々、遊び場へと走っていく。


 ふと眞咲は、光也少年の姿が見えないことに気付き、辺りを見回した。そしてすぐに、生け垣のそばにぽつんと佇む小さな後姿を発見した。その手にはまだ、茶色いおもちゃの刀が握られている。


「光也君、どうかした?」


 眞咲の問いかけに、光也は背中を向けたまま返す。

「……捨て子の遺伝子なんか、欲しがる人いないよ」


 眞咲は光也の正面に回り込み、しゃがんで視線を合わせた。

「光也君、それは違うよ。人間には二万五千個もの遺伝子があるけど、それらは全部解析されてて、どの遺伝子がどんな働きをするかはもう分かってるんだ。その中に、捨て子の遺伝子なんてものは無いんだよ。君の持ってる遺伝子は、他の人と少しも変わらない。他の人と同じように、立派な大人になれる遺伝子を、君はちゃんと持ってる。それに……」


 眞咲は光也の右手に手を伸ばし、おもちゃの刀を優しく取り上げた。

「他の人と同じ、絶対に他人を傷つけたりしない優しい遺伝子を、君はちゃんと持ってるんだ」


 光也は不安げな表情で眞咲を見返し、

「ぼうりょくせい……よくせい……」


「そう、暴力性V遺伝子G抑制S手術。MAOAとかCDH―13とか、暴力的性格を形成する遺伝子型を特定して、EXエクスCRISPRクリスパーっていうゲノム編集ツールで……」


「あーもう眞咲、もっとかみくだいて」

 いつの間にか静が眞咲達の近くに歩み寄っていた。静は眞咲と同じく光也の前に屈みこみ、

「つまりね、何十年も前に、日本のえらーい学者さん達が大発見をしたの。人が誰かを傷つけたり、犯罪を犯したりする遺伝子をはたらかなくさせる方法。国民の……がその手術を受けたおかげで、犯罪は減ったし、それに世界中の戦争も減っていってる。遺伝子のおかげで、世界はどんどん平和になってるのよ」


「ぼくも……?」

 光也の不安げな顔に向けて、眞咲はしっかりと頷いた。

「君がまだお母さんのお腹の中にいる時にね。もちろん、この学園にいるみんなもVGS手術は受けてる。役所に行けば、ちゃんと証明書も貰える。君のご両親は、君の将来の為にすべきことをしてくれてたんだ。君がちゃんと、優しい人間になれるようにね」


 しかし光也の顔は晴れない。

「……遺伝子って、生まれた時からもう決まってるんだよね……だったら、こうなりたいなって思う人がいても、どうもできないのかな」


「ううん、そんなことない」

 静が強い調子で答えた。

「どんな人間になるかは、遺伝と、それから環境によって決まるの。だから、自分で環境を整えれば、なりたい人間になれるよ」


光也は顔を上げ、やっと眞咲と静に笑顔を見せてくれた。

「あのさ……ぼく、眞咲くんみたいになりたいんだ」


「え……そうなの?」

 目を丸くする眞咲。隣の静は横を向き、呆れたように、だがどこか嬉しそうに笑う。

「どうしたら、眞咲くんみたいに、かっこよくて優しい人になれるかな」


「いやまあ……僕がいつも心がけてるのは一つだよ」

 赤みを帯びてきた日光が、眞咲の顔を照らしている。


「どんな時でも、笑っていよう。苦しい時こそ、笑っていようって」

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