「嫌ですよ……」
薄暗い会議室。
「先祖だか何だか知りませんけど……僕はこの人達とは違うんです……国を守るために殺人者になるなんて、そんな……」
「人を守るためだ」
「どっちだって同じでしょう! そんなこと、僕じゃなくて……」
「自分以外の誰かがやればいい、と?」
荊は冷たい言葉を投げかける。
「殺しなんてしたくないんですよ、僕は……! 何があっても絶対に……!」
「……だがお前は、あの男を殺した。クラスメイトの命を守るために」
容赦のない指摘が胸を刺した。
「他の部位を一切狙わず、一刀で命を断った。一度それをしてしまった人間は簡単に戻ることはできない。お前はすでに、踏み越えてしまったんだ」
眞咲は奥歯を噛み締めた。努めて無視してきた赤黒い衝動が、また身体の中で蠢く。
「今すぐ父に会わせてください……ここに居るんですよね……?」
「許可できない。お前は等活部隊に入ろうと入るまいと、今後自分の行動を自分で決めることは一切できない。周囲の人間の安全のためにもな」
眞咲は信じられない思いで荊を見上げた。
「それは……僕が、誰かに襲いかかるかもしれないからですか……⁉ 大昔の人斬りみたいに! 僕が周囲の人間を、誰彼構わず斬り殺すと思ってるんですか‼」
荊は罪を言い渡す閻魔のように眞咲を見下ろす。
「可能性はゼロではない、と考えている」
「っ――‼」
眞咲は目の前の資料を力任せに払いのけた。写真や文書がバラバラになって舞い上がり、床に降り落ちる。
両手で頭を抱え、背中を丸めた。一体なぜこんなことに――昨日までの自分と今の自分、何が変わってしまったというのか。
長い沈黙の後、荊は静かに言った。
「あのイノセンティスト達の主張は、ある部分において正しい。人類全体が未だ平和について成熟しきっていない中、この国の人々だけが闘争を捨てたとしても、自ら獲物になるだけだ。戦う人間が必要だ。未来に行き過ぎてしまった人々を、守るために」
もはや何も答えられず、何も考えることができなかった。ただ、家族に会いたかった。家族と呼べる人に会って、自分の中にある何かを全て吐き出してしまいたかった。
「父に会わせてください……話を、させてください……」
「
「……どうあっても、僕に人殺しをさせたいんですね……」
返事はなかった。
荊はそれ以降沈黙を続け、眞咲は心を闇の中に彷徨わせ続けた。
五分もそうしていただろうか。唐突に荊は言った。
「……所長が話したいそうだ」
眞咲が顔を上げると、荊は氷のような表情で携帯を見ていた。
そして荊は歩き出し、眞咲を振り返りもせずに部屋を出て行ってしまった。
訝しんでいると、壁に設置された大型モニターが突然光を発した。よく見るとモニターの上部にカメラがある。どうやらオンライン対面らしい。
モニターに映った白衣の老人は頭を下げ、禿げ上がった頭頂部をこちらに見せた。
「
眞咲は項垂れるように頭を下げた。
金沢は優しい声色で、
「急に色んなことを言われて戸惑っただろう。我々としても、もう少し段階を踏むつもりだったんだが、荊君が先走ってしまってね。あんな言い方では拒否するなという方が無理だろう。私から謝らせてもらうよ。申し訳なかった」
眞咲は顔を上げた。謝られるとは思わず、少し動揺した。
金沢は優しく微笑み、
「おお、なかなか男前だね。いやはや、まったくもって君が羨ましいよ」
「羨ましい……?」
「ああ、だってカッコいいじゃないか。君は映画に出てくる侍みたいに、悪い外国人をバッタバッタとなぎ倒していくんだ。私もそんな遺伝子が欲しかったよ。もちろん、禿げない遺伝子の次にね」
金沢は禿頭を撫でて茶目っ気たっぷりに笑った。
一方眞咲は再び俯き、
「殺人者の遺伝子が……そんなに羨ましいんですか」
「いや、君が持っているのは、殺人者の遺伝子なんかじゃない」
あまりに断定的な言い方に眞咲は顔を上げた。
金沢はさっきまでとは比べ物にならないほど真剣な顔で、
「荊君から聞いただろう? 君のご先祖たちは、私利私欲で人を殺した事なんて一度もなかった。彼らは皆、心から国の未来を想い、国を守るために敵を斬ったんだ。我々の住む日本が今こうしてあるのは、君のご先祖たちのおかげなんだよ」
眞咲は床に散らばった資料に目を落とした。
「そして君もまた、国の未来のため、国を守るために剣を取り、敵と戦うんだ。世の中にこれほど重要で尊敬されるべき仕事が、他にあるかい」
眞咲は金沢の顔を見た。
「君が持っているのは、殺人者の遺伝子なんかじゃない」
そこには荊からは微塵も感じられなかった、確かな愛情が感じられた。
「君が持っているのは――真の愛国者の遺伝子だ」