「VGS手術が確立されてから数十年、非施術者との世代交代が進むにつれて、自衛官、警察官の数は減少の一途をたどり、ついには日本の安全保障が根底から揺るがされるほどのレベルにまでなった」
ここは遺伝子研の地下にある、会議室のような部屋。コの字型に設置された机の一辺に
「遺伝子工学とそれに付随する産業を推し進めてきた政府が、今さら国民に対してVGS手術を止めるよう求めることなどできない。しかしそうしている間にも過激派イノセンティスト組織によるテロは増加、激化していく。そこで政府は遺伝子局に対し、マーダーゲノム保因者による安全対策部門の創設を求めた。戦うことのできない大多数の国民に代わり、国防および治安維持のための戦闘部隊――すなわち
説明されていることが日本の話とはとても思えない。どこか縁もゆかりもない遠い国の話だったらどれほど良かったことか。
「さっきの『神の子供達』をはじめ、過激派イノセンティスト組織はこれまで何度も国内でテロを企て、全国の医療施設や遺伝子局の施設を襲撃してきた。もちろん、国内にいるイノセンティストやマーダーゲノムによる暴行、殺人未遂事件も多々あった。等活部隊はそれらを秘密裡に阻止し、排除してきたんだ」
眞咲は力なく発言する。
「……さっきの検査で……僕にもそれが見つかって……それで……?」
「いや違う。襲撃があったせいで手続きが飛ばされたのは確かだが、お前は等活部隊設立当初から、遺伝子研にマークされていた。十五年前からずっとな」
眞咲は驚いて顔を上げた。
「僕が一歳の時から……⁉ どうして……⁉」
荊は資料を手に立ち上がり、机を迂回して眞咲の前まで来た。
「お前が保因するゲノムは……特別だからだ」
そして机の上に、資料の束を滑らせる。表紙にクリップされているのは、教科書で見るような白黒写真だ。国民服を着た一人の男性が、日本刀を杖のように持って椅子に座っている。
「
続いて荊は別の資料をその上に置く。表紙はまた白黒写真だが、集合写真を拡大したのか画像が粗く、
「桜間
さらに荊はその上に、最後の資料を重ねた。表紙の写真には人物ではなく、古い文書や手紙などが映っており、人名らしき部分が赤い丸で囲われている。しかしその草書の文字は眞咲には読めなかった。
「そして――桜間
桜間兵庫助――眞咲は姿のない、文字だけの存在を見つめた。
「それじゃ、この人の遺伝子が……僕の中に……?」
「そうだ。直系、傍系問わず、お前の他にも桜間兵庫助の血を引く者は多数いるが、マーダーゲノムの発現が認められたのはお前だけだった。葉島眞咲、お前だけが継いでいるんだ……人斬り兵庫が生み出した、最強の、人斬りゲノムを」
膝の上で両手を握り締める眞咲に、荊由布里の冷たい声が降りかかった。
「お前はそのゲノムを武器に……この国の人々を守るんだ」